冷殺

一ノ瀬 修治

第1話 関係者

 プロローグ

 『連続未成年殺害事件』

 十二月二十七日の朝刊の大見出しにはそう大々的に書かれていた。兵庫県内某所に住む刑事捜査一課、山岡奏多は紅茶を片手に今朝ポストに投函された朝刊を眺める。

  山岡は一九九九年、兵庫県内にある一軒家に生まれた。山岡は幼少期から友達と遊興する事はあまり好まず、家や市立図書館など推理小説を読む事を好んだ。母親は、山岡が読書ばかりして交友関係を広めない事に関して、いささか不満であっただろう。だがそれは、将来の事を思ってであった。

 山岡が小学へ進学する頃、父親が事故死した。あれはまだ梅雨明けの頃であった。気温は高く、空気は湿っていた日の朝、父はいつもと同様に車で仕事場へ向かった。そして仕事をこなした。

 職場を後にする頃には日が沈み、東からは見事な満月が昇っていた。父は職場近くの駐車場へ駐めていた車へ乗り込み交差点へ出た。その時であった。右側に停まっていた黒いセダンが、父の運転する車へ向かって急発進してきた。父はハンドルを切り、避けようとしたが、咄嗟とっさの事で避け切れず、横から衝突された。父はその場で出血多量により死亡した。

 後の県警の取り調べでわかった事だが、黒のセダンへ乗車していた男は、金に困っていたらしく、傷害による金を請求する為に事故を起こしたとの事であった。その男には、詐欺罪により十年の懲役が課せられた。

 勿論、それ以降父が再び家へ帰ってくる事は無かった。

 その後、小学を卒業し、中高は一貫校に通った。その間、母は女手一つで山岡を育てた。女手一つで育ち盛りの高校生を育てるなど、大層、大変であっただろう。その甲斐もあり、中高は成績上位のまま卒業する事が出来た。

 高校卒業後は地元の警察学校へ通い、その後、兵庫県警刑事課へ配属された。

「物騒だな」

 『連続未成年殺害事件』とは、今年に入り五月に二回。七月に一回。そして十月に二回の計五回に渡って未成年が殺害されている事件だ。ニュースでも連日報道されている。

 被害者が殺害されている場所はそれぞれ同県であり、殺害方法は主に刺殺、絞殺そして射殺といったところである。一人目と二人目の遺体は発見当初、刃渡り約二十センチ程度の包丁で背中から腹部までを貫通しており、顔面は滅多刺しにされ、特定は困難を強いられた。服に付着しているDNAでようやく特定出来たが、特定まで約一ヶ月も掛かったとニュースで報じられた。相当の殺意を持っている人間でなければそこまで残虐性の高い殺害方法などしない筈だ。

 犯人は未だ捕まってはいないらしく、捜査本部も犯人の人数、目的、殺害方法が何故全て異なっているか未だに絞り出せていない。防犯カメラの映像からも犯人は割り出せないらしく、操作は未だ、難航している。

 今日の山岡の予定は管轄区域を巡回し、午後からは署内での捜査本部会議へ出席する。

 山岡はアパートに一人暮らしをしており、部屋の広さは八畳程と比較的、難なく過ごせる方だ。

 テレビの上にある時計に目をやる。短針は八と九の間を指しており、九時半までには署へ向かはなければならない。

「そろそろ用意するか」

 今から用意をすれば家から徒歩二十分の場所に位置している署には、道が混んでいない限り余裕を持って間に合うだろう。カップの中に残っている紅茶を飲み干しキッチンへ持っていく。

 スニーカーを履き玄関にある姿見でコートのシワを伸ばす。そして、学生の頃から変わらない、長い髪を整え鍵を開ける。一気に冬の冷たい風が山岡の体を包んだ。


 

 1、関係者

 「山岡さん。おはようございます」

 署へ着き自席へ座っていると、山岡と同じく刑事捜査一課でペアを組んでいる横山玲奈が淹れたての珈琲を持ってきてくれた。彼女は山岡と同様の警察学校を卒業し、その後同じ捜査一課へ配属された。

「ああ。おはよう」

 横山は愛嬌のある相好をしており、大変、他者へ好かれやすい性格をしている。

「それ事件の書類ですか?」

「そうだよ。今回の事件は割かし不可解な箇所が多いのに、捜査が逼迫している。例えばこの事案だが、何故、被害者は殺害された場所から数キロも離れた場所に埋められているのかという事。殺害された場所はあまり人目も防犯カメラも設置されていないというのに、あえて遠く離れた人目も多い所へ移動させ埋めた。次何時、新たな事案が出てきてもおかしくないというのに捜査が進んでい無さすぎる」

