人形は語る

城島まひる

本文

 私の名前はティルとい言います。かつては魔女の所有物であり、家事を担当していた人形です。今となっては仕えていた魔女様が捕まってしまい、私に仕事を与える主様がいなくなってしまいました。


 本来であれば魔女様の所有物は全て教会によって、火へ投げ込まれ灰にされてしまいます。

 しかし何かのご縁でしょうか?私は運搬中であった馬車の荷台から落ちてしまい、そのまま偏屈な言動が目立つ青年に拾われました。


 青年は帰宅すると湯を沸かし、洗面器にお湯を張りました。そして私が着ていたドレスや靴下を脱がすと、お湯に浸した暖かい布巾でボディを綺麗にしてくださりました。

 羞恥心というものは人形である私にはありませんが、初対面の殿方に裸体――樹脂製のボディですが――を見られるのは何とも言えない心地でした。


 それから青年は私にドレスと靴下を着せ、オイル・ミストで髪を梳かして下さいました。一通り私の身だしなみを整え終えると、青年はテーブルに積んであった洋書の上にハンカチを敷き、私をそこに座らせて下さいました。私はこの時、この青年の紳士な対応に感動していました。

 魔女様に仕えていた頃は身体を洗うことも出来ず、いつも埃の積もった物置で待機を命じられていたのですから、対応の違いに人形と言えど感激してしまいます。


「おいドール、もし俺の言葉がわかるなら頷け」


 しかし感動していたのも数瞬のこと、青年の口から出たのは驚きの言葉でした。確かに私は魔女様によって造られ仕えていたドールです。

 故に人語を理解することが出来、話すことも出来ます。とは言えそれは異常なことだと、世界では認知されていると私は知識として知っていました。

 つまり私が今、青年の言葉に反応することは異常なことの筈なのです。しかし青年は私に自分の言葉に反応を示せと命じてきました。これは私が魔女様の所有物であることを知っているが故に、拾ってきたからでしょうか?


 いえ、それは違うと断言できます。何故なら魔女の所有物の運搬は秘密裏に教会によって行われます。その為、私が魔女の所有物であったことを知るには、馬車の荷台から落ちた瞬間を目撃しているしか方法がありません。

 しかし青年が私を拾ったのは馬車の荷台から落ちてから、太陽が4周した日のことでした。故に私が魔女様の所有物であることを知る筈が無いのです。


 さて青年の言葉に反応していいものかと悩んでいると、ワッと明るい笑い声が部屋中に響きました。


「なんてな。ドールが人語を理解し、話すわけがなかろうに。僕は道化か?」


 そして再び笑い出す偏屈な青年。どうやら悩みこんで反応しなかったのが功を奏した様です。どうやら私はこれから"普通の人形"として、過ごすことを求められるのでしょう。退屈な日々になりそうですが、今まで魔女様にさんざんこき使われ、汚い物置で待機させられてきたのですから、長い休暇を貰ったとでも思うことにしましょう。


 *


 さて、どうしたものでしょう?私は偏屈な言動の目立つ青年の秘密を知ってしました。いや別に口外しようにも、人形の身である私にはどうにもできませんが――。

 

 どうやら青年には溺愛していた妹さんが居たようで数年前、お亡くなりになられたようです。当時、両親も既に他界しており、唯一の家族で会った妹を失った青年はあることを決心します。それは妹さんの蘇生でした。


 しかし死者の蘇生なんてすれば教会に目をつけられ、最悪の場合、死刑になるなんて誰にでも想像できます。まあ科学世紀になってきた今の時代に相変わらず魔女狩りなんてしている連中ですから、どんな世迷言を言い出すか分かりません。

 第一、死者なんて蘇生できるわけがないでしょうに……まぁ魔女様が一度、死者蘇生をしていた記憶がありますが気のせいでしょう。うん、気のせい、気のせい。


 話を戻しますが、そこで青年はある方法を思い付きます。それは人形に亡くなった妹の魂を宿られ、疑似的に使者蘇生しようとする手段でした。うーん、追い込まれた人間の考えることは怖いですね、と私は思います。


 そして今に至るわけですが、現在私のボディには私の魂の他に、もう一つ別の魂が入っています。えっ?何の魂なのかって?そりゃ亡くなった妹さんの魂ですよ。はい、やりやがりました。私を拾ってくれた青年、人形の私を使って疑似的な死者蘇生に成功しやがりました。というわけで今、私の人形のボディには二つの魂が同居中です。ふざけんな!


