番外編
革命の出会い
「みことちゃーん! みことちゃーん? はぁ、どこにいったのかしら」
先程まで自分の目の前に居た娘が、今日もまた姿を消した。朝食が終わったので、公園にでも遊びに行こうと命を呼び、着替えさせようとするといつもこうだ。
美命の手には薄紫のスカートと、白のTシャツが握られていた。
今日は日曜日、家には旦那も長男の要も居る。誰か命の行方を知っているかもしれないと思った美命は、要の部屋へと歩みを進めた。
「かなめ、みことちゃん見なかった?」
美命は部屋で絵を描いている要にそう聞くと、要は首を横に振った。
「ぼくはみてないよ」
「そっか。はぁ……どこ行っちゃったのかしら」
そう言って美命はリビングへと戻ると、手に持っていた服をソファに置き、庭へと移動した。
庭で刀の素振りをしている旦那に、美命は声をかけた。
「あなた、みことちゃん見なかった?」
「なんだみもり、またみことに逃げられたのか。ちゃんと見てなきゃ。また公園で一人で遊んだりしてるんじゃないか? 俺も探すよ」
娘の命は三歳になってから反抗期なのか、美命がかわいい洋服を着せようとしたり、かわいいお人形を買ってあげようとすると「いや」と一言呟き、逃げようとするのだ。
お店内では主に旦那も要も一緒なので、すぐに捕まえられるが、美命だけしか見てない時は、よく逃げられてしまう。
前に何度も家から抜け出しては、公園で一人で遊んでいたり、公園の木陰で昼寝をしたりしていた。
今日もそうだと思った美命は、早速旦那と公園へ歩を進めた。
✝︎✝︎
命は悩んでいた。自分の生き方について。
まだ三年しか生きていないのだが、自分に違和感を感じる。スカートを履くと嫌な気持ちになった。かわいいと言われても、少しも嬉しくない。
兄が「ぼく」と言うので、自分も「ぼく」と言うと、母に怒られた。
その意味が分からない。何故スカートを履くのが嫌で、何故ぼくと言うと怒られるのか。
悩んでいる間にも、母はまたかわいい服を着せようとしてくるので、命はそれに耐えられず、逃げ惑う日々を送っていた。
今日も公園に逃げようと思ったが、ここ最近ずっとそれですぐに見つかっている。家に帰り、母の話を聞くのも嫌だった。
「みことちゃんはかわいい女の子なの。女の子にしか出来ない素敵な事、お母さんと一緒にしようね」
それが嫌で、でも逃げられなくて、命はその話を聞いた後必ず泣いてしまう。
泣いてしまう自分は、かっこ悪くて嫌だと思っていた。
自分は、かわいいではなく、かっこいいが好きだと思う。そう気づき始めていた。
家を出て目の前には教会があった。
ここには友達が居ると母から聞いたことがあった。
自分のではなく、母の友達だ。
命は母と仲の良い人が居るのならば、それは自分の嫌なものだと思い込み、近寄ろうとしなかった。
だが、今日は違かった。
命は一縷の望みを胸に、教会のドアを小さな手で押し開け、中へと入った。
中は静寂に包まれており、鳥のさえずりが聞こえた。
だが、そんな時、何か紙をめくる音がしたのを、命は聞き逃さなかった。
ゆっくりとその音が鳴った方へ近づくと、教会の一番前の椅子に、一人の子供が座っていた。
歳は自分と少し違うか、同じか。浅葱色のボブヘアーに、左前髪には紫のぴんどめをしている。
命の気配に気づくと、本から視線を外し、命の方を見る。
そこで二人は、はじめて目が合った。
命はその子の事をかわいいと思い、しばらく見つめると、その子が口を開いた。
「こんにちは。あなた、おいのりにきたの?」
「おいのり?」
「うん。ここはね、ひとのねがいを、かなえるばしょなんだよ」
ふわふわのボブヘアーをなびかせながら、にっこりと微笑むその子につられ、命も少し微笑んだ。
そんな時、外から声が聞こえてきた。
「みことちゃーん。ここにいるかしら? 私中見てくるわ」
なんと、美命が教会にまで来たのだ。
公園に姿が見えないので、ここまで来たのだろうと命は思った。
なんとか隠れないとと思い、椅子の下の隙間に隠れた。程なくして、教会のドアは開かれ、中に美命が入って来た。
命の心臓は大きく脈打つ。
(くるな、くるな、くるな)
命は先程の言葉を思い出し、最後に強く願った。
(おねがいします。みつかりませんように)
ついに美命が、命が隠れる椅子の近くに来てしまった。美命は椅子に座る女の子に声をかける。
「あら? あなたあらたちゃんよね? こんにちは」
「うん。わたしあらた。こんにちは」
「ねぇ、あらたちゃん。ここにみことちゃんが……紫色の髪をした、小さな女の子来なかったかしら?」
命は息を出来る限り止め、その会話を静かに聞いていた。
「みてないよ。わたし、おんなのこみてない」
「そう……ありがとう。またね」
そう言って美命は、教会を後にした。
命は椅子の下から出てくると、ほっと胸をなでおろした。そして、革の方へと視線を向けた。
「きみ……なんで」
「だって、わたしあなたのことしらないから。なまえも、なにもきいてないもの」
そう言って本を閉じると、革は椅子から立ち上がる。
「わたしはあらた。ゆめはかわいいおよめさんになること。あなたは?」
大きな瞳は爛々と輝き、命を見つめる。
命はその目をじっと見つめながら、静かに答えた。
「ぼくはみこと。ゆめは……しずかなばしょにいくこと」
革はそれを聞くと、はっとしてから命の左手を握る。
「きょうかいのにかいはね、しずかなの。いこう!」
そのまま命は手をひかれながら、教会の二階へと歩を進めた。
二階の端は日当たりも悪く、少しひんやりとしていた。
だが、ステンドグラスには日が当たり、キラキラと輝く様が、まるで宝石の様だと命は思い、しばらく眺めた。
その後、革の方を見ると、先程まで見ていたステンドグラスの煌めきくらい、革の目は綺麗だと思った。しばらく無言で、革の目を見つめた。
革はそんな命の顔をじっと見ていた。
命はそれから革の右手を左手できゅっと握ると、優しい笑みを浮かべた。
「ぼくのゆめ……きみをしあわせにしたいに、する」
それから二人は友達になり、毎日、命は革に会いに教会に通った。
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