第14話 噂だけの存在

 人間の姿を見られた。今すぐ逃げるべきだろうか。いや、ソールさんは「ニンゲンは野蛮な生き物として知られている」と言っていたからアオイに誤解を解いてもらう方がいいだろうか。


「それ、フユキ君の服……だよね? あの子はどこに?」

「こっちが本当の冬雪なんですよ。ほら、死んだ目とかそっくり」


 アオイに振り返らせられると、かなり動揺しているプレアデスさんと目が合った。周りに誰もいないのが不幸中の幸いだ。


「あ、本当だ……」

 納得するのかよ。


 猫たちから見るとこの状況は、街中にいきなり熊が現れたようなものだろう。銃を向けられてもおかしくはなかったが、距離こそ取られているものの彼にその様子はない。何にせよ、ここはアオイに任せて大人しくしていた方がいい。


「ずっと私たちが何者か探ってましたよね。半分は答えになったのではないでしょうか」

「やっぱり、バレてたんだね。少なくともフユキ君はニンゲンで、魔法か何かで見た目を誤魔化していたんだね? そしてふたりは恐らく……地上から来たんじゃないかな」


 そこまで分かっていたとは。彼は驚きこそすれど、急に現れた人間に怯えている様子はなかった。爽やかな見た目で、荒事には慣れていなさそうに思えてもそこは軍猫というわけか。

 プレアデスさんは黙っている僕らから目を逸らさずに続けた。


「ニャイフォンに設定されてた言語、アオイちゃんは宇宙語って言ってたけど、あれは地上で使われてる文字と同じだった。見たことないふりをさせてもらってたけど」

「それは気付きませんでした。意外と演技派なんですね」

「むしろアオイちゃんは色々と隠す気がなさそうに見えたけど……」


 そう言いながらプレアデスさんは、アオイの2本ある尻尾を見つめた。思えば、アオイはなんの躊躇いもなく並外れた身体能力を披露するし、尻尾も隠す素振りが全くない。かといって自慢げに見せびらかしているふうでもない。

 元の世界に帰れば、彼らからは自分の記憶が全て消えるからだろうか。それにしては隠し事が多い。

 アオイはそれ以上会話を続けようとはせず、じっとプレアデスさんを見つめた。何かを待つように。


「アオイちゃん、どうして急に黙るの?」

「あなたがこれからどうするか見てるんです。騙してたのは、ごめんなさい。でも、いきなり現れた異世界人にどう対応するのか、それであなたたちのことは大体わかりますから」

「でも、僕は君たちのことをまだよく知らない。こうしよう。落ち着いて話ができる場所……僕の家でいいか。そこに来てくれないかな。フユキ君のその姿も、見られるとよくないでしょ?」

「分かりました。でも一旦帰って、荷物置いてからでいいですか?」

「もちろん。近くまで送るよ。この街のネコ目につかないルートは把握してるんだ」


 彼の案内で星光団の基地に戻り、買ったものを渡してからプレアデスさんに場所を教えてもらって家に行った。彼は仕事を片付けてから向かうとのことで、しばらく庭で待っていた。

 日はすっかり暮れ、雲一つない真っ暗な空が広がっている。地底世界に星はなく、昼間より輝きを潜めたセントラル・サンが浮かんでいるだけだ。

 丸太でできた2階建ての家の庭には小型飛行機が泊まっている。自作だったりするのだろうか。


「ここ、ひとりで住んでるのかな?」


 2階建ての一軒家はひとり暮らしには大きすぎると言いたいのだろう。他の人は知らないが、僕はずっと人がいない一軒家で過ごしていたから広すぎるという感覚もない。

 アオイは何かを察したのか、言い訳するようにまくし立てる。


「あぁいや、広くて寂しそうだなとか思ってるわけじゃなくて、普通に」

「いいよ別に」


 坂道を駆けあがってくるプレアデスさんが見えた。


「やぁ、お待たせ。中で待っててくれてよかったのに。合鍵渡したよね?」

「この飛行機がカッコよくて。ちょっと見せてもらってました」

「これかい? ちゃんと空も飛べるんだよ。しかも速いんだ」


 初対面で素性もしれない相手に合鍵を渡すとは、警戒心がないのかこちらを試しているのか。

 プレアデスさんの家にお邪魔し、彼が紅茶を入れるのを座って待った。掃除が行き届いた家の中は彼自身の印象と同じで、趣味のいいインテリアで統一されている。


『冬雪の家は何もないね。生活感もない。家具も使われてるって感じしないし』


 いつだったか、京花にそう言われたことがあった。ミニマリストではないが、家に置きたいものもなかった。そう言うと、今度花を持ってくると言われた。

 京花は、なんの花を持ってくるつもりだったのだろう。


 ぼんやりしていて、目の前に紅茶が置かれていることに気付かなかった。

「紅茶は苦手だった?」

「冬雪はあんまり寝てないから、疲れが出たのかも」

「……あ、いえ、ありがとうございます」


 紅茶を一口飲むと、プレアデスさんは本題に入った。


「君たちはあんまりこの世界に馴染んでるって感じじゃないけど、来たばかりなのかな? その、探しもののために」

「そうなんです。私たち、今は情報収集のために色々見て回ってたところで」

「その『時間遡行の方法』とやらは本当にこの地底世界にあるのかい? さっき軽く同僚に聞いてみたけど誰も、見たことも聞いたこともないってさ」

「確かに、今のところ情報は全くありませんね。でも急いでるわけでもないので気長に探しますよ」


 気長に探されては困る。こっちは早く帰りたいんだ。アオイは僕の視線に気付いて苦笑いした。


「あぁ、そうだったね。冬雪に関しては、無理やり手伝わせているんです。私がいないと元の世界に帰れないから」

「なるほど……君たちの事情も複雑なんだね。でも、地上に出るってだけなら方法はあるよ。あくまでも地続きで繋がっている世界だし」

「いえ、なんというか、地上に出ても私たちの家はないんです。この辺はまた」

「つまりアオイちゃんはどこかから来た変わったネコで、あるかも分からないものを探してて、同じくどこかから来たニンゲンのフユキ君はそれに付き合わされているってことだね」


 プレアデスさんのまとめにアオイは曖昧に頷いた。


「私たち、怪しすぎますよね」

「いや、君たちは僕とニャンバラの住民を助けてくれた。信じるよ。それに、僕たちは似たもの同士さ」


 僕とアオイは顔を見合わせた。似た者同士、という言葉が今の流れで出てくるとは思わなかった。


「だって、僕らも探しているんだ。地上唯一の楽園、『伝説の理想郷』を。今のところ噂だけの存在だけど、僕は実在すると信じてる。もしかしたらそこには、君たちの探すものだってあるかもしれないんだ」


 プレアデスさんは、希望に満ちた目でそう言った。


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