第142話 難敵


 「いやー、大したもんだねえ。でくの坊とはいえ、奴も結構ウチでは強い方なんだけど」


 イゾルデは腰元でくるくると短剣を回しながら、先ほど敗退して退場する同僚に、哀れむような眼差しを向ける。


 「運が良かっただけです。あの方も十分強かったですよ」


 「運だけじゃジョルダーノは無傷じゃ倒せないと思うんだけど……これはあたいの本気でも勝てないかもなあ」


 「おい! 貴様ら、試合前の私語は慎め!」


 そう審判が咎めると、イゾルデは「はいはい」と肩を竦める。


 「とりあえずあたいも殺す気で行くからさあ。あんたもそのつもりで来なよ? 生っちょろい殴り合いとは違う。これは"剣闘"だからねえ。あたいも殺す以外の剣の魅せ方を知らないんだ」


 「…………! 分かりました」


 そう言って最後に言葉を交わすと、二人は一定の距離を取って構えを取る。


 その間に審判が入って、試合前の決まりの文言を述べる。


 「剣や武器、その他の使用はすべて認められる! しかし、降参したあとで相手にとどめを刺すことは認められない! また、観客に害を及ぼす攻撃は全て反則負けとする!」


 「「…………」」


 その言葉に両者答えることなく、互いに身を低くして、いつでも飛び出せる体勢を取る。


 観客席もシンと静まり返り、そこらからゴクリ、と息を呑むような音が聞こえてくる。


 (……ノア、念の為いつでも試合に乱入する準備をしておいてくれ。イーラなら何とかなるとは思うが、万が一がありそうな相手だ。訓練で死んだりしたら目も当てられん)


 (了解しました)


 ノアはそう言って、席を立つ。


 「では坊ちゃま、本機はお二人の飲み物を調達してまいります。ドレヴァス様、坊ちゃまのことをしばらく見ていて頂けますか?」


 「うん、分かった。お願いね、ノア」 


 「それは構わねえが、今何かそんな会話してたか??」


 話の脈絡もなく唐突にそんなことを言い出すノアに、ドレヴァスは困惑しながらそう尋ねる。 


 「僕がここに来る前からお願いしてたんですよ。まあそんな事はいいじゃないですか。今は試合に集中しましょう」


 「なんか釈然としねえが……まあ確かにそうだな」


 会話もなく意思疎通し始めるダンとノアを訝しがるも、ドレヴァスも試合場に視線を戻す。


 中央では既に二人の闘士が戦意を滾らせて睨み合っており、今は開始の合図を待つばかりになっていた。


 「試合開始ィ!」


 ジャーン、と開始の合図が鳴らされると同時に、イーラは地面を蹴ってイゾルデに突進する。


 「速攻で終わらせますッ!」


 そう言って拳を振りかざすも、イゾルデは自身の肢体を隠していた薄いヴェールをふわりと靡かせて、イーラの突進を包み込むように展開させる。


 「なっ……!?」


 流石にその中に突っ込むのは躊躇われたのか、イーラはその場で急制動してヴェールを警戒する。


 「あれ? 来ないのかい。惜しいねえ……そのまま突っ込んでくれりゃあ、今のですぐ終わったものを」


 イゾルデはクスクスと笑いながら、ヴェールを靡かせて軽やかに舞い踊る。


 「いいぞースケベな姉ちゃん!」


 「いつものやつ見せてやれや!」


 それにあわせて観客たちはヒューヒュー、と声援を送る。


 「踊りながら戦うんですか? ずいぶんと変わった戦法ですね」


 地球の常識では考えられない、ヴェールを使った戦闘法に首を傾げる。


 「だが、お嬢ちゃんは混乱して攻めあぐねてるみたいだがな」


 「イーラはああいった変則的な相手と戦った経験はありませんからねえ。対応力が試される所ではありますね」


 そうのんびり構えつつも、ダンとしても少し心配ではあった。


 (今、隙だらけに見えるけど……でも突っ込んだら危ない気もするし……)

 