 今回の事件にはある種の一貫性がある。犯人は約二ヶ月の間隔をへだて県内のありとあらゆる場所へ移動し事を起こしており、どの事案にも一週間前には胡乱うろんな人物が徘徊しているという民間の証左がある。

 基本こういった大きい事件には特殊事件捜査係が設置され当てられるのだが、各地域で事が起こっており、手が足りない為、兵庫県警の捜査一課、そして二課までもが捜査へ駆り出される事となった。

「今日も午前中は聞き込み行きますか?」

 横山が問うてきた。此処らでも比較的田舎に住む民間の下校途中の高校生が後頭部から脳幹を小口径ピストルで撃ち抜かれ亡くなっている。これも、事件当日の十二月二十二日午後三時頃に、見掛けた事が無い様な人物が彷徨ほうこうしているという情報が、事件現場近くの住民の方から通報があった。そして高校生はその二時間後の午後五時、辺りが暗くなり始めた頃に射殺された。

「そうだね。もう一度、金岡さん宅へ向かおう」

 金岡とは、亡くなった高校生の母親に当たる金岡裕子の事である。彼女は事件当時、約三週間前から行方が分からなくなっていたが、隣人の証言により近くのホテルに出入りしている事が発覚した。そして彼女は以前聞き込みへ行った時、自身の息子の死により酷く慟哭していたが、当該事件の起こる少し前から姿を眩ませていた為、捜査一課も目を付けている。だがもう一つ難解な問題がある。何故、金岡の行方が不明になっているというのに当の被害者息子は行方不明届けを提出しなかったのだろうか。日常的に金岡が家に帰っていないと言えばそれ切りなのだが。それも本人が死んでしまった今、聞く術は無くなった。

 鞄へ被害者高校生の写真が貼られた書類を入れ山岡と横山は署を後にした。道中、黒色のクラウンを疾駆させていると横山は徹夜していた為か眠ってしまっていた。無理もないであろう。


 

「おい、着いたぞ。起きろ」

 被害者宅の前へ着いた為、山岡は横山の肩を揺すり起こした。被害者宅は以前と相も変わらず静かにそこへ居座っていた。山岡と横山は車から降りインターホンを鳴らす。

「はい」

 暫くの間の後、中から酷く幽愁漂う声音でそう返ってきた。そして扉が開かれる。

「またいらっしゃったのですか。もう話すことは何もないと言ったでしょ」

 被害者宅の母、基、金岡がそう言った。

「いえ、もう一つ確かめさせて頂きたい事があります。あなた、事件が起こる三週間程前から行方がわからなくなっていましたよね? その時、誰かと行動を共にしてはいませんでしたか?」

 三週間前、金岡はホテルへ誰かと一緒に立ち入ったという紛れもない事実が隣人の証左や、防犯カメラから割り出されている。言い逃れは出来ない筈だ。山岡がそう問うと金岡は静穏な声音で答えた。

「いいえ、私は誰かとホテルへ入ったという記憶は微塵みじんも無いです」

「成程。ですが三週間前から息子さんが殺害されるまでの間、確かに家へは帰ってきていませんよね? そうなると話が噛み合わなくはありませんか? 何処へ行ってましたか?」

 ホテルへ行ってないとなれば、この三週間の妙な間は何と明示するのであろう。それにそもそも論、金岡が何故そこまでしてホテルへ二人で入ったという其実を頑なに秘匿するのか理解ができない。必ず金岡は何か隠している。

「少し……。少し友人の家へ」

「――。そうですか。わかりました。突然の息子様の逝去、ご愁傷さまです。どうか心を強くお持ちになるようお願い申し上げます」

 山岡はそう言い、一礼し外へ出た。

 誰とも行動を共にしていない。嘘である。十二月八日の午後十七時から午後十八時の間の約一時間、防犯カメラから金岡が何者かと行動を共にしていたことは明らかだ。人は嘘をつく時、バレないよう平然を装い、人を錯乱させる。バレやすい嘘は不味い。

