第21話

 話がひと段落し、命は革の部屋のベッドに横たわり、目を閉じた。

 夢の中でエペルに会った。


『おぉ……かわいそうなみこと』

「あらたに、怪我とかなくて良かったけど……傷つけた。――こんな辛い気持ちは……はじめてだ」


 命は目線を下にやり、悲しそうな顔をした。

 そんな命の表情に、エペルは口角を釣り上げる。


『何故こんな目にあうと思う?』

「クソじじいの心が……弱いから?」

『違う。――運命の神が、こういう風になるよう、決めておるからじゃよ』


 そう言われた命の頭の中に、ある一人の姿が思い浮かんだ。

 この間、人間界から戻ってきた運命の神の一人、星夜の姿だ。命は星夜の事を気に入っていたので、意識内にまだ記憶が残っていた。


「星神様の……せい?」

『そうじゃ。お主が辛いのも……あらたが辛いのも、あの神のせいじゃ』


 命の肩に手を乗せ、引き寄せる。エペルと命の視線が交わった。

 あの人が本当に運命の神で、自分達の未来をこの様に胸糞悪いものにしたと言うのならば、許せないと命は思い込んだ。

 その瞬間、命の頭の中には革の泣き顔が思い出される。


(かわいそうなあらた。――あらたを泣かせたら、いけない)


 そう思った瞬間、命の脳内に悪意が生まれた。そしてそれは口から言葉となって形を生した。


「運命の神さえいなければ」

『そうじゃみこと。そうなんじゃよ……』


 エペルは命の耳元に唇を寄せ、低い声で呟いた。


『儂に任せろ』


 命はそのまま、意識を失った。


 命の体はベッドから起き上がると、窓を塞いでいるダンボールを刀で斬り、外へ飛び出した。

 床に敷布団を敷いて眠っていた革は、急な物音に何事かと起きるが、ベッドに命の姿はなく、布団はぐちゃぐちゃになっており、窓からは冷たい雨が入り込んできていた。


「みこと?」


 降りしきる雨を見つめながら、嫌な予感が革の中に生まれていた。


              ✝︎✝︎


 エペルは命の体を乗っ取っていた。

 今、命の体はエペルの意思で動いている。向かうは天界神殿の中にある運命の神班の部屋だ。

 乱暴に天界神殿の窓を割り、中へ入ると、その場に居合わせた名前も分からない天界人へ話しかけた。


『運命の神の部屋はどこ?』


 怪しまれない様に話し方を命に似せて話すエペル。そんな様子をおかしいとも思わず、問われた人物は運命の神班の部屋へ案内してくれた。

 しばらく神殿内を歩いた後「この部屋です」と言われた。

 ドアには紙が貼ってあり手書きで【運命の神班】と紫のペンで書かれていた。

 ノックもせずに部屋へと入れば、そこはヒサ班の談話室の様な作りになっていた。

 ただ、アンティーク調の高そうなソファー等はなく、紫色のボックスソファーが置いてあり、白い長方形の机が置いてあり、机の真ん中にはお菓子が入ったバスケットが置いてある。

 最初に目が合ったのは薄紅藤色の髪を持ちウルフカット。漆黒の目を持ちつり目、青縁眼鏡をかけた長身の男性と思われる人物だった。


「何だ? さくや、お前の客か?」

「知らないお客さんだねぇ。しきやのお客さんでもないのかぃ?」


 男性と思われる人物は紫綺夜しきやという。

 次に目が合ったのは女性と思われる人物。咲夜という。

 咲夜は壺菫つぼすみれ色の髪を持ちセンター分け、後ろ髪は長く、一つに束ねている。壺菫色の目を持ちつり目だ。


『俺は……星夜に用がある』


 エペルは二対一では部が悪いと思った事と、この間会った時、星夜からは神の威厳たるものを感じられなかった為、奴は弱いと踏んでいた。それ故に、当初の予定通り星夜を殺す事を進めようとした。

