なげきつつひとり寝る夜の

西しまこ

第1話

 今日もあのひとは来ない。


 あたしはスマホで、彼とのLINEのやりとりを見る。過去に遡って、見る。

 始まりのころは、こんなにたくさんことばをくれたのに。

 写真も見る。最初はこんなふうに笑っていたんだ。

 涙がこぼれた。


 ふいにLINEの通知音がした。

〔飲み物、何買っていけばいい?〕ノボル? 来てくれるの?

 あたしは嬉しくなって、すぐに返信する。

〔なんでもいい。ありがとう、来てくれるの?〕

 すると、いつもならなかなか返事が来ないのに、すぐに返事が来た。

〔あ、ごめん、間違えた〕え? どういうこと?

〔え? 来るんだよね?〕

 返事は来ない。

〔ねえ、来てくれるんだよね?〕

 返事は来ない。


〔だって、もともと約束していたよね?〕〔来てくれるはずだったじゃない〕〔ねえ、返事ちょうだい〕〔ノボル〕〔待ってるから〕〔いまどこにいるの?〕〔いま誰といるの?〕〔仕事だって言っていたよね?〕〔返事して〕〔ねえ〕

 返事は来ない。返事は来ない。返事は来ない。


 喉に何かが詰まって、息が出来ない。苦しい。胸が何かに押し潰されている。苦しい。


〔ノボル、返事をして〕

 返事は来ない。来ないんだ。

 あたしは部屋の電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。暗い中で、声を出さずに泣く。布団にもぐって、スマホを握り締めて。


 雨が降って来た。激しく、窓を打つ。

 雨音が大きく響いて、夜を包み込んでいた。

 あたしは怨嗟の雨音を聞きながら、少しも眠れないでいた。いつやむともしれないそのなきごえを、あたしは目を閉じて聞いていた。とても長いあいだ。


 ふいに、チャイムが鳴った。

 ノボル?


 あたしはでも、チャイムの音が聞こえないふりをした。

 こんな真夜中にチャイムを鳴らすのは、ノボルしかいない。

 スマホが、LINEが来たと知らせた。でもあたしはスマホを開かなかった。

 雨の音が激しく恐ろしく切なく恨めし気に、響く。

 チャイムの音がまた鳴った。

 さらにもう一度鳴って、それは終わった。立ち去る足音が聞こえたような気がしたけれど、それはほんとうの音なのか、あたしが作り出した音なのか、分からなかった。

 悲嘆にくれた雨音があたしの小さな世界を包み込んで、外から遮蔽した。


 あたしはこわいものから耳を塞いだ。




   了



一話完結です。

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☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549

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