第48話 敵に回したくないタイプの悪女
「……なによあれ。なんなのよあれ! 絶対におかしいでしょ!?」
千春は今日も柱の影から二人の事を監視していた。
こんな事をしていたら清楚キャラが壊れる事は分かっている。
だが止められない。
二人の事が気になって気になって気になりまくってどうにもならないのだ。
「昨日までは嘘っぽかったのに、今日の二人はなんかガチっぽいじゃない!」
腹黒ビッチの千春である。
今まで周りの顔色を伺って生きてきたから、人の心や関係性を見抜く事には自信がある。
昨日までの二人は確かに良い感じの空気を纏っていたが、恋人同士と呼ぶには余所余所しかった。
それ以前はどことなく演技めいていて、嘘っぽい感じがした。
だから千春は二人が当てつけの為に恋人のふりをしているのだと思っていた。
それが今日は付き合いたてのカップル一日目みたいなクソうざってぇイチャイチャオーラをプンプンさせている。
普通に考えれば二人はガチで付き合う事になったのだと思う所だが、それも妙な話だ。
何故なら昨日、二人は千春の策略によって修羅ばっている筈なのだ。
仲間割れしたはずのギャルズも何故か直樹を認めている。
「……直樹が素直に嘘カップルだった事を告白した?」
ヘタレの直樹の事だから、罪悪感に負けてという事は十分あり得る。
だが、それでギャルズにあそこまで認められるのは違和感がある。
仮にヤリチンが千春の嘘だったとバレたとしても、姫麗と直樹では釣り合わない。
仕方なくなら分かるが、ギャルズは明らかに二人の関係を応援している。
ギャルズが二人の恋人ごっこに協力し出したと考えればあの反応も納得できるが、それにしては二人の雰囲気はガチすぎる。
そもそも、姫麗がギャルズに直樹との恋人ごっこを隠しておくのは不自然だ。
「……なんでビッチは直樹との関係を取り巻きに隠してたのかしら」
違和感が膨れ上がる。
「ビッチが直樹なんかにガチ惚れするのもおかしな話だし。百万歩譲ってたまたまタイプだったとして、ビッチがあんな初々しい反応を見せるかしら……」
何かがおかしい。
つまり、千春の把握していない情報が何かあるのだ。
そして、その何かが原因で、昨日の修羅場は回避され、直樹と姫麗は付き合う事になり、ギャルズも二人をカップルだと認める事になったのだ。
「……取り巻きにも言えないビッチの秘密? これは、調べてみる価値がありそうね……」
直樹が他の女とくっつくなんて絶対に許せない。
その相手が千春のライバル(だと勝手に思っている)ビッチなら猶更だ。
姫麗が本気だと言うのなら、猶更この手でぶち壊してやりたい。
「てめぇ! ちはビッチ! 昨日はよくも騙してくれたな!」
ビクリとして振り返ると、怖い顔をしたリンダがボキボキと拳を鳴らしている。
左右のチビとデブも敵意の眼差しで千春を睨んでいた。
「芦村君から全部聞きましたっ。可愛い顔して、とんだ悪女みたいですねっ」
「この腐れビッチ! 芦村に謝りなさいよ!」
周りの生徒がざわつき出す。
千春は慌てなかった。
向こうも暴力に訴える程バカではあるまい。
そこまでバカなら、逆に被害者ぶって退学に追い込んでやる。
自分のせいでギャルズが退学になったと知れば直樹達にもダメージが入るだろう。
「そんな、酷い! 私は嘘なんか言ってません! あなた達こそ、直樹に騙されてるんですよ! 私が騙されたみたいに……う、うぅぅ……」
傷ついた顔で得意の泣き真似をする。
それだけで周囲は千春の味方になった。
そもそも相手は評判の悪いビッチ率いるギャル軍団だ。
周りを巻き込んでの言い合いなら負ける要素はない。
そして、ギャルズの発言で幾つか謎が解けた。
やはり直樹は浮気事件の真相をギャルズに話しており、姫麗は直樹との関係を取り巻きに隠していたのだ。
(隠しておかなきゃいけないような事。それがビッチの弱点ってわけね)
相手は股も緩ければ頭も緩いビッチの取り巻きだ。
ここは上手く利用して情報を引き出したい所である。