「山岡さん、周りの人にも聞き込みますか?」

「そうだね。彼女が行動を共にしていた人物を割り出したい。その人物が何かしらの手掛かりになる筈だ」

 正直その人物が分かったとしても、当該事件の犯人が突き止められるかと言うと怪しいところだ。だが、何かしらの進捗にはなる可能性は微量であるが、ある筈だ。

 そして、山岡と横山が被害者宅の隣の家へ向かい再びインターホンを押そうとした時であった。

『ドスッ』

 先程まで邪魔していた家の方から、何か重いものが落ちる様な鈍い音がした。一瞬にして山岡の体から血の気が引いていく感覚がした。嫌な予感というものは八割型、事実になる。

「横山、見に行くぞ!」

 山岡は口調を荒らげ、横山へそう言い被害者宅へ走った。玄関の扉を開けようとしたが鍵が閉まっていた為、庭へ続いている隙間の道を固唾を呑み、歩を進める。

「――っ!」

 山岡が声にならない悲鳴をあげた。

「え……?」

 横山も背後から状況が理解出来ていない様な声を漏らし、その場に崩れ落ちた。山岡と横山がそれを先程まで対話していた金岡だと認識するまで然程さほど時間を要しなかった。金岡は二階のベランダから飛び降りたのか、首が在らぬ方向へ曲がり肘から骨が剥き出しになっていた。全てが水泡に帰する感覚がした。

 人の死というものは誰にも予想出来ず儚いものだとよく言われるが、理に適っている。先程まで確かに息を吸い、瞬きをし、鼓動を打っていた。その人物がもう此の世には在らぬ存在へ変わり、言葉を交わすことも出来なくなる。人というものはなんと憐憫れんびんであるのだろうか。自身の眼前で起こった死というものは何よりも、

 ――呆気なく

 ――儚く

 そしてある種、

 ――酷く美しくもある。

 それは満開の桜が散り行く如く。胡蝶の夢の様に。そしてそれは、非日常を装い、だがそれでいて単なる日常であった。

「きゅ、救急車呼ばないと!」

 横山が慌ただしくしている。もう手遅れであろうというのに。山岡は心底悔恨している。何故止める事が出来なかったのか、救えた命ではないかと。目の前に灯っている消え掛けの蝋燭ろうそくにすら火を灯す事が出来ない人間に一体何が出来るというのだろうか。

 金岡が飛び降り自殺を図ってからしばらく経ち、救急車に乗った消防の方と兵庫県警が駆けつけた。直ちに金岡が飛び降り自殺を図った場所はブルーシートで覆われ山岡と横山は被害者宅の外の立ち入り禁止を意味するバリケードテープが張られた外へ追いやられた。その道中、横山は何を思うていたのだろうか。

「何故飛び降りたのでしょうか」

 横山が金岡が住んでいた家を虚ろに眺めながらそうこぼした。金岡にはこの地の水が肌に合わなかったのだろうか。いや、物事はそう単純では無い。

「何か……何か裏で動いている」

 ――そう、何かが裏で動いている。


 

 

 山岡達が署へ帰ったのは正午を少し廻った頃であった。刑事課の室内はとても狼狽ろうばいしていた。金岡はあの後、緊急で病院へ搬送されたが、脊椎を骨折し臓物までもが破裂していた為、手が施されることも無く死んでいったと病院の方から捜査一課へ連絡があった。恐らくであるが、彼女は脊椎という生命維持に必要不可欠なものを骨折していた為、即死であったであろう。

「山岡、帰ったか」

 そう疲労困憊しきった山岡へ声を掛けてきたのは刑事捜査一課、部長の木下勝久であった。彼は大柄な体躯をしており、署内でも評判はかなり良く。以前に、誰も解決出来ないであろうと思われていた事件を解決へ導いた。

「はい。帰りました。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。この後、緊急会議を行う。横山にも伝えておいてくれ」

 そう言い残し木下は部内の奥に設置されている会議室へ入っていった。横山はというと、死体を見たという事実を回顧してしまい吐き気を催し、今はトイレに籠っている。横山を呼びに席を立ち部を後にしようとした時、彼女もトイレから戻って来る途中だったのか、鉢合わせた。

「大丈夫か?」

 横山を憂う言葉を掛ける。

「はい……なんとか」

 彼女は憔悴しきった顔でそう言った。せっかく端緒を掴めそうであったのだ。

「そうか。この後緊急会議があるそうだ。急ごう」

「――はい」

 横山は何か言いたげな面様だったが、会議が始まってしまいそうであった為、無視をした。



 

