赤い玉の正体

青いひつじ

第1話



「玉」‥‥それは、美しい石や優れていて立派であるもの、価値のあるものを表現したりする際に使用される言葉である。





目が覚めると、男は薄暗い狭い部屋にいた。

とても冷たく寂しい部屋だった。


男の前には長く続く4本のレールがあり、

それぞれ4色の玉がレールの上に置かれていた。

左から金色、青色、緑色、赤色。




「なんなんだここは、、」




「ここはあなたの心の中ですよ」



驚いて後ろを振り向くと、きれいなスーツを着た白髪の老人が玉座に腰掛けていた。

長い髭に丸メガネをかけ、杖を持って、童話から飛び出てきたような見た目をしていた。



「この暗闇の何が、私の心の中なのでしょう」



「今に分かりますよ」



そう言うと老人は立ち上がり、4本並んだレールを指差した。



「あそこに4色の玉が並んでいますね。今からあれを順番に追いかけてください。さて、どの色から追いかけますか」



男は老人のぞんざいな言い方に腹を立てた。



「何馬鹿げたことを言ってるんだ。私は帰らせてもらう。出口はどこだ」



すると老人はにやりといやな笑みを浮かべた。



「おやおや、あなたの心の中を確かめる貴重な機会ですのに。

まぁ、そこまで言うならいいでしょう。あの光を目指してお行きなさい」



老人の挑発にのりたくはなかったが、"私の心の中"と言う言葉が引っかかり、男は渋々その玉を追いかけることにした。



「分かった。順番に追いかければいいのだな。それでは左から順番に、まず金色の球から追いかけよう」




「あ、ひとつ言い忘れておりました。玉を追いかけ、またここに辿り着いた時、あなたが感じたことを率直にお話しください。それでは、いってらっしゃいませ」



老人がスイッチを押すと、金色の玉がコロコロとレールの上を転がり出した。

それはとても早いスピードで、追いつくのがやっとだった。

もう何分経ったか分からない、ひたすらに走って追いかけた。

レールは円を描くように続いていた。

出発地点に戻ってきた頃には脚はフラフラだった。



「お帰りなさい。あなたは何を感じていますか?」



私は鉛のように重たくなった体を横にした。

達成感はあったし、物質的に豊かになったような気持ちになった。

しかし、なんだか心の真ん中はポカンと空いているような感覚になった。




「それでは、次は青色の玉を追いかけてください」


老人がスイッチを押したが、青い玉は一向に進まなかった。



「なんだこの玉は」


男は足の先でコツンと蹴った。

2メートルほど転がり、スンと止まった。

男が玉に近づこうとレールの上を歩くと、少し動いた。そして男が止まると一緒に止まった。


この玉は男の動きに合わせて動いているようだ。

男が走れば勢いよく転がり、男が歩けば緩やかに転がった。


気がつくと、出発地点に戻ってきていた。




「お帰りなさい。あなたは何を感じていますか?」



青い玉は非常に快適であった。

自分の行きたいように進むことができた。

しかし、さっきと同じ、心の真ん中がポカンと空いているような感覚は消えなかった。




「それでは、次は緑色の玉を追いかけてください」



老人がスイッチを入れると、緑色の玉が緩やかに動き出した。




男は何も考えず、ただ歩きながら緑の玉を追いかけた。

体に一切の負担はなく、久しぶりに額にじんわり汗が滲んだが、嫌な気持ちにはならなかった。



「お帰りなさい。あなたは何を感じていますか?」



その心は、夏の終わりが近づく夜に散歩したような、とても爽やかで清々しかった。

しかし、やはり、心の真ん中がポカンと空いているような感覚は消えなかった。




「じゃあ、最後は赤い玉ですね」



男がそう言うと、老人は思い出したかのように時計を見た。



「申し訳ございません。伝え忘れていましたが、この4つのレールを渡るのには制限時間がありました。残念ですが、時間が過ぎてしまった為、この赤い玉を追いかけることはできません」



男はいよいよ本気で腹が立った。



「追いかけろと言ったのはそちらではないか。

あまりにも勝手だ」



「それでも決まりは決まりです。みんな同じ条件なのです。


もし赤い玉を追いかけていたら、あなたは何を感じていたんでしょうね」


そう言うと、老人は煙のように消えてしまった。




「待てっ」


男は手を伸ばした。


ハッと目が開き、男は真っ白な天井を掴んでいた。



左側のサイドテーブルには、埃を被ったライトと愛しい人からの置き手紙が置いてあった。





"さようなら。どうか元気で"










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い玉の正体 青いひつじ @zue23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