第15話 理想の世界

「……伝説の理想郷?」


 急に何を言い出すんだろう。もしかしたら、アオイが時間遡行の方法を探していると誰かに言う時も毎回、こう思われていたのかもしれない。

 そのまま僕たちは、興奮気味に話すプレアデスさんから「伝説の理想郷」の詳細を聞いた。


 その理想郷とは、地上のどこかに存在する、『知性を持ったネズミだけが住む世界』。人間や地底の猫と同じように文明を築く、二足歩行のネズミがそこに暮らしているという。

 結界によって外と隔離されたネズミの世界は、争いが全くなく、資源が豊富で


「童話か絵本みたいですね」


 アオイが率直な感想を言った。確かに、全ての住民が幸せに生きるなんて少なくとも人間の世界では無理だ。


「そう思うだろう? でもね、とある研究者がその世界を見たって噂が立ってるんだよ」

「そのかたに話を聞いたりはできないんですか?」

「僕もそうしたいんだけどね。忙しくて長いこと会いに行けてないんだ」


『忙しさを言い訳にする人は忙しくなくても会いに来ないよ』

 また京花が言っていたことを思い出した。今度も意識がそっちに持っていかれそうになる。


「……本当に、忙しいだけが理由ですか」

「……フユキ君?」

「邪推ですが、その研究者のかたと求めるものが違うから、とか。軍のほうでは理想郷を見つけた後に何か目的がある、みたいな」


 要領を得ない僕の話に、プレアデスさんは頭をひねりながらも結論を出した。


「つまり、フユキ君は僕たちがネズミの世界の資源を横取りしようとしてるって思ってるのかな? ……まさか、そんなことしないよ! 確かに地底世界は深刻な資源不足だけど、ネズミの世界がもし存在するなら、なんとか交渉して移住させてもらうつもりさ。もちろん、地上のネコみたいに食べたりもしない」

「…………んふ、ふっ……いや、すみません」


 急にアオイが笑った。僕もプレアデスさんも面食らっていると、まだ少し笑いながらアオイがわけを話した。


「ネズミってすごく小さいですし、多分その世界にある街も、私たちからしたらミニチュアですよね。どうやって住むんだろうって、想像したらつい」


 ……それにしても今のタイミングで笑うのは結構失礼じゃないか?

 さすがにプレアデスさんも怒るかと思ったが、彼は自信満々に胸を張った。


「そこは心配ないよ。さっき言った研究者は本当にすごい頭脳を持っていてね。その世界のネズミがどんな大きさだろうと、少しの時間さえあれば僕たちのサイズを変える機械だって作り出せるはずさ」


 資源豊かなネズミの世界への移住。それが彼らの目的か。戦争を起こすほど資源が不足しているこの世界からすると、噂だけの話だとしても真剣に探す価値はあるだろう。実際に見たという話があるなら尚更。

 だけど、どこか違和感があった。彼の熱意は本物なのだろうけど、何かを見逃している気がしてならない。

 ふと、プレアデスさんは僕を見た。


「そうだ。サイズと言えば、ニンゲンってネコの何倍もあるはずだよね。どうしてフユキ君は猫と同じ大きさなの?」

「簡単に説明すると、私の力です」

「アオイちゃんの……? 魔法みたいな感じ?」

「魔法ではないんですが、まぁ、人間からしたら似たようなものというか」

「そりゃすごいや! アオイちゃん、その力を活かして我々軍に協力する気はないかい!?」


 この話がしたかった、と言わんばかりにプレアデスさんが目を輝かせた。


「外の世界から来た君たちだから話すんだけど。軍ではネズミの世界の場所がわかった暁には、真剣に移住計画を進めることになっててね。地上に行ってその世界を探す誰かが必要なんだ。このまま戦争を続けていたら資源が尽きて、地底世界は滅んでしまう……」


 彼は縋るような目でアオイを見つめた。プレアデスさんは多分、猫の中ではかなり美形な方だろう。普通の猫もしくは人間なら、彼のあざとい視線だけでどんな頼みも受け入れるかもしれない。


「君たちはニンゲンを恐れないし、アオイちゃんの力があれば、どんな場所でも潜入調査ができる。必要なものは全部こっちで用意するから、地上でネズミの世界を探してはくれないかな」


 アオイは俯いて何かを考えている様子だった。いつもは流暢に会話するのに。

 プレアデスさんは返事を待ちきれずにダメ押しをする。


「『伝説の理想郷』なら、君の求める時間遡行だって可能かもしれない。全ての住民が幸せに暮らす世界だよ? きっとそれくらいできるさ」

「いいですよ」


 アオイは顔を上げて、感情の見えない声で繰り返した。


「いいですよ。調査しましょう」

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