成真の気持ち
※ななお視点。
みことの事を女と知ってから数週間経った頃の話です。※
みことを女と知ってからというもの、俺はあいつと会えない、いや、会わない日々が続いた。
なびきとみやびは、女であるみことにも今まで通りの接し方でやっていくと了承したが、俺はずっと納得出来ないでいた。
「みこと、今頃昼休みかな」
異性だったってだけで、別にみことの事、嫌いになったわけではないんだ。
今もこうして、あいつの事を考えるくらいには親しい友人だと思っているし、出来ればまた話したり、一緒に剣術の鍛錬をしたり、遊んだりしたいと思っている。
でも、確実に今まで通りではいられないと、俺はそう思うんだ。
今までは同性だと思っていたから、接する時の距離も近かったし、品のない話も普通に笑いあってしたりもした。
でも、女相手に俺がそれを出来るのかと言ったら、いくら友達とはいえ、それは違うんじゃないかと思う。
そもそもみことがそんなに繊細で、気にする様な奴じゃないのは分かってる。
あいつは異性でも、接する時の距離を考えないし、品のない話も普通にして来るんだろう。
でも、それはあくまでも今までの話であって、今は違う。
あいつも今まで我慢して俺達に合わせていたとしたら?
男友達のために、今まで会話や距離感を、本当はどう思っていたんだろうと思うと、きっと今まで通りにはいかない。
あと、それで困るのはみことでもあり、俺でもあるって事。
やっぱり、その、俺も男だから、みことを女だと知りながら自分の好きなタイプの話とか、品のない話をして「何それ、俺には理解できない。気持ち悪い」とか言われたらと思うとしずらい。
みことと不意に距離が近い時、俺はきっと意識してしまって、それが態度に出た時、みことはきっと嫌な思いをするんだろう。
そうやって大切な友人に、迷惑をかけたくもなければ、俺も、気持ち悪いと思われたくもない。
「小さい男だな……」
結局今だって、色々な考えがありながらも、こうしてみこととの関係性から逃げている。
連絡すれば、話せば済む話なのかもしれないけど、俺は、それが怖い。
みことと、友人ではいられなくなったらと考えると、とても怖い。
俺が真面目に考えていると、なびきとみやびは分かってくれているのか、無理にみことと会わせようとはして来ない。
でも、あの二人はみことと変わらず遊んだり鍛錬したりしていて、たまに
「みことがななおの話してたよ」や「みことがななお最近どう? 元気? って気にしてたよ」等、そんな話を聞く。単純に嬉しい。
「俺も、みことに会いたいな」
そう思っても、踏み出せていない。
✝︎✝︎
その日の夕方、俺は今日バイトが休みだったから、朝起きてからイラストを描いていた。
趣味ではじめたイラストが、最近は嬉しい事に依頼などが来るようになった。今日はその依頼のイラストを進めていた。
「少し休憩でもするか……ん?」
そんなタイミングで、俺は携帯を見た。
いつの間にか着信が入っていた様で、ちょうど十分前位だったらしい。
「誰だ? えーっと……みこと?」
それは、久しぶりに見た文字だった。
着信はみことからで、あの日、俺が「考える時間が欲しい」と言ってから、もう何週間もみこととは連絡もとっていなければ、会ってもいないし、みことから連絡が来る事もなかったのに。
「どうしたんだろう。かけ直す……い、いや、でも……わぁ!?」
かけ直すか悩んでいると、みことからまた電話がかかってきた事にびっくりして、携帯を落としてしまった。
「で、出よう。――も、もしもし? みこと?」
「ん、ななお。久しぶりだな……俺、みこと」
安心した。
特に、何か言われるわけでもなく、テンションもいつも通りの落ち着いた感じだったから。
「久しぶり……だな。どうした? なびきやみやびに、何かあったのか?」
俺は自分への用事ではない事を祈りながら、極力自分以外の話題へと進めようとした。
「今から、お前の家に……行こうと思う。今、家にいるか?」
「はい!?」
残念ながら、それは叶わなかった。
みことの方から、俺と話しをつけに来るとは思っていなかった。
もしかしたら、もう、今日でおしまいなのかもしれない。
やっぱり、俺と友達は難しいとか、お前を見損なったとかの話だろうな。
みことは剣術には真面目だし、そこも怒られそうだ。
俺はあの日から、剣術の鍛錬に集まっていないから。
でも、それも良いかもしれない。
そしたら、みことにも迷惑、かけないで済むし。
「い、居るよ。――でも、電話じゃダメなのか?」
「ダメだ。お前と顔を見ながら……直接話したい事だ」
いつもはゆっくり話すみことが、電話越しでも分かるくらいには、ちゃんとしっかり話している。
真面目だ。
大切な話なんだろう。
「わかったよ。お茶くらいしか出せないけど。迎えに行くよ、青空書店の近くで待ってて」
「ん、ありがとな。じゃあ……また後で」