「な、泣く事ねぇだろ!? お前が悪いんだぞ!」
「騙されないでリンちゃん。こんなのウソ泣きに決まってるんだから! この女からはゲロ以下の腐った女の臭いがプンプンするもんっ!」
「泣き真似だったらあたしだって負けないわよ! びぇええええええええん! ママァァアアアアアア!」
チビが迷子の幼女みたいに泣き出す。
意味不明。
バカなのだろう。
「酷いのは直樹と花房さんでしょ!? 浮気したのは直樹の方なのに、二人で手を組んで私を貶めようとして! あなた達まで嫌がらせするんですか? 私がなにしたって言うんですか!?」
「この女……。よくもまぁ真顔でそんな嘘を言えたもんだな……」
「浮気したのはそっちの方でしょっ! 姫麗と芦村君は真面目に付き合ってるんです! これ以上邪魔しないでっ!」
「そうよ! あんたはビッチなんだから適当に股開いて別の男作ったらいいじゃない!」
「直樹がそう言ったんですね……。酷い! ビッチはあなた達のお友達の方でしょう!」
「はっ! 残念だったな! 花ちゃんは――」
「リンちゃん!」
「それは秘密でしょ!?」
「んごおおおおお!?」
デブが巨大なクリームパンみたいな手でリンダの口と鼻を完全に押さえる。
チビはつま先で思いきりリンダの脛を蹴り上げた。
「んんん、んん! ぶふぁっ!? こ、殺す気かよ!?」
「だ、だってぇっ!」
「リンダが秘密の事言おうとしたから止めたんでしょ!?」
「それが秘密なのも秘密だろうが!?」
「そうだった!?」
ハッとしてチビが口を塞ぐ。
「二人とも! もう黙っててっ!」
二の腕の贅肉をぶんぶん振り回してデブが叫んだ。
「秘密ってなんですか? 花房さんは、私に何を隠してるんですか?」
内心でほくそ笑みながら、千春はじっとりとギャルズを見つめた。
やはり姫麗には秘密がある。
それもきっと、彼女のアキレス腱になるようなヤバい秘密だ。
文脈から察するに、ビッチを否定するような何かだろう。
花房姫麗はビッチではない?
まさかと思う。
姫麗がビッチである事は周知の事実だ。
本人も認めているし、彼女と寝たという男子の証言も多い。
それ以外にも、姫麗がパパ活を行っているのを見たという噂も耳にしている。
それを覆すような秘密、事情とはなんだ?
そんな事がありえるのだろうか?
「そ、それは……言えるわけねぇだろ!」
「だから、もう喋らないでってばっ!」
「おごぉっ!?」
デブに腹パンされリンダが悶絶する。
隣のチビが涙目になって「あたしはもう一言もしゃべりません!」という風に口を押さえたままブルブル首を振っている。
「とにかく! これ以上二人に関わらないで! さもないと……」
「さもないと、なんだって言うんですか? 殴りますか? それとも嫌がらせですか? そんなのに私は負けません! だって私、嘘なんて言ってないんですから!」
千春の啖呵にギャラリーが沸く。
「そうだよ千春ちゃん!」
「ギャル軍団になんか負けるな!」
「頑張れ清水さん! 応援してるよ!」
「う、う、うぅぅ! うっさいバカ! 振った男に未練たらたらの負け犬女の癖に! 芦村君は姫麗ちゃんの事が好きなのっ! あなたがどれだけ悪だくみしたって復縁の可能性なんか一ミリもないんだからぁああああ!」
二人を力づくで引っ張ってデブが逃げていく。
「負け惜しみかよ!」
「一昨日きやがれ!」
「よく言い返したね清水さん! あたし、見直しちゃっ……た……?」
クラスメイトの慰めの声は千春の耳に届かない。
「だぁああああああれがあああ負け犬女よおおおおおお!?」
キレた千春が咆哮をあげた。
デブの一言が逆鱗にクリティカルヒットしたのである。
浮気した彼女に誰とでも寝る男と噂を流されたので開き直ったら学校一のヤリマンビッチと付き合う事になった。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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