【99年7の月】

「よっ!」


 タイムマシンにはオルタネーターの他に人間も乗っていた。銀色の円盤から病院の屋上へ降り立って、俺と目が合う。すぐに視線をそらす。呼吸がしづらい。心臓が早鐘を打つ。


「なんで生きているのか、死んだんじゃなかったのか、って顔をしているな。勝手に殺すなよー」


 茶色のくせっ毛に、黒目がちの瞳と泣きぼくろのある整った顔立ち。四十も後半で五十代近いのに、人によっては、見た目と相まって、お世辞ではなく「二十代?」と誤解する。息子である俺には一切引き継がれなかった。あまりにも似ていないから、横に並んでいても親子と思われたことはない。思われていたとしても、俺が覚えていないだけかもしれないけれども。


 事故死したはずの参宮隼人のホンモノが、俺を見て、敵意のなさそうな笑顔になった。俺はだまされない。


「この子が、オレたちを助けてくれたんだ。あのまま車に乗っておでかけしていたら、オレたちは交通事故で死んでたんだって?」


 ロクちゃんの左肩をとんとんと叩く。


 俺がロクちゃんを、三月九日に飛ばしたから。事故の話は、確かに、ロクちゃんにはした。その事故が起こる前に、ロクちゃんはひいちゃんと入れ替わってほしかったから。


「この子が、オレと一二三ちゃんのコピーを作ってくれて、それで丸く収めた。替え玉作戦大成功ってわけで。未来の科学の力ってすごいな!」


 オルタネーターは、宇宙人の細胞により生まれたもの。だから、オルタネーターも宇宙人と似たようなことができる……ってことか?


「ホンモノの真尋さんは縄でぐるぐる巻きにされてクローゼットにしまわれてたからびっくりしちゃったよね。一二三ちゃんが見つけてくれたんだよ……。すぐに救急車呼んで、真尋さんのお母さんにも連絡したよ。心配していらっしゃったから、オレが真尋さんから聞いた範囲で、元旦那からどういう扱いをされていたか、話をした」


 真尋さんは四方谷家に帰りたくなかったんだと思う。真尋さんの母親、つまり俺の祖母は、真尋さんの帰りを待ち続けていたが、真尋さんは、ひいちゃんの父親からどんな扱いを受けたとしても、実家に帰るという選択肢はなかった。なかったから、参宮家に来たわけだ。


 マヒロさんが真尋さんのフリをして帰ったときには泣いて喜んでいたし、マヒロさんの妊娠が発覚してからは孫の誕生――この場合はひ孫かな。まあ、どちらでもあるか――を望んでいたし。真尋さんご本人が帰らなかったのは真尋さん自身に思うところがあったからでしょ。


「退院したら、真尋さんとひいちゃんは四方谷家に帰らせる。ご実家で暮らしたほうが、絶対にいいと思う」


 余計なことを。どうしてそんなお節介を焼いたんだ。真尋さんの気持ちを考えてくれ。


「だから、拓三。また二人暮らしに戻っちゃうな」


 嫌だ。

 俺も四方谷家に行きたい!


「真尋さんは美人だし料理は美味かったし、頭もいいから、オレみたいなオジサンではなくてもっといい人を見つけてほしいよ……。もし再婚する気があるのならね。ロクちゃんの持っているレーザー銃の使い方のマニュアル、オレだけだったら読めてなかったからね?」


 どうしてロクちゃんは俺の指示を無視したの?

 俺はこいつに、死んでいてほしかったのに。


 ひいちゃんだけが生き残ってくれたらよかった。ひいちゃんと、俺と、その、ホンモノの真尋さんが押し入れに閉じ込められていたというのなら、ホンモノの真尋さんと、三人で、暮らしていく。それでよかったじゃん。


「やっぱり外大に入学するような才女は違うよ。情けないし、オレも勉強しないといけないなと思ったね」


 言わなくちゃ。

 こいつに、言わなくちゃいけない。


 言いたいこと、言いたかったこと、どちらもたくさんある。たくさんあるのに、こうして本人と面と向かって話ができない。ずっとそうだ。顔色をうかがって、のどに言葉がべったりと張り付いてしまって出てこない。頭の中ではずっと言葉がぐるぐると回っている。妄想でなら殴り飛ばせるのに、手も足も出ない。


 このままでいいはずがない。またあの日々に逆戻りしてしまう。これまでのように父親の言いなりにはなりたくない。俺は自由になれたはずなんだ。ずっと、いい子であるようにと押しつけられてきた。俺は生まれてから死ぬまで、参宮隼人の息子だ。出来のいい息子であるように取り繕ってきた。


「拓三は、どっちがいい?」

「……」

「オレと、親子をやり直すか、そちらのオレについていくか」


 そちらのオレ、としてあごで示した先に立っているのはニセモノの参宮隼人。ロクちゃんに銃口を向けられて、両手を挙げている。


「オレが金を盗んだってことになっている、のは覆せない。だから離婚するのは避けられない。というか、オレが何言っても頑として聞かない相手だから、金銭トラブル以外に問題を起こして、家族を続けたとしてもどこかで別れそうな気がするんだよね。被害を最小限に食い止めるなら、今だと思うよ。この辺は、オレに女を見る目がなかったってことで」