そこで電話が終わった。
✝︎✝︎
「みことくん久しぶりね! いつもななおと仲良くしてくれてありがとう。晩御飯食べていく?」
「ななおの母さん……久しぶり。――いや、家で用意してあるから、大丈夫。ありがとう」
「みこと、俺の部屋でいいか?」
「うん……じゃあ、お邪魔します」
俺の部屋のテーブルに、お茶と申し訳程度のお菓子を置いておいたので、そこに対面で座った。
「ななお……今日は、休み?」
「そうだな。今日は休みだったから、イラスト描くの進めてた」
「そっか。描いたやつ……良かったら、また見たい」
「そんなに沢山はないけど、まあ……うん」
みことは変わりない態度で、話をしてきた。
何も思っていないのだろうか、それとも、今からもうおしまいなのだろうか。
みことは俺の描くイラストを、いつも楽しそうに見てくれる。それが俺は、とても嬉しいのだけれど、今はそんなタイミングでは無い事は分かったから、見せなかった。
「うん……えっと、俺……ななおと話したくて」
「――なんの、話?」
俺は視線を下に向けて、なるべくみことの方を見ないようにした。
単純に、みことの顔を見るのが怖い。
さっきから、最悪の事態ばかりが頭を過る。
「ななおの気が済むまで……会わない方が、良いと思った。――でも、俺が……嫌だ」
「何が……嫌だ?」
「俺は、ななおとまた……話したりしたいと、思った。――ななおとまた一緒に、遊んだり……鍛錬したりもしたい」
俺だってしたいよ。
俺だって、またみことと話したり、遊んだり、鍛錬したりしたいよ。
でもさ、でも……。
「俺、あれから沢山考えたんだけど、やっぱり、無理だよ。――だって、みことの事……傷つけたりしちゃうだろうし」
「俺の、何を傷つける? 俺は……お前より強い」
「剣の腕の話じゃないよ。なんていうか……気持ちの話だよ。俺が、今まで通りの態度で接したら、絶対にみことを不快にしてしまう」
「そんな事――」
「あるんだよ! お前、お前さ……俺だって、男なんだぜ? 男であるなびきやみやびとは、また違う感じの男だ。――俺は、女が居たら意識してしまうし、やっぱり……色々気にするんだよ」
みことの言葉を遮って、俺はそう言い放った。
友達でいたいという気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉を投げてしまう。
俺の本当の気持ちを、押し付けたくない。
気にしないように出来ない、俺の弱さが原因だとわかっていても、それも改善出来ない。
ならば、もう離れるしかないだろ。
(泣きそうだ……俺はやっぱり弱い。剣の腕もそうだけど、人間としても、とても弱い)
逃げ出してしまいたい気持ちの情けなさと、みこととはもう、友達でいられないのだろうという悲しみから、俺は涙がこぼれそうになった。
しばらく沈黙が続いたが、みことが立ち上がるのがわかった。
帰るのだろうと思ったら、こちらに歩みを進めて来て、そして、俺の頭を優しく撫でた。
「――ありがとう。女と気にして……思ってくれて。でも、俺は平気だよ。お前が男でも……近くても。――だって、五年前からずっと……俺達は友達、だから」
俺の膝に、溜まっていた涙がこぼれ落ちた。
みことのその言葉は、とても優しい声色にも関わらず、とても大きくて強い言葉だった。
俺はその言葉のおかげで、自分の中で引っかかっていた不安が一気に解けて行くのを感じた。
(みことは、もう先に五年前、きっと異性である俺達との関係に悩んだり、考えたりしていたんだ……それでも、彼女は努力して、俺達に歩み寄ってくれた。それを乗り越えてるからこそ、大丈夫だって言っているんだ)
彼女の持つ強さに、俺はまた惚れたんだ。
今度は剣の腕じゃなくて、彼女の人間としての強さに。
心からみことの事が好きだと、俺はそこで気づいてしまった。
ダメだとわかっていても、俺は今、彼女の事が好きだとしか考えられなかった。
「――好きだよ」
「――俺も、ななおの事大好きだぜ。だからさ……これからも、一緒に遊んだりしよ」
みことは泣いている俺の背中を、ぽんぽんと優しく叩いてくれた。
何故そんな状況なんだ? と、急に冷静になった俺は、気づけばみことの事を抱きしめてしまっていた。
「お、おああああっ!? ご、ごめん! ちがっ、違くて! そういうんじゃなくて! ほ、ほんと、ごめんなさいでした!」
「ふふっ、何、焦ってる? 別に……平気だよ」
関係が戻ったのはいいものの、俺は新たに「みことの事が恋愛感情でも好きだ」と気づいてしまったわけで……。
俺の中で、彼女への悩みは、これからもつきそうに無い。
カオスな世界の中、とりあえず俺達は顔がいい 咲紫きなこ @sakisikinako
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