つみたて兄さん ~人生設計は計画的に~

輪島ライ

つみたて兄さん ~人生設計は計画的に~

 ここは神奈川県内にあるとある結婚相談所。勤続12年になる男性職員は今日この日、地元の大学病院で形成外科医として働いている女性の相談を受けていました。


「それで、私結婚するならちょっと年上の男性がいいんですよねぇ。お仕事は何でもいいけど、せめて一人でも食べていけるぐらいの人がいいです」

「なるほどなるほど、そう言って頂けるとこちらとしても助かります。何せ女医さんには結婚相手にも医師免許を要求される方が多いですからね」


 職員は女医さんの話を聞きながら業務用のパソコンに求める条件等をカタカタと入力していきます。この女医さんは現在後期研修医(いわゆるレジデント)で年齢は28、勤めているのは自身の出身大学でもある県内唯一の国公立大学医学部の附属病院でした。


「他に何か特にご希望の条件はございますか? 近頃はコンプライアンス的に配慮が必要なのですが容姿とか家柄、趣味といった項目も指定可能ですよ」

「うーん、私は世間的に問題なければ正直何でも。相手がアウトドア派でもインドア派でも私普通に合わせられますし、育ちのよさとか容姿は結局会って話してみないと判断できないし。こんな適当な条件で申し訳ないです」

「いえいえ、むしろ28歳の女医さんでそこまで大らかに考えておられる方は珍しいですよ。そうですね、あなたのご寛容な姿勢への感謝を込めてこの度は私どもが新設計したお相手探しのプランをご提案させて頂きます。こちらは『つみたて兄さん』という紹介プランでして、経済界のつみたてNISAを参考に設計したものとなります」

「つみたてニーサ? 何か初期研修医の時に友達がやってましたねぇ」


 ポヤポヤしているようで割とリアリストな女医さんに敬意を表し、職員はまだ一般には配布されていないパンフレットを取り出しました。


「この『つみたて兄さん』は言ってしまえば極めてローリスクかつそこそこのリターンが見込まれる男性をわが社が登録者の女性にご紹介するものです。私どもが登録者から厳選した人間的・経済的・健康的に極めて安定した人材を女性に紹介し、万が一結婚生活を8年間以上継続できなければ仲介費用の全額を一括返金させて頂きます。その代わりに仲介費用は通常のお相手の場合よりも高くなります」

「へえー、面白いですねぇ。若い時に離婚とかになっちゃうとその分年を取っちゃいますし、それを考えると割高でも安心できる相手はいいですねぇ。あの、つみたて兄さんがあるってことは無印の兄さんもあるんですか?」

「もちろん用意しておりますよ。こちらも経済界のNISAを参考にしたものでして、つみたて兄さんよりもややハイリスクである一方リターンもそれ相応に大きい男性を紹介しております。こちらには男性の医師も多く登録されておりまして、仲介費用はつみたて兄さんと同じですが返金の条件は3年間以内に離婚となってしまった場合ときつめになります」


 職員は笑顔を浮かべて「無印兄さん」のパンフレットを取り出し、女医さんはつみたて兄さんと無印兄さんとを比較検討し始めました。


「うーん、お給料高めのサラリーマンと医師免許持ちの基礎医学系教員で悩みますねぇ。私形成外科医なんでキャリアはある程度融通がきくんですけど、忙しいエリートサラリーマンとは家事を分担しにくそうだし基礎医学系教員は同じ医師だからこそ私にコンプレックスを感じるかもです。つみたて兄さんは他に候補いませんか?」

「もちろん多数おります。今からもう1冊ファイルを」

「おっ、その声はもしかすると南高のアカネちゃん? 俺だよ俺、覚えてる? 軽音部でギターやってたヒトシだよ」

「まさかヒトシくんなの!? 大学でも軽音続けてたって聞いてたけど、まさかこんな所で会えるなんて。文系と理系で別だったけど私実はヒトシくんに片思いしてたんだよね~」


 結婚相談所の奥から出てきたのは女医さんと高校で同級生だったイケメン男子(28)で、女医さんは当時モテモテだった彼がなぜここにいるのか不思議に思いました。


「俺今度メジャーデビューすることになったんだけど、そろそろ家庭も持ちたいな~って思ってたんだよね。しばらく当座のお金が足りないからお金持ちの女の子を紹介して貰おうと思って」

「そうなの? じゃあ私でどう? ヒトシくん知ってたか分かんないけど私今お医者さんなんだよ」

「ちょっと待ってください、いきなりこの方に決めるのは考えものですよ! この方は『先物さきもの兄さん』として登録されていて、上手く行けば大ヒット歌手の奥さんですが失敗するとヒモ男を養う羽目になりますよ!!」

「え、俺そういう扱いだったんだ……」


 イケメン男子(28)は自分が結婚相談所で「先物兄さん」として登録されているとは知らなかったらしく、職員の言葉にショックを受けていました。


「そうかー、それなら迷っちゃうなあ~。ところでこの『FX兄さん』っていうのは?」

「この私を呼びましたか、美しい女性よ。私はあの東京大学を卒業して現在国際的ベンチャー企業を経営しておりまして、あなたのような安定した女性とぜひお付き合いしたいのですが」

「こら、勝手に奥から出てこない! あのですね、こういう方もわが社では紹介できますが1年未満で離婚しても補償はできませんからね!?」

「えー残念、じゃあこの『外国株式兄さん』にしてみようかな。子供がバイリンガルとか何かかっこいいし」

「ヘーイ、ミーはこのニアバイの製薬カンパニーで部長を務めておりマス! ヤマトナデシコのビューティフルドクターはもちろんウェルカムデス!!」

「待て、この金銀プラチナ兄さんの俺様を忘れて貰っては困るな。確かに俺は無職で低身長でブサメンだが実家は億万長者なんだぞ」

「あのっ、元本保証兄さんに興味はありませんか!? ボク女医さんが結婚してくれたら一生全力で尽くしますから!!」

「だからお前らは呼んでねえー!! さっさと奥に引っ込めー!!」


 結婚相談所のお仕事は今日も大変です。



 (おしまい)

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