第28話:これから先も変わることなく



「いやぁ、皆さんお疲れさまでした」


 あっけらかんとした明るい口調で告げるのは銀丈。

 知的で涼やかなエリートサラリーマンと言った風貌をしておりゲームの最中は表情を硬くしていた彼だが、今は知的な印象が一瞬で溶けてなくなりそうな緩い笑顔を浮かべている。更に手にしているのがコーヒーではなくタピオカミルクティーなのだから緩さは倍増だ。

 挙げ句「おつかれさまでーす」と暢気な声と共にタピオカミルクティーを掲げた。


「大変と言えば大変だったが、貴重な経験ではあったよな。それに人の命で遊ぶような奴等を始末できたのも良かった」


 満更でも無さそうな口調で流星が話す。

 金色の髪、ダメージジーンズとスカジャンという服装、相変わらず不良めいた井出達だ。だが飲んでいるのは彼もまたタピオカミルクティーなので迫力はだいぶ減っている。

 流星の隣では紅子がうんうんと頷いた。彼女の手にあるのもタピオカミルクティー。

 制服を纏う女子高校生と甘い飲み物はよく似合う。とりわけ今飲んでいるのが流行が去ってもなお人気の店のしかも限定メニューなのだ、紅子そのものが【映え】である。


 この場には三人の他に、真尋とメグもいる。

 性別も年齢も格好も何一つ共通点の無い五人は周囲の目を引く。とりわけ全員の見目が良いのだから猶更だ。

 現に先程から通りがかりの者達が老若男女問わずチラチラと視線を向けてくるが、誰一人それには返さず、互いを労い合っていた。




 デスゲームでの件が片付いて早一ヵ月が経ち、打ち上げをしようかと誰からともなく言い出したのが先日の事。

 といっても世間的にはまだデスゲームの件は終わっていない。

 人の命で賭け事をする極悪非道な組織、彼等が隠していた数え切れなほどの遺体。それらが全て白日の下に晒されたのだからたった一ヵ月で落ち着くわけがない。

 いまだ昼のゴシップニュースはこの話題で持ち切りである。当分は報道は続くし、内容が内容なだけに語り継がれる陰惨な事件となるだろう。

 更にはこの事実を隠蔽しようと暗躍する者も現われ、警察やら色々なものを交えて事態は混沌としている。


 だがそういった混沌は興味が無いと、一同は組織を壊滅させて主要人物達を死に追いやるとあっさりと幕引きとした。

 またいつもの日常に、詳しく言うならまるで平凡な人間かのような日常に戻っていった。そうして打ち上げの話が出て今日に至る。。


 ちなみになぜ打ち上げがタピオカミルクティーなのかと言えば、女子高校生の紅子と幼女のメグがいるため酒場には入れないからだ。

 酒を飲まずに集まるならば昼でも良いとなり、結果「なんか黒いもちもちした飲み物があるらしいですね、僕、飲んでみたいんです!」という銀丈の希望と、「俺も。流行りの店に入ると店員も客もビビらせちまいそうだからこの機会に飲みたい」という流星の諸事情を踏まえて、この店での打ち上げとなったのだ。

