第7話

「ごめんなさい…………」


 前に立つリーアちゃんを後ろから覗くと、大きな涙を流していた。


「全く……あそこは魔物が出るから絶対に入っちゃいけないって、あれだけ言ったのに……まさかリーアちゃんが破るなんて想像もしなかったよ。でも……誰だって失敗はするもんさ。今回は運よく帰ってこれたんだから、今後からは気を付けてね」


「はい……」


「リーアちゃんが一番反省しているようだからもうこれ以上は言わないわ。それと、セシルくん」


 エミリアさんが険悪な表情のまま僕を見た。


「はい」


「セシルくんには罪はないかも知れない。それにみんなを助けてくれたのもセシルくんだというから、怒るつもりはない。けどね。これだけは肝に銘じておきな」


「はい」


「――――男として生まれたなら、自分の手が届くところにいる女を守っておやり。リーアちゃんが飛び出した時点で全力で止めるべきだったわよ」


「っ……は、い…………」


 確かに、エミリアさんに言われた通りだ。


 まさかリーアちゃんが走り去るとは思わなかった。だから油断していた。でも――――その根幹にある部分は「僕にとってリーアちゃんはさほど重要な人ではない」という部分だ。


 それを……見透かされたようだった。


 もしリーアちゃんではなく、エマだったら? 考える間もなく全力で引き留めに行ったはずだ。それくらい自分の中でエマとリーアちゃんでは重要度が違う。一緒に過ごした仲でもある。だからそんな言い訳をすぐに考えてしまう。


 王子として生まれて、一人で王宮で過ごしていた僕の拠り所はエマだった。誰よりも大切な人だ。


 それを比べるのはエマに失礼ということ。


 けれど…………リーアちゃんが死んだら、僕は「関係ない」と言えるのだろうか?


「エミリアさん……違うんです……私がっ……」


 大粒の涙を流しながら、両手を握りしめてぐっと堪えるリーアちゃん。


 まだ齢五歳の幼児でも、自分の行動が招いた行動の結果に悔しがっている。


 僕は……どうして悔しがっていないのだろう……むしろ、ワクワクとさえしてしまった……。


 それを……エミリアさんは見透かしたんだ。


 僕自身の心に、僕自身に怒りが込み上がる。


 異世界に転生してセシルという人間として生まれて、どこか傍観者でいた。そこから目をそむけていた。やり方があったはずなのに、この一週間ずっと目を背けていた。


 だから、悔しくて、一筋の涙が僕の頬を流れた。


 ◆


「バレンさん。お待たせしました」


「くっくっ。エミリアに随分と怒られたみたいだな?」


「ま、まぁ……僕も色々反省しないといけませんから」


 バレンさんは少し笑いながら、目の前の黒い狼を見つめた。


「これを倒したのは?」


「リーアちゃんとルーンくんです」


「見た感じ、正面から一人、脇から一人だな?」


「ええ。リーアちゃんが最初に引き付けながら脇を攻撃、すぐにルーンくんが正面を攻撃して連携を上手くとってました」


「指示はお前か?」


「いえ。リーアちゃん本人です」


「彼女達に戦う力はない。そもそもEランクの中でも【ノービス】は最弱で、短剣でここまで戦えるとは思えない。何をした?」


「…………僕の才能です。僕のEランク才能――――【転職士】なんです」


「転職士!? なるほど……」


 バレンさんは不敵な笑みを浮かべた。


「でもおかしい点がもう一つある。いくら転職士であろうとも、彼女達に合った・・・・・・・才能に転職させるのは難しい。それは?」


「以前、バレンさんのことを見抜いた目・・・・・です」


 お互いの信頼を深めるのに、最も効果的なものは自分のことを知ってもらうことだ。僕が前世でやりこんでいたゲームの主人公がそう言っていたし、僕もおおむね納得してる。


 だから最初にこちらから秘密・・を共有する。まあ、先に覗いてしまったのはあるが。


「ほぉ……ということは、お前はその人に合った・・・才能に転職できるってことだな?」


「そうですね。そこでバレンさんに一つお願いがあります」


「言ってみな」


「今回の件で分かりました。僕は傍観者のままになりたくない。だから俺とリーアちゃん、ルーンくんの三人で狩りを許可してください。それと武器の援助をお願いします」


「くっくっくっ。この狼はな。Dランク才能ならレベル1でも簡単に倒せる魔物だ。だが、それでもEランクには脅威で、レベル1ともなれば、間違いなく殺されるだろう。それをお前は自らの意思で倒した。それはある意味――――快挙だ。いいだろう。お前のその不思議な力に援助する。そもそも俺はこの街に住むやつなら、応援するつもりだからな」


「ありがとうございます……! いつかこのご恩は必ず!」


「恩なんて大袈裟だ。それにお前達が狩りを行えば、狼肉が増える。できれば狩人チームを増やしたかったくらいだ。人手が足りないからな」


「もしこの先、安定してきたら、狩人チームをもっと増やします。きっとできます」


「ああ。俺も――――それに賭けたい。セシル。お前の力。役に立ってもらうぞ」


「ええ。存分に活躍してみせます!」


 バレンさんが伸ばした右手を握り返して、僕達の契約は結ばれた。


 ◆


 家に戻ると、みんな心配した表情で出迎えてくれる。


「みんな何をそんなに心配してるの?」


「だ、だって! バレンさんにセシルくんが怒られるのかなって……」


「あはは~大丈夫だよ。バレンさん、怖いけどめちゃいい人だし。それよりリーアちゃん。ルーンくん。エマ姉さん。メリナ姉ちゃん。みんなに聞いてもらいたいことがあるんだ」


「待って!」


 ピッと右手を上げるリーアちゃん。


「うん?」


「名前!」


「名前?」


「さ、さっきは……リーアって呼んでくれたでしょう? リーアでいいよ?」


 …………あの時は必死だったから、咄嗟にというか、「~ちゃん」なんて呼ぶ暇あるなら手短に済ませたかったからね。


「僕も名前で呼んで欲しいよ! セシルくん!」


「…………分かった。じゃあ、これからお互いに名前で呼び合おう。それでいいな? リーア。ルーン」


「「うん!」」


 さて、バレンさんを説得できたので、次は――――この二人と最強の刺客、エマの説得を始める。

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