ちっぽけで大きな世界

エピローグ

ザッという音とともに、目が開けられないくらいの強い風が吹いた。

「うわっ」

あるかもわからない衝撃に備えて、思わず両手を顔の前でクロスする。

ヘンテコな世界に引き込まれてから、あっちへこっちへ容赦なく振り回されたものだから、なんとなく癖になってしまっているのかもしれない。


思わず後ずさるほどの強風はすぐにやみ、一変してそよそよと穏やかな風が髪を撫でる。

恐る恐る目を開けると、見たことのある景色が視界に広がっている。

「ん、、、?ここって、、」

踏み慣れたアスファルトに、右手側に続く田んぼ。

少し先には、緩やかな坂と白い大きな建物。絢斗の入院している総合病院によく似ている。


「もしかして、戻ってきたのか?」

あまりにも実感がなくて、両手を開いて閉じて見たり、頬をつねってみたりした。ちゃんと痛い。

なんなら頬をつねっている俺の横を女の人が通っていた。ちらっとしか見えなかったが、不思議なものを見るような目をしていた気がする。


かなりの恥ずかしさを感じながら、ふと足元を見るといつの間にかカバンが転がっていた。

「うわぁっ!!」

びっくりしすぎてステン、とその場にへたり込んだ。どこ行ってたんだよ〜俺のセカバン〜なんて呟きながら持ち手を手繰り寄せて、ギュッと抱え込む。


使い込んで少しへたった生地に、隙間から香る教科書の匂い。まさか教科書の匂いに安心する日が来るとは、、、。


しばらくカバンを抱きしめて、ふと我に返る。

「もしかして」

先ほどまでの出来事は夢だったんじゃないか?だって、こうして見慣れた道で自分のカバンを抱えてるし。そもそもあんなヘンテコな世界あるわけが、、、。


ふと視線を落とすと、カバンを抱きしめる左手首がきらりと光る。

「、、、あ。」

蛇んとこの鍵だ。やっぱり夢じゃなかったのか、、。


じっと手首の鍵を見つめながら、いつまでもこうしてはいられない、と立ち上がる。

このまま2つ先の角を曲がれば家に着く、、けど。曲がらずにまっすぐ。坂の上の病院を目指して歩き出した。


「逃げんなって言っちゃったしなぁ」

散々説教かましておいて、俺は逃げるなんて間違ってるよな。


見慣れた病院のロビーに立って、迷わず歩き出す。もうしばらく来ていなかったはずなのに、体が覚えているらしい。


2階の北側305号室。

全速力で走った時のように、心臓がばくばくと鳴る。

ふぅーっと長く息を吐いて、同じくらい息を吸う。


「っし!」

覚悟を決めて、扉を開けて。

「また一緒に走るぞ!」


逆光の中で、絢斗が嬉しそうに笑った。

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百葉箱は、異世界の入り口でした 猫屋敷ういろ @ugaike

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