第6話『負けて覚える想いの伝え方』
その後、瑠環のご両親が慌ててやってきて下手に動かせそうにもないということで、僕は救急車で病院に運ばれることになった。
「お兄ちゃんごめんね。……ごめんなさい。……クスンクスン」
「お兄ちゃんは大丈夫だから。後は任せてね」
「ほら、瑠環。邪魔になるからこっちに来なさい」
救急隊員の人とお母さんに促されて瑠環はようやく僕の傍を離れる。
僕には瑠環のお父さんが付き添ってくれたが、救急車が見えなくなるまで、瑠環はずっと泣きながらそれを見送っていたという。
その後、右足首の脱臼と右腕の骨にひびが入っていたことが判明。家に看病してくれる家族もいないため、僕はしばらく入院することが決まった。
そして瑠環はといえば、相撲大会には参加しなかった。瑠環もあれから体調を崩して熱を出して寝込んでしまったからだ。
僕が病院に運ばれた後、瑠環はご両親にこってり油を絞られたらしいのだが、その最中に目を回して倒れてしまったらしい。しかし僕の怪我の原因は、僕が無理な力の使い方をしたことにある。その経緯は外科のお医者さんの診断とも一致していたから、これ以上瑠環が怒られることはないだろう。
✤✤✤
一夜が明けて2人の少女が病室を訪れていた。
「あんた、小学生の女の子にやられて入院だって? なにそれ? プーッ、クスクス」
なぜか情報は筒抜けのようで、病室で僕を見るなり吹き出す小春。
「ベッドの上とか似合いすぎ! 病床のご令嬢って感じで、なんか散ってく葉っぱとか数えてそう!」
「冷やかしなら帰れ」
ひとり部屋で良かった。普通の病室だったら他の患者さんに大変迷惑をかけていたところだ。
「お姉ちゃん、そんなこと言ったら悪いよ……」
そんな小春を嗜めている小春とよく似た女の子が、双子の妹の小和さんだ。
祭りの最中で忙しいはずなのに、まさか2人がこうして病院まで見舞いに来てくれるとは思わなかった。
憎まれ口を叩いているが内心は本当に嬉しい。
「えっと、
体が動かないので首だけ向ける。2人は色違いのブラウスと、私服姿で趣味も似ているようだが、こうして並んでいると確かによく似ているが、見分けが付かない程ではない。
やや線が細い感じで儚げに見えるのが小和さん。そしてごつい方が小春だ。口には出さないけど。
あの時わからなかったのはきっと巫女服の魔力だろう。
「何言ってんの?
……隣で何やら小春が寝ぼけているようだが、無視することにする。
「この間はその、……妹さんだと気がつかずに迷惑をかけるようなことを言ってしまって、すみませんでした」
小和さんは笑って許してくれた。
その横でボケを無視された小春が、見舞いに持ってきたバナナを自分で食べていた。
「実は私、あなたのことずっと女の子だと思っていたの。それなのに急にあんなこと言われたからびっくりしてしまって……後でお姉ちゃんに男の子だって聞いてまたびっくりしちゃったよ」
現在小和さんは天鷲館学園ではなく隣町の私立中学に通っているそうだ。こっちは存在すら知らなかったのだが、小和さんの方は僕のことを知っていたらしい。
「そういえば、あんた達は小学校は一緒だったのよね」
「え?そうだったの小和さん?」
「う、うん。違うクラスだったけど、可愛い子が転校してきたって噂だったから、見に行ったことがあったんだ」
小春は隣町にある天鷲館学園系列の小学校に通っていたらしいが、小春に比べて控えめで、気立てがよくて、そして少し体が弱かった小和さんは、実家から近い公立の小学校に通っていたのだという。
なるほど、小学生の頃に見かけていたのは小和さんだったのか。
しかも神社の前で話をしていたときまで僕を女子と思っていたとは。同性に告白されたらそれは確かに、“困ります”だろう。
「だって水宮君。確か5年生のときの相撲大会で女子のところにいたでしょう? 覚えてないかもだけど、そのときの相手、私だったの」
「あはは……そ、そうだったんだ」
日和さんには申し訳ないが、全く気が付いていなかった。その後があまりに衝撃的すぎて、そのとき対戦した相手のことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「小和、その話詳しく」
バナナを2本平らげた小春が、目を光らせて食いついた。それで小和さんが、そのときのことをかいつまんで説明する。
