約束の御神渡り

西しまこ

第1話

「ねえ、ライラ。僕、ライラにお願いがあるんだ」

「なあに?」

 モーブの真剣なまなざしに、ライラはどきどきしながら応えた。

 モーブとライラは虹の境で偶然に出会って以来、毎日のようにこっそり会っていた。そしていつの間にか、お互いになくてはならない、たいせつな存在になっていた。


 虹の向こう側とこっち側。

 モーブは魔法のある世界に住んでいた。ライラは魔法が存在しない世界に住んでいた。お互いの世界は、虹の境で区切られていて、本来は交わらないはずだった。――だけど、神さまのいたずらか、ライラがモーブのところに偶然紛れ込んだのだ。

 二人は、いつも、魔法の国の外れにある森の中で遊んだ。ライラの焼いたおやつを食べたり、モーブの魔法を見たり。ただ、散歩するだけのこともあったし、いっしょにお昼寝することもあった。やさしい森の中で、ふたりはいっしょに時間を過ごし、こころを通い合わせていた。


「ねえ、ライラ。好きだよ」

「あたしも」

 ふたりは向かい合って両手をつなぎ、それからおでこをこつんと合わせた。

「嬉しいな」

「あたしも」

 つないだ手をぎゅっと握って、目を閉じて、モーブは言った。

「ねえ、今日は祈りの湖の方に行こう」

「うん」

「そこで、約束の御神渡おみわたりをして欲しいんだ」「約束の御神渡おみわたり?」


「うん。……僕たちはね、だいじな約束ごとがあるとき、約束が果たされるようにと祈りを込めて、湖を渡るんだ。魔法で湖を凍らせて――ライラ」

 モーブはつないだ手に力を込めて、目を開けてライラをじっと見た。

「僕、おとなになったら、ライラと結婚したいんだ。ねえ、ライラ、ずっとずっと大好きだよ」

「モーブ!」

 ライラはモーブに抱きつき、「うんっ」と言った。そしてそれから、ふたりは顔を見合わせて笑い、お互いの頬を合わせた。「だいすき」


「おとなになったら結婚しよう」

「うん!」


 森のさらに奥に祈りの湖はあった。

 モーブが手をかざすと、湖はふたりが立っている地点からさあっと凍っていった。湖は厚く厚く凍った。モーブがライラの手をとって、ふたりで凍った湖の上に降り立った。

 ふたりは寄り添って、凍った湖の上を歩いた。すると、歩いたあとから湖の氷にひびが入っていった。

「神さまもいっしょに歩いてくれているんだよ。氷が割れるのは神さまの足跡なんだ」


 ふたりが湖を渡りきると、神さまのしるしである氷の裂け目も対岸に達した。

 凍った湖は、一本の、御神渡おみわたりのしるしをくっくりと描き出したあと、すぐにきらきらと輝いて、氷はダイヤモンドダストのように、一粒ひとつぶが小さく白銀にひかりながら、空に向かって昇っていった。星が立ち昇っているかのようにも見えた。

「きれい……」

「神さまも祝福してくれているよ」


 モーブとライラは、神さまの息吹のようなダイヤモンドのきらめきを、いつまでも見ていた。




   了



一話完結です。

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☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549


☆関連したお話☆

◎虹の向こう側

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330658169079228

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約束の御神渡り 西しまこ @nishi-shima

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