 会議が終わり、時刻は十八時を指していた。会議の内容は山岡の下馬評通り金岡の飛び降り自殺についてと、管轄区域を巡回中の地域課警察官が不審に思った人物に声を掛けたところ逃亡した為、取り押さえ所持品を確認すると果物ナイフが入っていたとの事で銃刀法違反で現行犯逮捕したという内容であった。現行犯逮捕された男は自身を『ユウト』とだけ名乗り何故、果物ナイフを所持していたかは頑なに黙秘している。

「横山、明日も聞き込み行けそうか?」

 会議が終わり、自席へ腰を下ろしぐったりとした様子の横山へそう問う。

「はい。行けます」

 横山は不承不承といった感じではあったが、行けるという旨だった。了解の意を示し山岡は署を後にし家へと帰った。



 

 家へ着きテレビを付ける。やはり例の事件についてのニュースばかりであった。内容は『連続未成年殺害事件の犯人自殺か?』といったどれも不慥な内容ばかりであった。七ヶ月間も金岡が殺人を繰り返せるというのだろうか。それに彼女には息子もいた。平然を装いながら人を殺めるなど神の所業へ近い。息子が亡くなってさえいなければ事は早々に解決へと近づいている筈だ。

 今晩は疲れが溜まっていたのか山岡は、直ぐに眠りへつくことが出来た。



 それからの二日間は捜査が進展することも無く、難航した。

 そして、十二月二十九日の朝早く署へ向かうと既に横山は自席へ座っており、金岡の生い立ちが記された書類を眺めていた。

「おはよう。今日は早いな」

 横山へ声を掛けると聞こえていないのか、彼女は無視をしてきた。肩を軽く叩くとようやく此方へ気づいた。

「あ、すみません。おはようございます」

「ああ。それ、金岡のか?」

 山岡は横山の持っていた書類を指差し言った。

「はい。彼女、十代の時一度自殺未遂をしており精神科でうつ病と診断されています。そして、三十代の時に今まで症状は出ていなかった鬱病が再発症しています。もしかするとそれで自さ――」

「いや、違う。鬱病が原因で死を選んだなんて、そんな浅はかな事はしない筈だ。彼女を裏で操っていた人物が必ずいる」

 根拠があるという訳ではない。だが金岡の人間性から憶測揣摩するにそんな脆い人間では無い。そう言い山岡は自席へ座り、何処かへ電話を掛けた。

「はい。兵庫県警刑事捜査一課の山岡と申します。十二月の上旬、そちらへ宿泊した方の名簿はありますでしょうか? はい。ありがとうございます。今から伺います」

 山岡はそう電話の相手へ伝え切電した。

「今から金岡ともう一人が宿泊していたであろうホテルへ聞き込みに向かう。呉々も贅言は慎むように」

 山岡が横山へそう言うと彼女は明敏である為か直ぐに賛同してくれた。三週間前、金岡が誰かと行動を共にし、滞在したであろうホテル。もう一人の素性が鍵を握っていると山岡は考える。

 山岡は再び署を後にし、電話を掛けたホテルへ車を疾駆させた。



 

 そのホテルは金岡の家からは約十キロメートルの場所であり、大変、趣のある外見をしていた。署からは約一時間強とかなり遠方に位置している。ホテルの客室の窓からは太平洋が見受けられ、ホテル周辺には、平日だというのに人が多い。

 山岡らはホテルの駐車場へクラウンを停め、ホテルの中へ立ち入った。受付の人へ、先程電話した者だという旨を伝えると奥へ入って行った。

 暫くの間の後、風采のしっかりとした男性がファイルを手に持ち、出て来た。

「お待たせしてしまいすみません。此方が、過去三年間の宿泊者数、宿泊者名を記したものになります。十二月上旬へ当ホテルへ滞在された方は十名程になります」

 そう言い目下の男性はファイルを開き、山岡らの所望する宿泊者の名簿を指差した。そこには、十二月二日に四名、四日に三名、七日に一名そして、翌日の八日には防犯カメラや隣人の証左から割り出された情報と同様に二名の滞在者数が居た。それは金岡と、もう一名、

「――月島真奈美」

 山岡はそう口にした。この事案で一度も名が挙がった事は無い人物であった。耽溺たんできになってしまっていて名が挙がらなかったという訳では無い。金岡と何処かで面識を持っていたとなれば名前くらいは直ぐに挙がるのだが、月島という人物は金岡とそう言った面識も無かった為だ。

