第5話 告白

 私に青天せいてん霹靂へきれきが訪れたのはそれから二週間後。


 その日も朝、舞香ちゃんと一緒に登校して、授業を受けて、放課後は一人で帰る予定だった。いつも通りの一日である。ただ一つ、私の世界を揺るがすほどの出来事が起こったことを除けば――。

 いつも通り、家に帰ろうと下駄箱にたどり着いたとき、私のくつの上になにか紙が乗っているのが見えた。


(手紙?)


 手に取ってみると、四つ折りにされたシンプルな白いメモ用紙で、開いたところで心拍がマックスまで上がった。


『視聴覚室で待ってます。話があるので、必ず来てください。結城真紘』


(結城くんからの手紙……! え、なにこれなにこれ、ドッキリ⁉︎ なにかのわな⁉︎)


 それとなく周りを見渡しても、誰かが私に注目しているわけでもなく、普段通りの風景が広がっていた。普段と違うのは私だけである。


(うそ……)


 私は手紙を丁寧に元の通りに折りたたんでスカートのポケットにしまった。


(しまった! 今日に限ってこのスカート……)


 私は、お気に入りのためヘビロテしすぎて色せ、ウエストのゴムが少し伸びてしまっているスカートを見て後悔こうかいした。今朝は、新品のスカートと迷って、まだはけるとこちらを選んできてしまったのだ。

 こんな日に限って、なんて。結城くんが私にどんな話があるのか深く考えもせず、ただ、気になっている男の子に会ってもらえる喜びに胸を高鳴らせていた。



◆◆◆



 緊張に震えながら、指定された視聴覚室に向かうと、夕日を浴びて神々しさを増した結城くんが窓辺に佇んでいた。

 私はドコドコ大きな音で演奏を始めた心臓の音をなるべく無視しながら、結城くんへと声をかけた。


「結城くん……?」


 結城くんは私の姿を確認すると、パッと輝くように微笑んで私の訪問を歓迎してくれた。


「音咲さん! 急に呼び出したのに来てくれてありがとう! 予定とか大丈夫だったかな?」

「ううん。今日は予定もなかったし。平気」

「よかった。じゃあ、ちょっとだけ時間もらっていいかな?」

「うん」


 私は緊張でなにを話していいのかわからず、このままではただ結城くんの話に相槌あいずちをうつだけの人形になりそうだと思った。


「えっと……同じクラスになったのも初めてだし、これまであんまり話す機会もなかったよね」

「そうだね。でも、俺は密かに音咲さんのこと見てたんだ。知らないうちに目で追っちゃってて……困った」


 気持ち悪いよね、ごめん。と結城くんは申し訳なさそうに笑った。切なそうな表情の結城くんもかっこよくてこちらも困る。

 緊張をほぐそうと思って発した言葉が、巨大な爆弾を抱えて戻ってきて私は軽くパニックにおちいっていた。


(どういうこと? 目で追っちゃうって、そういうこと⁉︎ 全然気持ち悪くないし、むしろ嬉しいし!)


「……」


 心の声をそのまま口に出すわけにはいかず、黙ったまま思考を巡らせる私を眺めながら、結城くんはさらなる爆弾を投下した。


「一目惚れしたんだ」

「え……なんて?」


 私は自分の耳を疑った。それか、これは夢の中なのかもしれないと思った。現実離れした状況に、足元がふわふわしているようだった。


(え……。本当に? 結城ゆうきくんが? 私に一目惚れ……⁉︎)


「……いや、正確には? 俺、実は……」


 心臓の音がかつてないほど大きく鳴り響き、結城くんの話は肝心かんじんなところが途切れていた。


「お願いだ……どうか、俺の手をとって」

「本当に、私でいいの……?」

「きみがいい。音咲さんじゃなきゃだめなんだ」


 眉を下げ、懇願するように放たれたこの言葉に、私は完敗した。


「私でよければ……。よろしくお願いします!」

「ありがとう! よかった! めちゃくちゃ嬉しい……!」


 私のYESの返事に、結城くんはとても喜んでくれて、私も心が満たされるような思いだった。


「音咲さんの、俺の理想にぴったりなんだ!」


 目がくらみそうなほどまぶしい笑みでそう話す結城くんを、私は不思議な気持ちで眺めていた。


(ん? ……?)


「国語の朗読の授業のときに気づいて、もうそれからは音咲さんの姿を追いかけて生声聞くのに必死になっちゃって……」


 結城くんは自嘲じちょうしながらそう続けた。


(なるほど、なるほど……?)


 私はだんだん自分の勘違いに気づいて、頭が冷えるとともに、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。


「もう、想いが溢れてしまって。気づいたら曲が一つできてた」


(ん? 曲……?)


 もう、私にはなんの話が展開されているのか、感情もごちゃごちゃになっていてよくわからなくなっていた。


「結城くんは曲を作れるの?」

「うん。さっきも言ったけど、俺YU-KIっていう名前で歌手? みたいな活動をしててね」

「え……ユーキ? Y・U・―・K・IのYU-KI?」

「うん、そう。聴いたことある? こんな歌」


 そういって、結城くんは私が一番好きなYU-KIの曲をワンフレーズ歌ってくれた。それは紛れもなく私の大好きなYU-KIの声、何度も何度もリピートして聴いたYU-KIの曲で。

 さっき以上の衝撃が私をおそった。


(推しが推しだったってこと? え? 私なに言ってるの?)


 現実で密かに推していた男子が、実は私が激推ししていた歌手の女の子だったということだ。


(そんなことってある?)


 私は、目の前に憧れの存在がいることに感動して、気持ちが瞬時にたかぶるのを感じた。


「嬉しい……」


 気づくと私の頬には涙がつたっていた。目の前には驚いた表情の結城くん。


「私、ずっとYU-KIのファンで。大好きでした。あなたの声、誰よりも好きなの」


 直接伝えられるのがこんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。だって、私の人生にこんな幸福が訪れるなんて思ってもみなかったから。

 

 感極かんきわまって号泣し始めた私の涙が止まるまで、結城くんはそばにいてくれた。『嬉しい』と言ってくれた結城くんの顔も赤かったけど、それが夕日のせいなのかどうかは、とめどなく流れる涙が邪魔していた私には判断がつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トロイメライ 葵 遥菜 @HAROI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