 せっかく拾われてから5年間の間、ずっと"普通の人形"のフリをしてきたのに。よりによってこのボディは今、猛烈に叫びたがっています。青年の名前を、兄の名前を。言わずもがな亡き妹の魂が、自分の存在を知らせようと私のボディを勝手に使おうとしています。


 もしそんなことをされたら私はどうなるのでしょう?……まぁ妹さん復活で青年報われENDかな?あー良い話ですねぇ、じゃないですよ?このボディ、私の身体。OK?なんで別の人形で、死者蘇生しなかったのですか。私はまだ普通の人形のフリして楽していたかったのに。本当に黙れ!うるさいなこの妹の魂。


 *


 妹さんの魂が私のボディに宿ってから二日後。妹さんの魂が天へお帰りになりました。流石に永続性はなかったようです。はぁ良かった……いや、残念だったね青年。

 結局、青年は疑似死者蘇生の実験を行った後、成功したとは知らず失敗と判断して意気消沈していました。


 それから暫くの間、青年は部屋の隅に座り込んで膝を抱えていました。日が沈み、日が昇っても、青年は動こうとせず永遠と隅で座り込んでいます。

 さてどうしたものかと私は普通の人形のフリをしながら見守っていると、ふと青年が立ち上がり物置の方へと歩いて行きました。それからロープを部屋まで持ってくると、天井近くの支柱に括り付けました。私は青年がしようとしていることを察し、思わず声を掛けてしまいました。


「やめなさい馬鹿者!まだ若いんだから早まるんじゃありません!」


「えっ?」


「あっやば……」


 失態を冒しました。私は思わず声を出してしまった自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られました。これでは今まで"普通の人形"のフリをしてきたのが水の泡です。

 しかしそんな私の思考を他所に、青年は涙を目いっぱいに溜めて人形の私を持ち上げました。


「セシル!蘇ったのか!ハハハッ俺の理論は間違ってなかったんだッ」


 あっこれすっごい面倒くさい勘違いをされてるパターンだと察した私は、今後送る筈だったであろう"普通の人形"としての人生を諦めました。

 尚、セシルとは青年の亡き妹の名前です。


 それから私は青年の亡き妹、セシルのフリをして過ごすことになりました。青年からは偏屈な言動は消え、若者らしい生き生きとしたオーラを纏っています。その為か、最近は人付き合いも改善されたようで、良い職場にも出会えたようです。

 一方、私は青年がうつ状態の狂人から復活したこともあり、本当のことを言えずただただセシルのフリをする毎日を過ごしています。


 少なくともこの日々は青年が老いて死ぬまで続くでしょう。青年には申し訳ないですが、死んだ後にあの世で妹からネタバレでもくらえばいいと思っています。そもそも死者蘇生なんていうヤバいことを目論んでいた青年が悪いので、私は悪くないです。

 ただ正直なところ、私は今の生活を少し気に入ってきています。今まで魔女様に道具扱いしかされてこなかった私は今、青年の妹として愛されている。

 だからこんなにも愛されているセシル嬢が少し、羨ましいと思ってしまいます。


 いつか私にも、私を私として愛してくれる主人に巡り合えればいいなと願って止みません。

 だから青年が死んだ暁にはまた何処かの国の何処かの道に、落ちている人形のフリでもして拾ってくれる人を探してみようと思っています。


 私の名前はティル。もし私の主人になってくれる人が、私を拾ったなら私の名前を呼んで欲しい。それまでどうか私の名前を忘れないで――。



 ―了―

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