4★ふたりぼっちクエスト

 その穴の中は秘密基地のようだった。

 切り立った岩の断崖。天井から生えているのは、怪しく光るサファイアブルーの水晶。

 

 地面はコンクリート舗装じゃなくて土。

 ところどころぬかるんでいて、注意して歩かないと、靴が泥だまりにズボッとはまりそう。

 

 砂の種類が違うのか、場所によって微妙に土の色が異なっている。

 ぼくの足元の土は黄土色だけど、ツバキくんのローファーの下の土は黄赤色だ。


「うわあ!すご! カラフル!」

 興奮で、軽く声が裏返る。

「いいなあ、地下にダンジョンがある学校!」


  ■□■


 ぼくは宵濱についての様々な情報を、ツバキくんに教えてもらった。

 宵濱は、このセカイ―ヒノマ国の首都にある大きな町で、人口は五千人弱。

 なんとヒノマ国は魔法大国で、住民の多くが『スキル』と呼ばれる魔法を持ってる。


 スキルは、〈生まれつき持ってる、自分だけが使える魔法〉。

 ツバキくんの場合は、電車で唱えた【閃光爆発】だ。

 

 似たような単語で『マナ』ってのもあって、(とってもややこしい内容だったから簡単に説明すると)それは〈魔法を使うときに必要な体力〉らしい。

 なんとヒノマ国民、マナ量の平均値も高い。基礎体力―スタミナをつけたり、知識をしっかり取り入れれば、誰でも好きな魔法を唱えれられる、とのこと。


 いやあ、すごいねっ!


「だろ。しかも迷宮が敷地内にあるのは、このアカシア総合アカデミーだけなんだ。越県っていって、遠い地方から来るやつもいるんだぜ」とツバキくんは胸をそらした。


 自分の学校のことを褒められて、鼻が高いんだろうなあ。


「いいなあ、ぼくも通いたいや」

「大変だよ。寮は二人一部屋だから、ストレスたまるし。色んな人がいるから、なかなかグループが作りづらいし。授業も難しいし、宿題も多いし」

「それでも、魅力的だと思うよ!」

 

 この国には魔法使いという職業がある。

 その名の通り、魔法を用いて人々のサポートをするのが仕事。


 国内にはいくつもの養成学校があって、これから魔法使いになりたいと思っている子どもたちにのために、特別な授業を提供してるようなのです。

 

 ツバキくんの通う【アカシア総合アカデミー】は、その中でも屈指の生徒数をほこる学校で。

 普通コース・魔法コース・総合コースの三コースがあって。

 国語や算数などの授業を一生懸命取り組みたい子・魔法の勉強をしたい子・普通科目と魔法科目、両方やりたい子が一緒に学べるのが特徴なんだって。  


 ツバキくんは総合コースの五年生。ぼくと同い年ってことかな?


「ツバキくんはアカデミー、きらいなの?」

「なんで?」

「さっきから嫌なところばっかり喋ってるから」


 ――俺も、ひとりぼっちなんだ。コミュニケーション下手で。

 ――友だちできなくて。クラスメートにも先輩にもからかわれてて。


 友だちの存在って、大きい。

 側にいてくれるだけで、隣で話してくれるだけで、テンションが上がる。

 

 話にあいづちを打ってくれる。認めてくれる。安心させてくれる。悲しかったことや嬉しかったことを、共感して受け止めてくれる。ここにいていいんだって実感させてくれる。


 だからこそ、相手が近くにいないと途端に気持ちが落ちてしまう。あの声が恋しくて、あの笑顔が見たくてたまらなくなる。楽しいはずの日々を、つまんなく感じてしまう。


 本当はツバキくんも、学校生活を純粋に楽しみたいはず。

 ああ。ずっと探してるんだ。友だちという一ピースを。

 ……ぼくと、同じだ。

 

「碧! こっち来いよ。マンドラゴラあるよ。俺、飼育当番で水やりしなきゃいけなくてさ」

 

 つりがね型の花を観察していたぼくは、名前を呼ばれて反射的に顔を上げた。

 飼育委員とかあるんだ。オドロキ。

『俺と一緒にダンジョン行ってくれない?』って聞かれたときは焦ったけど、委員会の用事があったんだね。もう、それならそうとはっきり言ってよぉ。


 え。って、待って。ま、マンドラゴラ?