「捜査の間、一度も名が挙がっていない人物ですね。彼女は金岡と会い、何を話したのでしょうか」

 横山も山岡と同様の思慮であった。そして横山の言う通り、金岡らはこの一時間という短時間の内に何を話し、何をし、このホテルを後にしたのだろうか。そして、この事実を踏まえると不可解な事がもう一つ生まれる。何故面識を持ったことの無い二者が相対したのかという事だ。金岡は十一月下旬にパートを辞している。山岡は自身の息子が射殺された事件後、彼女が働いていた職場へも聞き込みへ行ったのだが一度も月島という名を聞いた事も無く、彼女らが知り合うよしも無いのである。ここに来て更に捜査が複雑化する。

「此方の方の電話番号をノートへ記してもよろしいでしょうか?」

「はい。問題ございません」

 山岡は署へ帰った時に、住所を特定する為にノートへ月島の名前と電話番号を書き留めることにした。この二つが揃っていれば容易に所在地を割り出すことが可能になる。書き留めると、山岡と横山は宿泊者リストを見せてくれた男性へ礼を言いホテルを後にした。

 山岡はホテルへ一緒に入った人物がわかれば捜査は目に見えて進捗すると踏んでいたのだが、存外その予想は外れたのだ。



 

 ホテルを出て、一時間程掛け署へ着いた。山岡らは自身の所属する捜査一課部長へ帰った旨を伝えた。そして、先程ノートへ記した金岡と行動を共にしていた者の名前と電話番号を特定班へ渡し自席へ腰を下ろした。時刻は正午前であり、部内は昼飯を食す者や同僚と話しをしている者で賑わっている。

「山岡さん。外食でもどうですか?」

 そう自席へ座り、金岡と月島の関係性を推察していた山岡へ声を掛けたのは横山ではなく、捜査二課の中西隼太であった。彼は山岡より後に二課へ配属になった山岡の後輩である。まだ配属されて間もないというのに彼は大変、捜査へ貢献している逸材である。

「うん。行かせてもらうよ」

 山岡は中西の行き付けだという、商店街の一角のラーメン屋へ案内された。店内は平日の昼間だという事もある為か混んでいた。厨房からは熱気が盛れ出しており、忙しさが伺えた。

 暫く待ち、席へ通された。各々注文をし、会話を交わしていると非常に早く料理は運ばれて来た。山岡は豚骨ラーメン。中西は塩ラーメンであった。

「山岡さん知ってますか? あの自殺した金岡の家の床下から殴殺された遺体が出て来きたんですよ。その遺体は司法解剖の結果、死後三週間程、経った月島のものだったらしいです。更にですね、びっくりな事に司法解剖する前に既に月島の名前を割り出している人がいたんですよ。」

 ラーメンを啜っていると、中西がそう言った。

「中西、お前それ誰から聞いた?」

「はい。とある記者さんから今朝聞きました。彼女は捜査員でもまだ知らない様な内容を持っていたので話し掛けたら仲良くなりました」

「中西、すまない。金は置いて行くから後は頼んだ。俺は金岡の家へ向かう」

 一通り話を聞いた山岡は、血相を変えてそう言い残し店を後にした。中西が言った事が嘘で無ければ、金岡は三週間程前に人を殺めている。それはちょうど、金岡が月島とホテルで会っていた時と交差する。

 山岡は商店街を出て、タクシーを止めて運転手に金岡の家まで行くように言った。それと同時であった。山岡の携帯へ一件の着信があった。出てみるとそれは特定班からであり、内容は月島の住所ともう一つ、月島は三週間前に掛かって来ていた一本の電話を境に行方が分からなくなっているとの事であった。齟齬そごしていた山岡の推察が一致した。

 三週間前。基、十二月八日に金岡と月島が面識を持ったのは恐らく、月島の元へ一本の電話があったからであろう。金岡が月島へ、ホテル周辺へ来るように電話で伝え、ホテルで落ち合った。そして一時間の間、何を話し合っていたのかまでは不明であるが、その後、金岡の自宅へ来るように仕向けそこで月島を殴殺した。

 だが何故、面識を持っていない月島を殴り殺したのだろうか。金岡自信が月島へ相当な殺意があったとは考えにくい。仮に殺意があったとすれば、その殺意は何処で芽生えたというのだろうか。そして、殺意がなかったとしても然り、月島を殺す理由など毛頭ない筈である。それともう一つ、十二月八日に一度死体をキッチンの床下へ置きに帰った、その日はまだ金岡の息子は生存していた。彼には洩らなかったのだろうか。