 紫綺夜は眉をひそめると、エペルの事を睨んだ。


「そんな怖い顔で、せいやに何の用だ?」

「ああ! 思い出したよぉ。ヒサ様ん所の子だろぉ?」


 重い空気を一気に晴らすように、咲夜はエペルの方を見て楽しそうな声色でそう聞いた。


「せいやがこの間話してたからねぇ。かわとめいが面白かったって」

「――お前はみことだったか? というか、せいやの奴名前間違えてるじゃねぇか。今度違うって教えてやるか」

『星夜は、居ないのか?』

「知ってるだろぉ? せいやは今謹慎中さぁ」


 咲夜は机の上に置いてあるお菓子に手をつける。小袋に入ったお煎餅を袋から取り出し、音を立てて食べ始めた。

 紫綺夜は右手に持っていたティーカップに口をつけた。そしてソーサーの上に戻す。


「せいやに用事なら、俺様達が伝えといてやるが?」

『いや……俺は、自分で伝えたい。会いたいんだ』

「おやおやぁ、会いたいなんて、せいやの事がそんなに好きなのかぃ?」

『――まあな』


 どうにかして星夜に会えないかと思考を巡らせていると、咲夜は携帯を服のポケットから取りだし、誰かに電話をかけた。


「――あ、もしもし? せいやかぃ? あんたに会いたいってお客さんが来てるよぉ。めいって言ったかねぇ。――うん、うん。ちょいと、神殿前まで来てやりな。うん、じゃあね」


 そう言って電話をきると、咲夜はエペルの方を向いた。


「今呼んでやったからねぇ。思う存分話してきなぁ」

『感謝する』

「中に入らないとはいえ、せいやは謹慎中なのに呼びやがって……ヒサ様に見つかっても、俺様は知らないからな」


 はぁとため息をついてから、紫綺夜はテーブルの上にある書類に目を通しはじめた。

 咲夜もその場で伸びをした後、書類に目を通しはじめた。

 エペルはその場を後にし、天界神殿の入口を目指した。


              ✝︎✝︎


 雨は強くなるばかり。

 そんな中、紫の傘と黒い傘が見える。星夜とPだ。


「ねーから電話貰ったのぜめい! この間ぶりぜ」

「全く……こんな天気の悪い日になんですか」


 Pは傘を閉じるとジャケットのポケットから薄紫色のハンカチを取り出し、星夜の頭や肩の雨粒を拭いた。

 星夜は傘を閉じ、傘を少し振り、雨粒を落とした。

 ねーと言うのは咲夜の事だ。星夜と咲夜は血縁関係であり、咲夜は星夜の姉だ。

 紫綺夜は星夜と従兄弟で、星夜にとっては兄の様な存在だ。


「で、なんの用ぜ?」


 エペルは執事くらいならば直ぐに倒せるだろうと思い、すぐ様刀を取り出すと、その切っ先を星夜に向けた。

 Pはすぐ様星夜の前に立ちはだかると、右手を伸ばす。するとその手にはレイピアが握られていた。


「神に刃を向けるなんて、なんのつもりです?」

『お前を殺す』


 その一言は開戦の合図となった。

 Pのレイピアとエペルの刀がぶつかり合う。

 Pは魔法で氷の力を使い、尖った氷の槍五本程をエペルに向かって飛ばしていく。エペルはそれを全て炎の力で溶かし、蹴りをPに一発入れた。Pはその場から吹っ飛ばされた。

 今、この場には自分と星夜しか居ない。殺せる、悪意で人を斬れる。

 エペルは心待ちにしていた。

 悪意で人を斬れば、その悪意はエペルの力となり、また一段と強くなれるのだから。

 エペルは意識を命に返す。

 命の体はその場に力なく崩れ落ちそうになったが、それを星夜が受止めた。小さな星夜の体は、命の体重に耐えきれず自分も地面に転がった。


「めい、めい! 大丈夫ぜ?」

「――ここは」

「めい! 気がついたのぜ」


 命の目の前には星夜が居た。命の心臓は大きく脈打つ。


「星神様……」

「めい、どうしたのぜ? なんで俺達を襲うぜ。話ってなんぜ?」


 命はエペルの言葉を思い出す『運命の神が決めている』


「なんで……」


 命は地面に転がる自分の刀を手に取ると、その切っ先を星夜の心臓辺りに突きつけた。

 星夜はその場で抵抗もせず、ただ命を見つめた。


「なんで……なんであんな……酷い未来にすんだよ」

「何の話ぜ?」

「とぼけんなよ! 俺達の未来……知ってたんだろ? そして、そう仕向けたのも……神の仕事だから? そんなの知るかよ! あらたが……傷ついた。許せない」


 命の言葉に、星夜は静かに答える。


「――確かに。俺達の仕事は非情だ。――だが、いつだって、最後にそう決意したのは、そいつ自身なんだ」


 先程までの頼りない顔とは違う、星夜は真剣な表情を見せた。


「星夜!! 逃げてください!」


 Pは大きな声を出し、すぐ様その場に戻ろうと豪雨の中を飛び、こちらに向かう。

 星夜は刀を握る命の手を、自分の手で包み込んだ。

 そして、みことの顔を見つめながら、大きく口を開く。


「泣くぐらいならするな!! 自分の行いは、心からそう思ったうえで、笑いながらしろ! 泣いて俺を殺すな! ――本当に殺したいのならば、後悔が無いのならば、笑って俺を殺せ」