 さすがに店内では話が出来ないのでテイクアウトして近所の公園である。


 なんとも長閑で平和的な打ち上げではないか。

 デスゲームで惨たらしく死に、その関係者を更なる苦痛に陥れて殺した者達とは思えない長閑さだ。


 そんな打ち上げの中、


『春樹も来れればよかったね』


 実際の声ではなく頭の中に話しかけたのは紅子だ。

 それに対しての返事もまた、実際の声ではなく頭の中だけに響いた。


『うん、僕も一緒に行きたかったな……。また皆で、今度は実際に声に出して演技もしないで話したかった……』


 そう返すのは春樹だ。

 彼の姿はここにはない。それでも全員の頭の中には彼の声が聞こえていた。

 悲しさと寂しさを交えた声。遠く離れた友を想い、春樹は小さな溜息を洩らし……、


『でも今の僕はベビーベッドから出られないから』


 と、己の現状が行動不能である事を語った。

 言わずもがな、あのデスゲームの一件で春樹は死に、まったく別の人間として生まれ変わったからだ。

 先日ようやく一ヵ月検診を終えた、見紛うことなき赤ん坊である。頭の中では流暢に喋れても実際には泣き声しかあげられない。


『さすがに俺達も生後一ヵ月の赤ん坊を連れ出すのは無理だな』

『ですよね。というか、今の僕って三時間おきに授乳してもらわないと死ぬんで、一人で出掛けられないんですよ』

『なんか今の方がデスゲームみたいだな』


 頭の中で長閑な会話を交わす。

 そんな会話の中、春樹はメグを呼んだ。幼子らしい小さな口でストローを咥えてムグムグと飲んでいたメグが『ん?』と簡素に返した。


『僕の分の……、えぇっと、羽場、だっけ? あの女の人、処分してくれてありがとう』

『……別に良い。大変じゃなかったし』

『実際には僕は何も出来なかったけど、メグちゃんが代わりに処分してくれて良かった。死ぬところを見せてくれたしスッキリしたよ』

『……ん、良かった』


 春樹が礼を告げれば、メグも満更ではなさそうだ。

 無表情でクールな彼女にしては珍しく、得意げに口角が上がっている。


 ゲームの最中にメグが提案してきた【死神の提案】。

 あれはゲームの観客とゲームマスターに死を与えようという話だった。それも自分達が受けた苦痛と死を元に、痛みも恐怖も苦しさも倍増させて……。

 それを聞いて誰もが二つ返事で応じた。ゲームでは意欲的に死のうとしていたが、かといって、他者に死を与えて喜ぶような者を許せるわけでもないのだ。

 だがメグの提案の中で、春樹は彼女の期待に応えられそうになかった。

 死んだ瞬間に強制的に生まれ変わってしまう。仮に生き残り枠に入ったとしても身体能力は人並みなのだ。となると観客のもとへは行けないし、このゲーム以上の恐怖と死を与える事も難しい。

 そう春樹が話したところ、メグが自分が代わりに処分をすると買って出てくれたのだ。それも羽場が苦しみ藻掻いて死ぬ光景を春樹にも見せてくれた。


『ぞっとするような死にざまだったよ。凄いね、メグちゃん』

『……ん』


 褒められてメグが嬉しそうな声を漏らす。

 その話を聞き、今度は流星が銀丈を呼んだ。曰く、彼もまた日野岡を処分する際に銀丈の力を借りたのだという。


『俺も春樹と同様、再生するってだけで別に面白いことが出来るわけじゃないからな。銀丈に力を借りたんだ』

『そうです! 流星さんがあの人間を壊して中から出てくるのはどうかっていうので、僕が実際に演出したんですよ!』

『そうだったんですね。メグちゃんを通じて見せてもらいましたが、流星さんのところも凄かったですね』


 どの観客も陰惨と言える死にざまだった。

 それを話せば、思い出したのだろう真尋が『そうねぇ』と話し出した。


『私、あれだけいかにもな幽霊っぽい事したの初めてだからちょっと興奮しちゃったわ。私、幽霊になってる!って達成感を感じられたの』

『……真尋、達成感で成仏しちゃ駄目。させない』

『あら大丈夫よ。成仏なんてしないわ』


 服の端を掴んで訴えてくるメグを、真尋が嬉しそうに笑って頭を撫でる。

 外見だけを見れば幼い少女が大人の女性に甘えているように見えるだろう。二人の触れあいは微笑ましい。その会話の内容は悍ましいものだが。



 そうしてしばらくダラダラと会話をする中、春樹が『あっ!』と声をあげた。

 誰もがビクリと体を震わせた。死ななかろうと驚く時は驚くのだ。飲んでいたミルクティーが変なところに入ったのか紅子が咳き込んでいる。


『なっ、なによ春樹……、どうしたの』

『あ、ごめんね驚かせて。僕、今から散歩に行くみたいだから皆のいる公園の近くを通るかも』


 もしかしたら、と春樹が話せば、今度は紅子が『えっ!』と声をあげた。

 他の面々も同様、春樹の話に反応している。

 今回の打ち上げは元より春樹は不在と決まっていた。だがせめて近くにと考え、彼の住んでいるマンションの近くにあるタピオカミルクティー店を選んだのだ。それがまさかこんな機会を生むとは。


