第9話 自由

「アルメ。本当にもう行ってしまうの?」

「はい」


 レジーナことアルメには、ダンティール夫妻と共に国外追放の沙汰が下されている。

 ダンティール夫妻の一人息子は侍従として高位貴族に仕えていたが、気まぐれで殺されそうになり、その場にいたシャローンに救ってもらったことがあった。報復を恐れた息子は、名前を変えて東国で暮らしている。夫妻は東国へ渡りその息子と暮らす予定だった。そもそもこの計画がある前から、ダンティール夫妻が考えていたことであったので、恩義を返す機会だとシャローンに手を貸した。

 アルメはハリーとその両親と共に、一旦はダンゼルダに戻りたかったが、ハリーの件で余計な騒ぎを起こす可能性もあったので、ダンティール夫妻と共に東国に渡ることにしたのだ。もちろんハリーの両親も一緒だ。

シャローンの将来は王太子妃であることには変わらない。婚約破棄騒動前に、セオドアがシャローンの父ルベルト侯爵の協力をあおっており、密かに王妃を裏切っていた。

 ルベルト侯爵はハリーが王の庶子であることにも気づいており、最悪の場合王妃に全ての罪を着せるつもりで動いていた。

 結果、王妃の罪は明かさず、婚約破棄という茶番ですべてを曖昧にした形でこの件を終わらせた。

 ルベルト侯爵にとっては利は変わらない。むしろ王弟と庶子ハリーに恩を売った形にしたいため、アルメの身請け費用、それから諸々の金額を負担した。セオドアからも生活に困らないようにと相応の額をハリーに渡された。その上、王弟の影を東国の生活が安定するまでつけようとしたのだが、シャローンがそれならと、彼女の影を旅に同行させることにした。

 アルメ的にはずっと見守っていてくれていた影なのでそちらのほうが嬉しかったが、シャローンの身を心配してまう。だがセオドアが心配する必要ないと言ったため、任せることにした。


「もう少しゆっくりしてもいいのに」

「早く、ハリーと話したいので」

「それはそうよね」


 ハリーの扱いは平民に落とされたマーカス元王太子のままだ。なのでアルメが気軽に会える立場ではない。ハリーは両親と共に離宮にいて、船上で合流することになっていた。

 

(本当に全然、話なんてしてない。婚約破棄も演技とは言え、なんか甘ちょろうことばかり言われて寒気がしたし。なんていうか、本当のハリーとしっかり話がしたい。っていうか、再会してからちゃんと話したことがない)


 マーカスとしてではなく、ハリーとして話したのは二回だけ。四年ぶりの再会だというのに、校舎の影に連れ込まれて言い合いをしたり、ハリソンに襲われた時に助けてもらった時だった。

 しかもその後、セオドアから諸々の事情と計画を話され、アルメには従う以外の選択もなく、午後にいきなり婚約破棄騒動を起こした。


(なんていうか、うまく馬鹿な王子様を演じていたし。ハリーって演技うまい。だからマーカス王太子として過ごせてたのか。だっておじさんたちの命がかかっていたもんね)


 この四年、きっと彼は心休まる時はなかったのだろう。

 東国に渡ったらゆっくりしてほしいとアルメは願う。

 

「アルメ。東国へ遊びにいってもいいかしら?」

「もちろんですよ。生活が落ち着いたらぜひいらしてください」

「嬉しい。あなたは私の初めての友達よ」

「初めて?」

「そう。こんなに楽に話せる人はあなただけよ」


(初めての友達かあ。娼館の同僚たちは気はいいけどライバルだったしなあ。友達とは違うかも。意地悪もされたし。エブリン以外で気が許せる相手はなかなかいなかったし)


「それは、ありがとうございます」


アルメがそう返すとシャローンは苦笑する。


「堅いわね」

「それより、シャローン様。本当にセオドア殿下と婚約されて、よかったのですか?」

「ええ」


 シャローンは迷うことなく首を縦に振った。

 

(マーカス殿下は結局亡くなられていた。本当に病死だったのが救い。シャローン様は)


「薄情……かしら。あれほどマーカス殿下と慕っていたのに」

「そんなこと思っておりません。私はシャローン様が幸せなのが一番ですから」


(そう。セオドア殿下はきっと前からシャローン様のことが好きだったに違いない。だからきっと大切にしてくれる)


「ありがとう。そう思ってくれて」


シャローンは軽やかに微笑み、アルメは心置き無くこの地を離れられると胸を撫で下ろした。


 ☆


「やっと話ができる」

「そうだな」


 アルメたちは船の上にいた。

 国外追放のアルメたちは堂々と、セオドアたちは時間差をつけ、ひっそりと船に乗り込んだ。

 セオドアが手配した船には彼やルベルト侯爵の息がかかったものばかり。それでも用心に越したことはないとハリーは髪色を変えていた。

 二人は甲板に出て、青い空を仰ぐ。

 ハリーの両親とダンティール夫妻はそれぞれ船室に引きこもっていた。


「ハリー。なんで私って気が付かなかったの?」

「……気がつくわけないだろう。変わりすぎだ。あんなほっそりしてたのに、こんな」

「こんな?」

「なんていうか、婀娜っぽいんだよ。目のやり場に困るというか」

「え?ハリー照れていたの?」

「あーそうだよ。そんな姿見せるわけにはいかないだろう。マーカス殿下としては。だから、俺は常に気を張っていた。お前が来る前から疲れていたのに、さらに疲れたな、あの日々」

「そ、そうなんだ。でも気づかれなかったのは悔しい。なんなの?愛の力とかで、わかんなかったの?」

「愛の力?なんだそれ」

「……まあ、ハリーの気持ちはそんなものだったのね」

「そんなことはないぞ。お前が俺の支えだった。お前のことを考えたら明日も頑張ろうと思えたし」

「だったら気づいてくれたらよかったのに」

「だって、まさか、アルメが来てるなんて。しかも、周りの奴らといちゃいちゃしやがって。だいたい、あのハリソンだって。お前が煽ったから」

「私のせいだっていうの?はん?」


(なんていうか、ハリーはやっぱりハリーだった。だから、なんていうかムカつく!)


「もういいわ。とりあえずあんたのおかげ、というか、シャローン様のお父さんのおかげで自由の身だし。これからは自由に生きる。恋愛だって自由なんだから」

「……そんなの許さない。アルメは俺と一緒に生きるんだから」

「ふうん。私ってわからなかったのに?」

「悪かった。だって、あまりにも」

「いいよ。許してあげる。だから、これからは私のことをちゃんと見て」

「うん」


 ハリーは頷き、アルメの頬を両手で包む。

 そして唇を落とした。


 彼らの先には青い空と海が制限なく広がる。

 自由になった彼らは、お互いの存在を慈しみながら、今後の人生に想いを馳せた。

 

(完)



 




 

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婚約破棄をさせる為、王太子を誘惑する仕事を依頼されました。 ありま氷炎 @arimahien

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