「あー、あったあった。2回戦で小和の敵をとってやろうと気合入れてたら、なぜか相手がいなくなってて不戦勝になったんだ。あれ、そんな理由だったのね」
気がつかずに2回戦に進んでいたら相手はこいつだったのか。
「まったく、小和に勝ったくらいでいい気にならないことね! 小和は十名河3姉妹の中で最弱……これ、あのとき言いたかったのに言えなくて、やっとすっきりした!」
「……や、そんなテンプレ台詞はいいから。頼むから忘れろ。全部水響の仕業で、気がついたのも試合の後だったし……それ以来、トラウマで神社も祭りも行けなくなったくらいだ」
「わかってるわよ。周りでおかしなことがあったら大体あの子のせいだから。気にしちゃダメよ彩乃ちゃん」
これはしばらく冷やかされるな。僕は心の中でため息をつく。まあ、不思議と悪い気はしない。水響とも普通に話すようになったし、あの日のことは、ひとつの思い出として心の折り合いが付いたんだと思う。
その後、小和さんは花摘みに行くかのようにさりげなく席を外した。気を使ってくれたのかもしれない。
「その足、いつ頃治るの?」
病室で小春と二人きりになって、最初に言葉を切り出したのは小春だった。
「うーん。わかんないけれど、ちょっと時間はかかるらしい」
骨が外れた時に足の腱も痛めてしまったから、ギプスが取れてもしばらくの間、激しい運動は控えるようにと言われていた。
当然だが、その間は剣道もできない。
「そっか。そんな様子じゃ次試合したらフルボッコだね。楽しみだなー」
「お前、ほんと鬼だな」
僕が剣道できない間でも、小春はそ腕を上げていくだろう。置いていかれることになることは間違い無い。
次の試合でフルボッコは、冗談抜きで覚悟しなければならないだろう。
「あの、そのときはお手柔らかにお願いします」
「嫌よ。全力で叩き潰す」
全力でぶつかってきてくれる。そう答えてくれるのが嬉しかった。手加減された方がたぶんへこむ。
「ちゃんと追いつくから。そのときは容赦なく揉んで欲しい」
「よしっ!」
小春は満面の笑みを浮かべて頷く。
「そのときは相手してあげるよ。何度だってかかってきな」
その言葉がすごく嬉しくて胸が熱くなった。
そんな清々しい小春のことが好きだった。
だから、前に進みたい。
「小春、聞いて欲しいことがあるんだけど」
「……なによ?」
小春の頬が赤くなった気がして、僕も急に恥ずかしくなる。でも前に進むには伝えなければならないから、僕は勇気を出してその言葉を口にした。
「怪我が治ったら、小春。僕と相撲で勝負してくれないか?」
「……はい?」
「本気でさ、思いっきり勝負しよう!」
ぶつかり合わなきゃ伝わらないことを、僕は怪我と引き換えに学んだのだ。
「あ、あんた、馬鹿じゃないの!?」
そして、真っ赤になった小春にバナナで頭を殴られたのだった。
それが普通の女の子の反応であることに、気が付くまで少しばかり時間がかかった。
「ご、ごめん。確かに、おかしい。……僕はなんてことを」
ジト目の小春の前に、弁解の言葉も浮かばない。
「……いいよ。わかったよ。もう。相手してあげるよ。あんたみたいな馬鹿には口で言ってもわかんないだろうし」
「いや、いいんだ。僕が悪かった。無理しないでいい……」
「無理じゃないよ。私はね、あんたと競い合うのが楽しいんだよ。剣道でも相撲でも、他の競技でもなんでもいい。あんたが私に本気で向かってくるなら、私はそれに受けて立つよ」
僕はそれを呆けたように聞いていた。
小春の顔は意外なくらい真剣だったから。
「ま、今はさっさと治しなね」
その後しばらく世間話をして、やがて小春が病室を後にしたとき、不思議と名残惜しいと思わなかった。
僕の恋はまだ現在進行中だけど、僕の心はふわふわと飛んで行きそうなくらい幸せな気持ちだった。
先を進む彼女に追いつくためにも、少しでも早く怪我を治そう。僕は小春との会話の余韻を愉しむように目を閉じた。
しばらくの間、枕はバナナ臭かった。
✤✤✤
「あやすけ瑠環ちゃんに負けたんだって? あははははは!! やーい!!」
覚えていろ月ヶ瀬水響!! 絶対泣かす!!
怪我が治ったら、まずこいつをなんとかしようと僕は心に誓うのだった。
負けて覚える想いの伝え方 ぽにみゅら @poni-myura
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