第17話 過去を呪う者
京花が死んだ後のことは、よく覚えていない。ただ友人に酷いことを言ってしまったのと、クラスを代表してとかいう理由で、京花と特に仲良くもなさそうだった委員長が線香をあげにいったらしい、という人づてに聞いた話をたまに思い出す。
「悪いな、何度も」
「委員長として、当然ですよ」
風上から聞こえてきた、担任と委員長の会話に聞き覚えがあった。声だ。委員長の声は何度も聞いた気がする。彼女は確か、双葉さんという苗字だった。下の名前は知らないが――――
蝉の声がした。生ぬるい風の中、ゆっくりと意識が浮上していく。最初に目に入ったのは夜空だった。星がちらつくその光景を、随分久しぶりに見た気がする。
古びたベンチから身を起こして辺りを見た。夜の神社だった。手水舎の水の音と虫の声だけが聞こえる。
「…………アオイ?」
無意識に呟いていた。確か、アオイに急に手を取られて、そこからの記憶がない。
何もかも、夢だったのだろうか。
「わっ」
後ろからアオイが飛び出してきた。大きさも尻尾以外の見た目も普通の猫になっている。幼稚な悪戯をしかけたつもりだったらしい。
冷めた目で見ていたが、アオイは楽しそうに言った。
「いなくなったと思った?」
「ちょっとは」
「そうはならないよ。相手が人生で一番辛い時、それを分かっているのにそばにいなかったら、それはもう死んでもいいってことでしょう?」
何も答えられなかった。そんなこと考えたこともなかったから、遠回しに何かを責められているのかとも思った。
「あぁ、京花が死ぬ時そばにいなかったキミを責めているわけじゃないよ。誰にも死ぬこと言わなかったもんね。あの子」
全てを見てきたような、何でもない感じでアオイが言う。体感温度が下がる。
僕は再びベンチに倒れこんだ。頭を思い切り打ったがどうでもいい。目を閉じて、起きたら朝に、もっといえば京花が生きている世界で目を覚ますことを願って――――
「起きてよ。プレアデスさんが用意してくれた家、この近くだよ。あと、キミが寝てる間に連絡しといたよ。もう地上に来たって。びっくりしてた」
見る? とニャイフォンを突き出してくるのを無視して仕方なく起き上がった。
提灯に照らされた境内を少し歩くと、小さな影が見えた。
猫だ。猫が何匹か集まっている。猫の集会というやつだろうか、初めて見た。逃げられると思ったので遠目から観察する。
「あ、集会してる」
アオイの声を聞いてか、猫が一斉に振り返る。何匹かは逃げていったが、残った2匹にアオイはゆっくり近づいた。
「にゃーん。初めまして」
人間の言葉で言っても伝わらないだろ。
こちらをじっと見つめる猫は、一回りほど大きさの違う白黒模様の2匹だった。そっくりな柄をしているから、きょうだいなのかもしれない。
「
誰のでもない、癖のある声が聞こえた。周りを見ても相変わらず人の気配はない。
アオイが呆気にとられたように呟いた。
「猫が……喋った」
「いやお前もネコじゃねえか」
やっぱり、2匹のうちのどちらかが喋っているらしい。大きな方の猫が、僕を見上げて口を開けた。
「お前があまりにも辛気くせえツラしやがるから、つい喋っちまったじゃねえか」
「に、兄ちゃん、初対面なのに失礼だよ……」
大きい方の陰に隠れながら、小さい方の猫も喋った。猫が喋るなんて見慣れた光景も、本来の姿でやられるとかなり違和感がある。
「ボクはゴマだ。こいつは弟のルナ」
見た目通り、兄弟らしい。反応できずにいた僕の代わりに、アオイが挨拶を返した。
「アオイです。こっちは冬雪」
「フユキは、アオイの飼い主かなんかなのか?」
「そういうんじゃないですよ。私が連れまわしてるんです」
「ふーん。なぁ、それより美味そうな匂いがするぞ。マグロか? マグロ持ってるのか?」
ゴマさんがアオイの傍らにあるバッグに鼻を近付ける。アオイは中から煮干しの袋を引きずり出した。そんなもの持ってたのか。
「煮干しですよ。食べます?」
「
袋をタシタシとつつきながらゴマさんにせっつかれる。
「あぁ……どうぞ」
輪ゴムを外して地面に置くと、ゴマさんは顔を突っ込んで煮干しを食べた。
「んにゃ……これうめぇぞ、おいルナも食ってみろよ」
「ぼ、僕はいい……」
警戒するルナさんに構わずゴマさんはアオイに話しかける。
「そういやお前ら、見ない顔だな。アオイは何で尻尾が2本もあるんだ?」
「今日引っ越してきたんです。この辺のこと何も知らないので、よかったら教えてください」
アオイは当たり前のように尻尾の言及を避ける。
「この辺のことはボクらの親分に聞いてみるといいぞ。ムーンさんっていうんだが……あんまり姿を見せないんだ」
……ムーンさん?
キミが死ぬだけの異世界奇譚 兎蛍 @usaho
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