第16話 地上へ

 僕は思わずため息をついた。プレアデスさんは慌てて僕とアオイを交互に見る。


「ほ、本当かい!? フユキ君も、それでいいかな?」

「僕に拒否権はないので」


 どの道どこに行っても異世界、地下だろうと地上だろうと変わらない。この旅は時間遡行が見つかるまで続くんだ。


「でも、私的にはこの世界のことをもうちょっと知りたいですかね。お世話になったかたへの挨拶もしたいので、数日いただけますか?」

「もちろんだよ。そうだ連絡先、まだ交換してなかったね。これでいつでも連絡して」


 そしてこんな時間だからと、プレアデスさんは夕食を作ってくれた。彼はかなり料理が上手いらしく、アオイは出来上がった鮭のムニエルをとても褒めていた。凝られた飾り付けに香ばしい匂いからも、確かに料理人のような出来栄えだとわかる。

 僕にも感想を求められたが、ソールさんにしたのと同じように美味しいですとだけ返した。味覚がないと言われても、反応に困るだけだろう。


「ニャルザルにも興味あるんですが、今は行かない方がいいですよね」


 鮭を箸で切りながらアオイが聞いた。海を挟んだニャンバラの隣国、言わばこの国と戦争中の敵だ。


「そうだね……。行くにしても軍の戦闘機に同乗していかないと。それに、ニャルザルは魔法が衰退してるから探しものは見つからないと思うよ」

「そうなんですか」

「そうだよ。その代わり科学技術が発展してる国とはいえ、さすがに時間の流れすら克服できたら戦争なんてニャルザルの圧勝でしょ」


 僕は終始黙って聞いていた。魔法って結局なんなんだ? アオイの変な力──たまに未来を見せてきたり、僕を猫と同じ大きさに変えたりするのとはどう違うんだろう。


「それより、君たちのいた世界のことが聞きたいな。聞いたところ、地上じゃないんだろう? どんなところなの?」

「あぁ、それはですね────」


 アオイは星光団の皆にそうしたように、元いた世界のことを話した。恐らくここで言う地上とあまり変わらないこと。雪女や不老不死の女の子、不思議な存在と呼ばれるものたちと山奥で暮らしていること。普段は人間のふりをしていたこと────。


「それ初耳なんだけど」


 思わず口を挟んだ。


「初めて言ったからね」

「え、お前僕の知り合いなの?」

「えぇ……どうだろう……」


 なんでそこで困るんだよ。アオイとは知り合いじゃないと思っていたが、人間のふりをしていたなら、会ったことがあるのかもしれない。

 でも声や言動で思い出せない時点で、どうでもいいか。

 プレアデスさんは意外と興味があるようで、「不老不死……不思議な存在……」と呟いている。


「すごいなぁ。アオイちゃんの友達、僕も会ってみたいよ」

「みんな猫が好きだから、仲良くなれるかもしれませんね」


 話すだけなら、ニャイフォンを使えばできるだろうけど。また蛍さんみたいなのが出てきたら嫌だ。

 その後もプレアデスさんに聞かれるまま話していたアオイは、時計を見てそろそろおいとまします、と席を立った。

 

「今日は本当にありがとう。色々と」


 玄関先でプレアデスさんはそう言って頭を下げた。一つの目的を果たした、というようなほっとした顔。


「こちらこそ。またとない機会ですから。地上でどんなひとに会えるのか、楽しみです」

 それならなぜ、アオイの表情は少し冷めているのだろう。帰り道も理由を聞き出すことはなかった。代わりに適当な話を振った。


「ネズミの世界なんか本当にあると思ってるのか?」

「猫の世界もあるし、別にあってもいいんじゃないの」


 月も星も街灯もないから、相手の表情は見えない。


「見つかったら本当にみんな移住するのかな」

「するわけないでしょ」


 アオイは突然切り捨てるような言い方をした。


「今他国と資源を巡って戦争中なんでしょ。その戦争をしかけたのもこの国からだし、武力で物を奪う方法を現在進行形で取ってる国だよ。それが平和で資源豊富な場所を見つけたらやることは侵略以外に何があるの」