「お客さん。ここらまでしか行けまへんわ。こっから先は自殺した人がおうて、テープが貼られてもとる」

 山岡が考えを走らせていると、タクシーの運転手がそう言った。気付けば、以前山岡と横山が聞き込みへ行ったのを最後に金岡が自ら命を絶った地へ着いていた。

「そうですか。此処までで結構ですので。ありがとうございました」

 運転手へ料金を支払い、タクシーを下車する。相も変わらず、金岡が自殺を測った家の手前には立ち入り禁止を意味するテープが張り巡らされており、その中には捜査二課が現場検証をしている。テープを潜り、二課の捜査員へ自身の警察手帳を見せると金岡の家へ入る事が許された。

 彼女と最後に言葉を交わした玄関へ続く扉を開けると、そこは以前と変わらず右側には靴箱があり、その上に鏡や鍵と、何も変わっていなかった。

 山岡は靴を脱ぎ中へ入った。キッチンの方で二課の捜査員が現場検証をしていた。そして、その捜査員の中には一課部長の木下も居た。

「部長。お疲れ様です。死後三週間が経過した遺体があったというのは本当ですか?」

 木下が此方へ気付いた為、山岡は歩み寄り、木下へそう問うた。

「何だ、もう知っているのか。そうだ、そこのキッチンの床下に手足が胴体から切り離された遺体があった。司法解剖の結果、お前の言う通り三週間前に殴殺により命を落とした、月島真奈美だという事がわかった。恐らく彼女は、金岡の運転する車の中で、首を絞め意識を失わさせてから何度も殴られた事による脳挫傷で死に至っている。そして更にそこから手足と胴体を切り離され、そこに置かれた」

 山岡の推察した通りであった。金岡は月島を呼び出し、自宅へ誘い込み、彼女の運転する車内で月島を殺害した。

 そして、当の本人はその三週間後、山岡らが再び聞き込みをしに家へ行ったところ、月島を殺害した事が発覚するのを恐れた為か、飛び降り自殺を図った。だが、金岡は遺体を床下へ入れた後、再び家を後にしている筈だ。その間、息子は何も違和感を抱かなかったのだろうか。そして、金岡自身は何処に向かったのだろうか。

 更にそれだけでは先程も推察した通り、金岡が月島を殺害する理由など無い筈なのである。そうなると、誰かが月島を殺害するよう依頼したかもしくはSNSなどで月島を呼び出し、無差別に殺害したという事になる。そしてその事実を確認するには金岡が生前に使っていた携帯やパソコンなどといった、他者と繋がりが持てる物が必要だ。恐らくであるが、まだ遺品などは業者へ行ってはいない筈だ。

「まだ、彼女の携帯はありますか? 少し気掛かりな事がありまして」

 山岡は腕を組み直した木下へ問うた。金岡の携帯がまだ残されていれば、通話履歴やメールの履歴などから何かしら、月島を殺害した理由や、『連続未成年殺害事件』の手掛かりが掴める筈なのだ。

「ああ。まだそっちの机の上に遺品が残っている。その中から探してくれ」

 木下はキッチンとリビングが襖で仕切られた、リビングの方を指差し、そう言った。

 机の上には、金岡が生前、使用していたであろう化粧道具や雑誌、彼女の息子と撮った写真もあった。写真の中の彼女は大変、幸せそうであった。

 写真というものは素晴らしい。現実では絶え間なく時間は流れて行くが、シャッターを押した範囲では時間が切り取られ、隔離される。そして、それらの遺品の中に金岡が使っていた開閉式の携帯があった。今では珍しい形態の物である。山岡はそれを手に取り、開く。音割れした開閉音と同時に画面が明るくなった。

『12/28 14:23』

 ホーム画面にはそう記されていた。山岡は慣れない手付きで通話履歴を開く。すると金岡は、月島を殺害したとされる十二月八日の午後十五時三十五分に何者かへ連絡している。恐らくこれは特定班からの情報通り、金岡が月島を殺害する前に掛けた電話だ。金岡はこの電話で月島をホテル周辺まで呼び出したのであろう。そして、その更に二週間前の十一月二十四日の午前十時二十八分。金岡の元へ一通の履歴があった。あまり通話の履歴が無かった彼女へのコール。その人物は、

『山本』

 そう履歴には書かれていた。やはり全く本件の捜査において名前が浮上していない人物だ。山本は以前にも金岡へ二、三度連絡していた。山岡は彼の名前と電話番号を自身のノートに控えた。

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冷殺 一ノ瀬 修治 @titose__mizuta

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