 それを余所に、イーラは相手の変則的な動きに惑わされながら、どう攻めればいいか二の足を踏んでいた。


 イゾルデはイーラの方に視線すら向けずに、観客に向かって踊りを披露しながら手を振っている。


 しかしその時――


 「!?」


 イゾルデの姿が一瞬ヴェールで隠れたと同時に、イーラの顔めがけて苦無のような小刀が飛んでくる。


 すぐさま回避すると、いつの間にかイゾルデが目の前まで迫っており、イーラに向かって短剣を突き出していた。


 「律儀に踊り終わるまで待ってくれてありがとね! お礼にとっておきの舞を披露してあげるよ!」


 「くっ……!」


 着地の隙を突かれて懐に入られたイーラは、防戦一方になりながらも相手の剣戟を皮一枚の所で躱していく。


 「ほらよッ!」


 ――しかし、イゾルデは砂を高く蹴り上げて、イーラの視界を防ごうとする。


 イーラは咄嗟にバックステップで大きく後ろに下がり、慌てて体勢を立て直す。


 「逃がしゃしないよッ!」


 そう叫ぶと同時に、イゾルデは苦無を二、三本投げて、更にその後ろを追い掛けるようにイーラに向かって追撃する。


 「たぁぁぁッ!」


 しかし、イーラも苦無を右手で叩き落としたあと、向かって来たイゾルデに左の二連撃で迎撃する。


 「うわっ! たった!」


 しかし、イゾルデはそれを咄嗟に地面に転がって躱したあと、試合は一旦仕切り直しとなった。


 「うおおおおッ!!」


 その激しい応酬に、観客から地鳴りのような歓声が広がる。


 女性同士で剣闘士と拳闘士という、世にも珍しい対決ながら、類を見ないレベルの高さに、今この場に立ち会った者たちは皆、名勝負となる予感をひしひしと感じていた。


 「ヒュウ! ……あっぶないねえ。なんてパンチだ。掠っただけで死んじまいそうだよ」


 「…………」


 軽口を叩くイゾルデを余所に、イーラは何も言わずに呼吸を整える。


 それをするだけの余裕がイーラにはなかった。


 先程イゾルデが投げた苦無を全て叩き落とせたのは、運によるところが大きかった。


 打ち落とすのに失敗してまともに受ければ、そのままイゾルデの追撃を受けてやられていた。


 (この人……本当に強い! 狙いも的確だし、何よりスーツもなしに私の動きに付いてくるなんて!)


 「あんま女同士で見つめ合うのも趣味じゃないからさあ、次で最後にしようかねぇ」


 イゾルデはそう言いながら、腰元で短剣をクルクル回す。


 「あーあ、ったく……たまには楽に勝たせてくれないもんか、ねェッ!!」


 イゾルデはそう言い終わるやいなや、自身の得物である短剣すらイーラの顔面に向かって投擲する。


 「ッ……!」


 皮一枚でそれを躱すも、イゾルデはその間に一気に距離を詰め――そして、イーラの目前でヴェールを大きく広げた。


 「なっ……!?」


 一気に視界が覆われ相手を見失っているうちに、イゾルデはイーラの真上から飛び掛かった。


 「ったッ!」


 そう叫ぶと同時に、隠し持っていた苦無の最後の一本を取り出し、イーラめがけて振りかぶる。


 (……!? まずい! ノア、妨害できるか!?)


 (――いえ、必要ないようです)


 ダンが焦って通信で指示を出すも、ノアは落ち着き払った様子でそう答える。


 見ると、イーラは既にイゾルデの狙いに気付いており、ヴェールの向こう側で迎撃の体勢を整えていた。


 「まずっ……!?」


 「逃がしませんッ!」


 思わず顔を引き攣らせるイゾルデの腕を掴んで、イーラは自身の懐中に引きずり込む。


 ――一本背負い。


 ダンから仕込まれた徒手格闘術の一つに"柔道"があり、イーラは主な投技と受け身は習得していた。


 そして、イゾルデは受け身もなしに背中から地べたに叩き付けられた。


 「がはァっ!」


 肺の中の空気を全て吐き出し呻くイゾルデの鼻先に、ビシッとイーラの拳が突き出される。


 「……降参して下さい」


 「……」


 イゾルデはその拳をぼんやりと見上げながら、やがて髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して、悔しげに大きく溜息をついた。


 「ああ、クソッ……金貨五千枚、取りそこねちまったよ!」


 そして、そう言い放つと同時に武器を捨てて、両手を挙げる。


 「――勝者、黒き閃光のイーラッ!」


 そう宣言された瞬間、観客から地鳴りのような歓声が響き渡った。




 

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巻き込まれ宇宙人の異世界解釈 ~エリート軍人、異世界で神々の力を手に入れる?~ こどもじ @kodomoji

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