雪女
黒百合咲夜
雪女
久しぶりに帰ってきた島は、出ていく前と何一つ変わっていなかった。
フェリーの油と死んだ魚の脂が入り交じった独特の臭気が鼻腔を満たす。売り物にならない魚を狙う猫の目は生き生きとしていて、対照的に私の目は、そこで死んでいる魚と同じように濁っているだろうと思う。
都会の生活に憧れて島を出たが、それが失敗だった。草木ではなく鋼鉄が町を覆い、山の頂に流れる川のように激しく移り変わる時間や人間関係は、田舎者の私には合わず、夏休みを利用して逃げてきた。
でも、ここでも誰かと会うのが怖かった。
私が島を出たことは誰もが知っている。集会所で盛大な送別会も開いてもらったというのに、どうにも顔を見せづらかった。
「あぁでも、そういえば」
一人だけ、私が都会に行くことに反対していた少女がいた。
学校の中でも外でもいつも一人で行動していて、距離を縮めようとすれば、いつも真冬の川みたいに冷たい態度になる。そのせいかいつしか誰も近付こうとしなくなり、雪女、などと呼ばれるようになっていた。
そんな彼女が送別会で私に向けて言った言葉。それが、
「だから言ったのに。人が多いと辛いだけだって」
あの時と同じ言葉に顔を上げると、その雪女が呆れ顔で立っている。
「逃げてきたんでしょ?」
事実が言葉の刃として胸に突き刺さる。目頭が熱くなり、視界が滲んでくると、突然彼女が私を抱きしめた。
「バカ。泣くくらいなら最初から出ていかないで」
相変わらずの冷たい言葉。
でも、今はそれが温かくて心地いい。渇いた心に染みこむようだった。
真夏の太陽の日差しは熱いが、真夏の雪女の肌は、いつまでも触れていたい温もりがあった。
雪女 黒百合咲夜 @mk1016
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