『それなら会おうよ! 通りがかりを装って話しかければ顔も見れるよね!』


 紅子は既にノリノリだ。

 だが問題はどうやってベビーベッドを押す春樹の母に話しかけるかだ。

 何か自然な接触方法は……、と考えていると、メグがスッと手を上げた。幼いメグが手を上げても高さはそこまでだが、『メグに任せて』と淡々とした口調は自信に満ち溢れている。

 次いでメグは全員の視線が己に注がれているのを確認すると、コテンと首を傾げた。金色の髪をふわりと揺らし、大きな目をぱちくりと瞬かせる。なんて愛らしい仕草だろうか。


『メグ、赤ちゃん大好き!』


 と、可愛らしい声で一言。

 それを受けて誰もが息を呑んだ。


『凄い、凄いわメグちゃん……、なんて演力なの! どこからどうみても純粋な子供よ! それなら私もメグちゃんに合わせて、落ち着きのある子ども好きなお姉さんを演じようかしら。【可愛らしいですね、男の子ですか?女の子ですか?】って……。どう? これなら普通に話しかけられるわ』

『私も小さい子好きな感じで行けば余裕だよね。女子高校生らしく【赤ちゃんかわいいー】って言ってればきっと大丈夫!』


 メグに続いて、真尋と紅子もどうやって春樹に会うか相談し始める。

 といっても二人の見た目は極普通の成人女性と女子高校生だ。それも清楚な印象を与える。通りがかりに話しかけても怪しく思う者はいないだろう。

 だけど……、と顔を合わせたのは銀丈と流星だ。


『僕はこの見た目ですし、便乗して話しかけるぐらいなら大丈夫だと思いますけど』

『俺は駄目だ……、誰か側に居てくれ、下手すりゃ春樹の母さんを怯えさせて職質だ』


 そんなことをわいわいと話しつつ、春樹が来るのを待つ。

 楽しそうな会話。それが自分に会うためなのだと考え、春樹の声も弾む。


『そうだ、僕がもう少し大きくなったら、他にデスゲームをやってるところが無いか調べて皆で参加してみませんか? 今度は性格を変えて演じてみましょう』

『お、それ面白そうだな。俺、今度は人を裏切る下種な男として死のうかな』

『いいですねぇ、次は僕は真面目な好青年になってみましょうか。皆さんの生存のために身を挺して死ぬんです!』

『それなら、私は悪女になろうかしら。自分の生存のために男を誑かすのよ。……でも誑かす選択肢がこの三人なのよね。もっと大人数のデスゲームってないかしら』

『私は次は最初に死にたい! 真尋姐さんみたいに見せしめにパーンって派手に死ぬの! 開幕飾るの良いよね!』

『……メグも、何か別のやりたい』


 春樹の提案に皆がノリ気で返す。

 到底デスゲームの話を、それも自ら参加して積極的に死のうと話しているとは思えない明るさだ。

 そのうえ、紅子が春樹を連れた母親の姿を見つけ『あれじゃない!?』と弾んだ声をあげた。駆け寄りはさすがにしないが、それっぽく自然な進路を装って春樹達に会いに来ようとする。


 春樹の耳に彼等の話し声が聞こえてきた。視界はさすがにベビーカーの中のため見えないが、それでも耳は反応する。

 頭の中でも、実際の耳にも、楽しそうに話しかけてくる声。


 彼等は自分が赤ん坊だろうと、何度生まれ変わろうと、誰に生まれ変わろうと、一切関係ないのだ。

 何年経っても何回生まれ変わっても変わらず接してくれる。

 そして自分もまた、何度生まれ変わろうと、どんな人生を歩もうと、彼等との関係は変わらない。



 突如デスゲームに巻き込まれ、死とは無縁の身で死ぬことになり、そして永遠と言える友人を得た。

 人生とは不思議なものだ、と春樹は考えた。もっともすぐさま『死なないから人生とは言えないかな』と自分で否定するのだが。



…end…




『死なない僕らのデスゲーム』これにて完結です。

お読みいただきありがとうございました。


今作は『角川ホラー文庫 デスゲーム小説コンテスト』にエントリーしております。

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死なない僕らのデスゲーム さき @09_saki_12

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