第13話 誰そ彼

「これで全部かな。ありがとうございます、手伝っていただいて」

「お安い御用さ。……だけど、ミャオンの使い方が分からないと言い出した時はびっくりしたよ」


 最初の買い物の時、レジでアオイは財布から紙幣……ミャオンを何枚か出して「これで足りますか?」と店員に聞いた。

 目を丸くする店員との間にプレアデスさんが「そんなにいらないよ!?」と入ってくれていなければ、僕たちはもっと変な目で見られていたかもしれない。


「それに、さっき見えてしまったんだけど、君たちのニャイフォン……それ何語に設定してあるんだい? 見たことない文字だったけど」

「宇宙語ですよ。面白いなって思って」

「えー、使いにくくない? それに宇宙語ってあんなだっけ……」


 アオイはまた適当に嘘をついたが、プレアデスさんから見たら僕たちは相当な変わり者か、宇宙から来た猫だろう。前者ならまだしも、この世界の住人ではないと既に勘づかれていてもおかしくない。少なくとも、僕たちが何者なのか推し量っている段階なのは確かだ。

 僕が人間であることや、異世界から来たことが軍の猫にバレたらどうなるのだろう。危険因子として捕まるか、この国にいられなくなるかもしれない。

 太陽……ではなくセントラル・サンの光が弱くなっていることに気付く。

 見た目を猫にする魔法の効き目は日が暮れるまで。帰るまでの時間を考えると、そろそろ解散した方がいいだろう。


「そういえば、アオイちゃんは探しものをしていると言っていたね。何を探してるんだい?」

「はい、笑われるかもしれませんが……時間遡行の方法を探してるんです」


 プレアデスさんはやはり、ソールさんたちと同じように困り顔で狼狽えた。どう反応するのが正解か分からない、と言いたそうに。


「え、えっと……本気かい? 仮にだけど、それを見つけたとしてどうしたいのかな」

「やっぱり知りませんか……。誰も情報を持ってないようなので軍の方ならもしかしたらと思ったのですが」


 アオイは話題が自分のことになるとすぐに話を逸らしたがる。それより軍にしかない情報なら聞いたところで知れるわけないだろ。拷問でもするつもりだったのか?


「そんなの、僕だって聞いたことがないよ。もし実在したら、今頃……」

『空爆特別警報です! 速やかに避難を!』


 プレアデスさんの言葉は、あたり全てのニャイフォンから一斉に響いた警報音に遮られた。飛行機が近くを通ったような音がして、空を見上げようとすると肩を掴まれる。


「伏せて!」


 プレアデスさんが僕をかばうように地面に伏せる。爆発音と地響きの後、何かが崩れる音があちこちから聞こえた。


「ここにいたら下敷きになる……フユキ君、立てる? アオイちゃ……あれ、アオイちゃんは!?」


 電柱が倒れてくる。それに気付いていない様子のプレアデスさんを突き飛ばそうと腕を曲げた。僕の力では無理かもしれない、と一瞬考えてしまった。


「動かないでね」


 アオイの声がして、倒れてきていた電柱が方向を変えて地面に落ちる。アオイが空中で誰もいない場所に蹴り飛ばしたのだ。

 呆気にとられるプレアデスさんに、アオイが手を貸した。


「冬雪を守ってくれてありがとうございます。お怪我は?」

「ない、けど……今のは……いや、地下に避難しないと。ついてきて」

「避難して、その後は?」


 僕たちの手を引きながら、彼はアオイの質問に振り向かず答える。


「僕は住民の誘導と、辺りの様子を見に行く。敵兵がじきに来るから、僕が戻るまで地下から出ちゃダメだ」

「プレアデスさん、戦えるんですか?」

「舐めないでくれ、アオイちゃん。これでも軍所属だよ。雑兵にはやられないさ」


 何を思ったかアオイは立ち止まり、プレアデスさんの手を振り払った。


「私も手伝います。今、銃くらいしか持ってませんよね。敵を倒したりはできませんが、守ることはできますよ。銃やミサイルで怪我をする体ではありませんので」


 銃なんか持ってたのか。よく見たら、プレアデスさんのスーツの下にそれらしきものが少し見えていた。

 彼は少し考え込んだが、首を横に振った。


「僕のことは心配しなくていいよ。その代わり、逃げ遅れたり助けが必要なネコの避難を手伝ってもらっていいかい。避難先をマークしておこう。それが落ち着いたらここに集合で」


 アオイのニャイフォンを操作し、プレアデスさんは地図にいくつか目印を打った。

 彼がいなくなってから、アオイは僕を引き寄せた。


「絶対に私から離れないでね。キミは避難するより私のそばにいた方が安全だ」

「別に、死んでも死なないから安全も何もないだろ」

「はぐれたら面倒だ。ニャイフォンも壊れたらどうする気? ほら、あそこの猫を助けに行くよ」


 歩けない猫を背負ったり、瓦礫をどかして下敷きになった猫を助けたりして、プレアデスさんと約束した場所に向かいながら僕はアオイに聞いた。


「何で手伝うって言いだしたんだ?」


 アオイの性格的に猫助けは厭わないだろうが、それでも一旦プレアデスさんに従うふりをして、勝手に後をつけるか何かする方が、アオイがしそうなことだと思った。


「地下室ってジメジメしてそうで嫌だし。それと気分」


 アオイらしい答えだった。


「誰も殺さないと約束したけど助けるなとは言われてないしね。キミからしたらどうでもいい事かもしれないけど」

「別に」


 空は薄紫色になっていた。昨日も見た、この世界の夕方の色。

 夕方。魔法が切れる。

 僕が何か言う前にアオイが僕にフードを被せた。


「顔を伏せて。人間に戻ってる」

「帰るか」

「そうしよう。プレアデスさんには悪いけど――――あぁ、遅かったか」


 誰の気配も分からなかったが、アオイの言葉で状況は分かった。

 後ろからプレアデスさんの声がする。


「ニ、ニンゲン……!? どうして……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る