 キミもとっくに分かってたと思うけど、と言ってアオイは僕を振り返った。そこで彼女がいつの間にか、僕の何歩も先を歩いていたことに気が付いた。


「じゃああの時変に笑ってたのは?」

「あ、嘘だって気付いたらつい」


 未来が見えるから嘘に気付けたのだろうか。それにしてはやけに論理的だ。


「だからもし、地上で見つけても報告より先にその世界を見に行こう」

「また観光か」

「そうじゃないよ。侵略に加担するの嫌だし、こっちも探しものしたいし。役に立たないと判断したら軍も勝手に新しいスパイを立てるだろうさ」

「アオイは侵略を止める方につくのかと思ってたけど」


 アオイは少し考えるような素振りをしたが、足は止めなかった。


「私たちは外から来てるからね。この世界の歴史に影響を与えるべきではないんだ」


 それもガイアとの契約なのだろうか。


 翌日、アオイが離れた隙を窺って星光団のメンバーを探した。ほどなく、鍛錬中のマーズさんを見つけて近寄った。


「あの、急に変なことを聞くようなんですが、ガイアって聞いて何が思い浮かびますか?」


 彼は手を止め、水を飲みながら答えてくれた。


「そりゃ、ガイアっつったらこの星しかないだろうよ。それがどうした?」

「神様とかじゃなくて、星ですか」

「神? 神って言ったら嫉妬と競争の神のミラ様しかいねぇよ。神様に興味があるのか?」


 そのミラという唯一の神はアオイの契約とは無関係なのだろうか。アオイがガイアだと思っていたものがミラだったという可能性も――――


「その神様にはどうやったら会えるんですか?」


 いつの間にかアオイが後ろに立っていた。マーズさんも驚いたらしく一瞬目を丸くした。


「お、お前いたのか……。いや、神様に会うなんてできるわけねぇだろ。神官じゃあるまいし」

「まぁ、ですよね。それに嫉妬と競争なんて、怒らせたら怖そう」

「神様に喧嘩なんざ、売りたくても売れるもんじゃねぇよ」


 そう言ってマーズさんは鍛錬に戻っていった。アオイは神の存在を知らなかったのか。まさか謁見する算段でも立てているのだろうかと、その横顔を見て思う。

 するとアオイは切り替えたように表情を変え、僕を見た。


「ま、いいや。明日から地上に行こう。プレアデスさんにはさっき連絡した」


 その夜、ソールさん達と夕食を囲みながらアオイが切り出した。


「そういえば、明日から地上に行くことになったんです。急ですみません」


 アオイに注目が集まる。ソールさんが意外そうな顔をした。


「探しものは、もういいのかい?」

「地上を探すことになったんです。短い間でしたがお世話になりました」


 僕は黙って味が分からない魚を噛んでいた。一番早く食べ終わったマーズさんが、食器を片付けながら聞いた。


「随分急だな。泊まるとこの当てはあるのか?」

「そっちは大丈夫です。何とかなりました」


 アオイも流石に軍に用意してもらいました、なんて言うわけにはいかないので適当にぼかした。

 マーキュリーさんとヴィーナスさんは顔を見合わせていた。


「ちょっと寂しくなりますね……。地上で、うまくやっていけるといいんですが」

「ま、アオイがいれば大丈夫なんじゃないの。でも尻尾は見せない方がいいわよ」

「実はこれ、隠せないんですよね。まぁ、大丈夫でしょう」


 元の世界でもなんとかなってたし、とアオイは笑った。やっぱり隠せないのかよ。尻尾が2本ある猫が地上で人に見られた時を、ぼんやり想像した。石を投げられるだろうか。ちょっとしたニュースになるだろうか。

 ムーンさんは何か言いたげだったが、最後までそれを聞くことはなかった。


 別れの挨拶もそこそこに、少ない荷物をまとめて次の日の夜には基地を後にした。地上への行き方は少し複雑で、まずはプレアデスさんの家に行かなければいけないらしい。


「プレアデスさんの家から研究所の近くまで小型飛行機で行って、そこから山奥まで歩いて、それから地上に……って長そうだね」


 アオイがぼやいた。山奥にある研究所は誰にも場所を知られないよう、電気もついていないらしい。

 街の灯りを遠くに坂を上っていると、アオイが急に立ち止まった。


「……ん? この下って……」


 何もない地面を足で探りながら独り言を呟いている。急になんだ?

 いきなり、アオイは笑顔で僕の手を取った。


「行こう!」


 そうして前触れもなく、星のない夜空に別れを告げることになった。


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