 ニセモノは、宇宙人だ。宇宙人はオレを愛してくれているのかもしれない。宇宙人なりに。


「ここに来るまでに考えたけれども、拓三は、オレのこと嫌いでしょう?」


 違う、と言いそうになった。そう言ってあげるのが、正しいのだと、直感が伝えてくれたから。言葉が出てこない。すんでのところで止まってしまった。


「……そうだよな。いい親ではないと思う。頭は悪いし、仕事が忙しいからってかまってやれないし、毎食廃棄で持って帰ってきたものを食わせていて、思い出そうとすれば思い出すほどに、普通の家族らしいことをしてこなかったな。泊まりがけで旅行するとか、いっしょに料理するとか、そういうの、やれたらよかったよ」


 違わない。オレはこいつが嫌いだ。嫌いだから、死んでくれて嬉しかった。


「言い訳に聞こえそうだけれども、オレなりに拓三が幸せになれるように頑張っていたつもりなんだ。オレより拓三のほうがめっちゃ賢いから、拓三の欲しかったものとオレが勝手に『拓三はこれが欲しいのではないかな』と思い込んでいるものは、たぶん違っていて、そのせいで、拓三にはつらい思いをさせてしまったと思う。ごめんな」


 ……。


「オレは拓三のことが好きだし、愛している。子どもとしてではなくて、一緒に暮らしている一人の人間として。すごいなって思うこと、たくさんあったし……。だからこそ、もし、宇宙人を選んだとしても、オレは拓三の選択を応援するよ。これまで通り、これからも」


 どちらを選ぶのが、正しいのだろう。


「タクミ」

「動くな」

「正解を選ぼうとするのではなく、タクミがどうしたいかで考えるのだぞ」

「これ以上しゃべったら撃つ」


 ホンモノの父親を見る。俺に語った言葉たちを信じたい。信じたいのに、もう一人の俺が邪魔をしてくる。こいつは、お前をだまそうとしている。まだ搾取され続けたいのか。


 ニセモノの父親を見る。俺が望めば、この宇宙人は別の姿になってくれる。また策略を巡らせて俺を陥れようとするかもしれない。油断はできない。


「……あのさ、宇宙人」


 ようやく言葉が出てくる。このまま一生話せなくなるのだとすれば不便だった。俺はロクちゃんに近付いて、危なっかしいレーザー銃を取り上げる。こうしないと宇宙人が話しづらそうだからさ。


「宇宙人って言い方、あまり好きになれないな。人間って呼びかけているみたいだし。なんて呼べばいい?」

「モアでいいぞ!」


 アンゴルモアの大王の、そのモアの部分かな。


「じゃあ、モア。モアは、俺のこと、好き?」

「うむ!」

「もう二度と犯罪行為はしないって誓える?」

「いいぞ!」


 金を盗んだり、人を監禁したりはしないでほしい。人間の社会で生きていくのなら、人間の作ったルールに従うべきだよ。


「タイムマシンももう使わないように」

「う、うむ……」

「あと、参宮隼人は二人もいらないからなんかその、可愛い女の子の姿になれない?」

「ふむ」


 モアはちらりとロクちゃんを見て、ロクちゃんを成長させたような姿になった。ロクちゃんがひいちゃんにそっくりだから、なんとなく真尋さんには近くなる。


「……それで、あの」


 まだ視線は合わせられない。緊張で足が震えそうになる。緊張することないのに。こればかりは、どうしようもない。


「おとうさん」


 絞り出すような声で呼びかける。もっとはっきりと発声したくても、今はこれが限界だ。


「俺には、今、どちらかを選ぶことはできないから……この四人で暮らしていけたら、どうだろ」


 これしか思いつかなかった。今の俺には、問題の先延ばししか提案できない。これから、父親を許せるのかもしれない。逃げるのではなく向き合っていきたい。そう思いたいだけかもしれない。今ここで結論を導き出して、今の気持ちでどちらかを選択してはいけないと強く思った。


「よーし、わかった。息子は渡さないからな!」


 ぐいっと父親に引き寄せられる。俺より背は低いのに力は強い。日頃の労働の賜物か。


「我だって!」


 逆にモアからも引っ張られた。のびるのびる。やめてくれよ!


「……」


 ロクちゃんは見ているだけじゃなくて止めてくれ!

 人間のためになんとかしてくれよオルタネーター!


「……まあ、いいのか、これで」


 よくない。ちっともよくない。このまま俺の腕が抜けたらどうする。おーい、ロクちゃんさーん!


「あたしは帰るわ」


 ロクちゃんが乗ってきたタイムマシンに戻ろうとしている。帰るって、未来に帰るつもりか?


「帰らなくていいよ」


 帰ったら、どんなことになるか。オルタネーターが危険なものだとされてしまった未来。オルタネーターのロクちゃんは、他の有象無象どもとともに処分されてしまうに違いない。大天才をそんな目にあわせてたまるか。


「そうだぞ!」


 モアが手を離し、ロクちゃんを抱き上げた。こうして見ると親子にも見えなくもない。


「我らと四人で暮らそう!」

「そうだよ。帰ることないよ!」


 参宮家、ふたたび四人になるのか。俺と、父親と、モアと、ロクちゃん。……人間じゃあないのも混じっているけれども、それはそれで。


「いいな、それ」



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Perfect Game 秋乃晃 @EM_Akino

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