 マンドラゴラって、あの有名な叫ぶ人参? 大根だっけ?

 引っこ抜くと、この世のものとは思えない叫び声をあげ、収穫しようとした人を気絶させる、あの恐ろしい植物?


「し、飼育しちゃいけないと思います」

「大丈夫大丈夫。減るもんじゃないから」

「いのちだいじに、です」

「なんで敬語? 絶対楽しいから、ほら」


 ツバキくんはニコニコしながら、顔の前でひらひらと右手を振る。

 ちょっと、いやかなり怖い。


 う、うーん。でも、そこまで強く言われると断れないよ。

 ほ、本当に大丈夫だよね? し、死なないよね?

 ぼくは、おっかなびっくり彼の横に並んで……。

 視界に飛びこんできた景色に、目を奪われた。

 

 それは言葉通り、マンドラゴラの畑で。

 土を盛り上げて作られた畝の色は、あざやかな赤色。

 その畝に植えられているマンドラゴラも雨色・紫色・乳白色などなど、様々な色をしていて。

 

「【色彩魔法カラーリング】っていう魔法で、わざと色を変えてるんだ。本当は真っ赤なんだけど、それだと土の色と同化しちゃって、収穫に時間がかかるから」

「へえ! これもツバキくんがやったの?」

「まさか。色彩魔法は難易度が高いから、俺は詠唱できない。この魔法をかけたのは委員会の先生だよ」

「へえええ!!」


 心から感動した時、人は声が出なくなるって本当だったんだ。

 胸の奥の方から、言葉にならない感情が沸きあがってくる。


「元気出た?」

「出たよ。めっちゃ出た。めっちゃ、元気になった」

 ぼくは食い気味に応えた。


「こんなに優しいのに、なんであの人たちはいじわるするんだろ。あ、あの人ってのは、ツバキくんのクラスメートね。人を見る目がないよねぇ」

「あっははは! なにそれ」

 ツバキくんは無邪気に笑って、目元を服の袖でおおった。


「俺はどこも優しくないよ。今日だってクラスメートに無視された。電車で魔法をぶっ飛ばした。ずっとひとりなのかなって思ってる。それでいいやって諦めてる」


 友だちの基準が人によって異なるように、「優しい」の基準は人それぞれ違う。

 ぼくの感じる優しさと、ツバキくんの感じる優しさは必ずしも一致するものじゃない。


「じゃあ優しくないツバキくんに、ぼくから一言」

 でも、これだけは言わせて。


「友だちとして、隣にいさせてよ」

 ぼくは、右手を赤い髪の男の子へ差し出す。

 

 ツバキくんと出会わなかったら、ぼくは今頃めちゃくちゃ怒ってた。

 降り出した雨に。変な駅で停まる電車に。襲い掛かってきた運転士に、そして自分に。

 

 だけど、きみのおかげで気持ちが変わったんだ。

 このセカイも案外悪くないな、ってね。

 

 ツバキくんは一瞬目を丸くしたけど、それもつかの間のことで。

 お日様のような笑顔を浮かべて、「引き入れた」と、ぼくの手をそっと握ってくれた。



「それじゃ、始めるか。ふたりぼっちの迷宮探索・ふたりぼっちクエストを。んじゃ、まずはマンドラゴラの草取りから。ヘッドホン持ってきたから耳ガードして」

     

「了解!」




    

   

   

    

 


     


 

  

   

  

   

 

 

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ふたりぼっち★クエスト 雨添れい @mikoituki

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