 そんな星夜の言葉と真剣な表情に、命は星夜に体を預けた。

 命の体は震えていたので、星夜は安心させるように背中を優しく撫でてやった。


「――辛いよ……悲しいよ。――助けて……ほしがみさま」

「みこと……俺は、傍に居る。――今、お前の傍に……俺は居る。笑えるまで、泣けば良い。――俺はお前を……受け止める」


 命の刀が《カラン》と音を立て、その場に力なく落ちた。

 命は声を出して泣いたが、幸い雨音が全てかき消してくれた。

 星夜は泣いている命が泣き止むまで、ずっと抱きしめてやった。

 Pはすぐ様ヒサに連絡を取ろうとしたが、星夜がやめろと言ったので、代わりに革に連絡をとった。


 しばらくして、傘もささずにびしょ濡れの革が天界神殿前までやってきた。

 命は革に自分が何故そうしたのかを、少しずつ話した。星夜のせいで、俺達はあんなに辛かったのではないのかと思い、革をそれで傷つけたのならば許せないと思ったのだと。

 そして、自分もものすごく辛かったのだと。

 革は命が感情をこんなにも露わにする事はそうある事では無いと知っている為、相当今回の件を気にしていたのだと受け止めた。


「でも……決めたのは……クソじじい自身だって、星神様に教えてもらった」

「そうだよ。運命の神は、そう仕向けるわけじゃない。選択肢を与えるだけ。――だよな?」


 そう革が星夜に問いかけると、星夜は首を縦に振った。


「そうだぜ。――でも、運命の神である以上、良い事も悪い事も俺達のせいだと言われる事は沢山ある。――だから、俺は受け止めるしか出来ねぇと思った」


 いつもは幼さを残した様な話し方だが、今は大人びた話し方である星夜に対して「食えないやつだ」と革は思った。

 エペルはまさか星夜があんな事を言えるなんてと驚いた後、悪意で人を斬らせられなかった事を悔しがった。

 命は星夜の言葉のおかげで、今回の件をやっと納得した。


「いつだって、自分の道を決めるのは自分。――大事な事、忘れる所だった」


 そして命は星夜の方を向き、頭を下げた。


「ありがとう……星神様。――そして、ごめんなさい」

「良いのぜ」


 星夜は柔らかい微笑みを命に向けた。

 命は顔を上げると、革の手をとり、キュッと握った。


「どんなに辛い事があっても……俺は、あらたと一緒に受け止めて、生きていくよ」


 力強い眼差しでそう話す命の目を、革も真剣な眼差しで見つめ返す。

 そして、命の指に、自分の指を絡めキュッと握り返した。


「――俺も。みことと一緒なら、どんな困難も平気だぜ!」


 そして二人は、顔を見合わせて笑いあった。


              ✝︎✝︎


 あれからも革と命は自分達なりに、日々仕事に邁進していた。

 ここ半年近く天界を騒がせていた連続殺人犯を、先日二人の連携で追い詰め、やっとの事で捕まえた。

 今までで一番の働きぶりだと国民からも大層褒められ、なんと新聞の一面を飾った。

【ヒサ班、前代未聞の問題児補佐】から【ヒサ班、問題児から一般人へ昇格か?】なんて煽り文句を書かれた。

 その記事を見た革は、鼻で笑った。


「俺達は一般人じゃないっつの。頭の悪ぃ記者だな」

「それな。――俺達は、一般なんて言葉で……まとめられない。――俺達は、顔がいい補佐……って事」

「そうそう! 史上最強、かっこいい補佐だぜ!」


 互いの顔を見て得意げの笑みを浮かべる革と、ふっと微笑む命。

 革は朝刊をリビングのテーブルに起き、ハンガーからいつもの仕事用の上着を二着とると、命に一着手渡した。革と命は慣れた手つきで着ると、天界神殿へ向かった。


 今日も二人は、一般を乱すのだろうか。


                         終

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