第24話

 タイムマシンは指定した日時には移動できても、その時間のどこに行きたいかまでは決められないようだ。


「タクミの生まれた病院の、屋上だぞ!」


 到着した場所がどこなのかわからないので周りの建物から今いる場所を特定しようと試みていたら、ありがたいことに答えを喋ってくれる親切ながいた。今はマヒロさんの姿をしている。


 ここは一九九九年の七月二十日。正真正銘の俺の生まれた日になる。二〇一八年の現在とは街並みは結構違う。救急搬送時にヘリコプターが着陸するであろうヘリポートがあるので、マヒロさんの言う通り、ここは大きな病院の屋上っぽい。


「ついてきたの?」

「うむ。タクミが使ったのは、フランソワのタイムマシン。我には我のタイムマシンがある」


 マヒロさんの背後にUFOがある。なるほどね。


「よく、行き先がわかったな」


 位置情報の共有ができるんだろうか。もしくは「あの車を追え」みたいな感じで、追尾できるの?


「ここに来ることは、タクミがタイムマシンに乗り込んだ時点でわかっていたぞ。……不思議そうな顔をしているな。答えは単純明快だぞ! 


 扉が開いた。折りたたみ式の携帯電話を片手に、ドラムバッグを斜めがけにした男が現れる。


「未来の我!」


 男がマヒロさんに『未来の我』と呼びかけるから、ようやく顔を見た。見間違うはずがない。俺の父親。参宮隼人――の姿をした、この時間、一九九九年七月のアンゴルモア。あいつは『我』なんて言わない。俺の記憶の中の姿よりも若いのは、一九九九年七月時点での参宮隼人の姿だからだろう。


「……マヒロさんだけでなく、父親にも成り代わってたの?」

「違うぞ。タクミの父親の参宮隼人は、ちゃんと生きている。今は勤務時間中であろうな」


 生きている。マヒロさんの時と違って、成り代わっているわけではないってことか。


「我が今この姿をしているのはだな、これを持ってくるためにこの姿になる必要があったからだぞ」


 父親の姿の、過去のアンゴルモアはドラムバッグの側面をポンポンと叩いて、足元に置いた。何を持ってきたんだろう。未来のアンゴルモアと俺とがそのバッグに注目する。ふたりぶんの視線が集まったところで、宇宙人はファスナーを引っ張った。ギッチリと詰まった中身が明らかになる。


「紙……?」


 柄の違う紙。過去のアンゴルモアは、ランダムに三枚ほどつまみ上げる。


「これは香港ドルの紙幣だぞ」


 香港ドル。道理で見慣れないわけだ。


「これって、誰の金なの?」


 香港ドルと判明して、引っかかることがある。参宮隼人が、これだけの外貨を持っているはずがない。外貨預金していた話なんて聞いていないし。聞いていないだけでこっそり貯めていたわけでもない。


 あいつが死んだ時に財産を整理しなくてはいけなかったから調べたのだが、口座は二つしかなかった。一つは給与の受け取り先となっていた生活費用の口座。もう一つは、俺が生まれてくる前――時期的には俺がと判明したであろう月――から亡くなった月まで毎月一日にきっちり三万円ずつ入金されていた口座。


 出金されているタイミングから、後者の口座は用と推測されていた。俺から申請されたときに、俺に使うための臨時の貯蓄。……まあ、それだけ、見栄を張りたかったのだろう。貧乏暮らしだと思われたくないとは言っていた。だから、俺が勉強に必要なものがあればなんでも買ってやるから言ってくれ、と。



「我、否、オレと美雨は夫婦じゃんか。ヨメの資産は、オレの資産じゃあねぇの?」


 過去のアンゴルモアは堂々と言ってくれた。参宮隼人オレのもの、とも言える、のかもしれないけども、宇宙人のものじゃあないだろ。


「美雨は『盗まれた』と言っていたな!」


 この一言で、全部つながった。


 宇宙人はタイムマシンで過去に飛び、俺の父親の姿になって、母親の金を奪う。防犯カメラに映っているのは参宮隼人であって、その真の姿が宇宙人だとは誰も思わない。ホンモノは同時刻にまともに仕事していたのだとしても、疑われて、結果として離婚してしまって、母親は本国に帰ってしまうから、今の俺がいる。


 アンゴルモアこいつが悪いんじゃん。



「ははは」


 今からこの過去と未来のアンゴルモアを警察に突き出して「金を盗んだ参宮隼人はニセモノで、アンゴルモアが変身している姿です」だなんて言ったところで信じてはもらえない。逆に俺が捕まるかもしれない。未来からタイムマシンで来ました、と主張してみろ。階下の精神科に連れて行かれるのがオチ。


「はははははは」


 変えられないじゃん。過去は。タイムマシンを使って、ここに来たとしても。俺は真実を知っただけ。この俺の人生は、一体の宇宙人に弄ばれている。この世界の俺は、今日この日に生まれて、いまここにいるこの俺と同じ人生を送り、いずれここに辿り着くのだろう。過去には介入できない。変わらない。


「大丈夫だぞ、タクミ!」


 ……何が?

 何も大丈夫じゃないじゃん。


「我はタクミを見捨てはしない! ずっと一緒だぞ!」

「こんなことしておいて?」

「我はタクミを愛しているのでな。


 お前はそうかもしれないけども、俺は愛していない。


 こんな、可哀想な俺を生み出してくれちゃってさ。お前がこんな、こんなことをしなければ。参宮隼人に扮して、金を盗むなんて、馬鹿げたことをしなければ。俺は、普通に、家族として生きていけたはずじゃん。三人で、仲良く、暮らしていけたかもしれない。これだけの金があるんだったら、父親だって、あくせくして働かなくて済んだかもしれないし。


「そう、金! 金ならあるぞ! ここに! 日本円にしたらいくらになるかな……?」


 誰か助けてくれ。

 この得体の知れない宇宙人ではなく、人間の誰かが。


「ははは、ははは」

「楽しいなあタクミ! これからもっと楽しくなるぞ!」


 誰もいない。みんな、俺から離れていく。俺は何も悪くないのに。


「……む?」


 俺との幸せな未来を思い描いて笑顔になっていた宇宙人は、不意に真顔になり、空を見上げた。


 太陽とは真逆の方角からが時空を歪めながら現れて、突如として加速して屋上へと急接近していき、マヒロさんの肉体を真横から跳ね飛ばしていく。


「我!?」


 ニセモノの参宮隼人の背中から触手が伸び、跳ね飛ばされて屋上から落下しそうになっているそのマヒロさんを掴み取ろうとする。今度は三台目のタイムマシンから飛び降りてきた小さな影が、屋上に着地し、その手に握っているピストルのようなもので触手を撃った。照射された一本のレーザービームが触手を焼き切る。触手はマヒロさんを掴み損ねて空中で絡まった。


 次に照射されたレーザービームは、マヒロさんを貫いて、その一撃によって宇宙人を塵へと変える。


「ロクちゃん!」


 小さな影の名前を呼んだ。その紫色のツインテールの女の子は、フランソワさんのタイムマシンを借りて過去に送り込んだあの日と同じ服装をしていた。つまり、ひいちゃんではない。ひいちゃんの持っていた服に、オレンジ色のワンピースはなかったから。


 ロクちゃんは、どう見ても水鉄砲のオモチャにしか見えないそのピストルの銃口をニセモノの参宮隼人に向けながら、俺を見た。俺を『おにいちゃん』と呼んだ時とおなじ、さみしそうな目をしている。

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