第2話
「な、長かったぁぁぁぁ」
ようやく荷馬車生活二十日が終わり、僕は地上に立つことができた。
「
一緒に降りてきた彼女は、溜息をつきながらそう話した。
彼女の名前はエマ。年齢は僕より二つ上の七歳でお姉ちゃんみたいな存在だ。
目立たないように僕と同じくみすぼらしい格好をしているが、彼女はれっきとしたメイドである。
「エマ。僕はもうセシル
「いえ、私がセシル様のメイドであることは、
主人がどうなっても、メイドは永遠にメイド。彼女の家系はそういう家系だ。
それに僕の血は間違いなく王家のもの。父上は母上が違う男の子を妊娠したと主張したが、それは違う。母上の顔も知らないけど、僕には分かるのだ。
「でもここでセシル様なんて言ったら変な目で見られるから。これからは普通に名前でタメ語で話してね?」
「そ、それは…………」
歯切れが悪そうな彼女だが、僕達をここまで連れて来てくれた
サインはもちろん僕じゃなくエマのもので、それを今度は王都に持って帰るらしい。
…………この人達、生きられるといいね。セレステスラ王国って、貴族位至上主義なので、僕の秘密を知っているだけで処分されそうで怖い。僕が何を言っても、多分聞かないだろうから何も言えなかったけど、どうか生き残りますようにと祈っておこう。
「それにしても、悲惨だね。この街は」
「はい。王国内でも一番の辺境地ですし、荒くれ者ばかりが集まる場所ですから」
「これからここで住むのか……エマには苦労かけてしまってごめんね」
「いえ。以前にも話した通り、私はセシル様のメイド。どこまでもご一緒します」
まだ七歳だというのに、本当にしっかりしているんだね。
異世界の人々は大半が五歳で才能開花を受ける。だからなのか、五歳児でも前世とは比べ物にならない程に大人びた性格だ。
「セシル様じゃない。セシルだっ。いいね? あと敬語もやめてよね。多分目立つから」
「…………」
「僕が坊っちゃんだと利用されたらエマも困るでしょう?」
「かしこ…………え、ええ……」
賢い子だから、ちゃんと分かってくれるようだ。
さて、王国最大スラムとして有名なカリオストロ街に来たのはいいが、これからどうしたらいいものか。
エマと共に街の中に入ると、絵に描いたような世界が広がっていた。
酔って壁に野垂れている者、働く気がないのか道端で眠っている者、喧嘩したのかボコボコにされて倒れている者、色んな人がいる。
少し街の構造を確認がてら歩き回っていると、とある一団が僕達を塞いだ。
「見ない顔だな?」
「こんにちは。僕達
「…………ここに住みたいなら、先に首領に挨拶と許可だ。付いてこい」
そんなルールがあるのか……首領というからには強そうな人かもな。
さすがに五歳児の男児と七歳児の女児をどうにかしない人でありますように……!
街の大通りを抜けて、ひたすらに歩き、街の中心にある大きな建物の中に連れて行かれた。
◆
「首領! 新人です。親に捨てられた姉弟のようです」
屋敷の中のとある一室。
立派な机があって、そこから鋭い眼光を光らせた男がこちらを睨んだ。
年齢はまだ三十代と想像してたよりも若い。が、問題は年齢ではない。
この人…………。
---------------------
名 前:エンバ
才 能:
レベル: 8
【適性】
体: 腕: 俊: 魔: 耐:△
素: 久:△ 器:〇 精: 運:×
【才能】
体:A 腕:A 俊:S 魔:D 耐:B
素:D 久:A 器:A 精:D 運:B
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とんでもなく
まず、王宮でもAランク才能って王国最強騎士の数人しかいなかった。それと同等のAランク才能……しかも、よりによって【アサシンマスター】って…………これ絶対に暗殺を生業にする系の仕事に就いてる人だよね!?
才能と職業はイコールではないけど、彼が他の人同様に才能開花でこれなら、暗殺を生業にしている人達がスカウトしているに違いないからね。
ただ、適性を見るに、アサシンマスターの俊敏がSに対して適性が普通なので、どちらかというと、アサシンより器用が必要な職業の方が似合いそう。例えば、弓系統とかね。
それは今のところどうでもいい。問題はこれだけ強い人がどうしてここにいるのか。
「俺はこの街の首領をやっている。バレンと言う」
バレン……? なるほど……本名は隠すのだな。
「初めまして。僕はセシル。こちらは姉のエマです」
男の目が俺とエマを交互に見つめる。
「ここで住みたいのか?」
「はい。行くあてがないので……」
「いくつだ?」
「僕は五歳、姉さんが七歳で、どちらもEランク才能です」
「ふっ……なるほどな。お前達、外に出ていろ」
僕達を連れてきた人達が部屋を出た。
机に肘を上げ、口角を上げて僕達を見つめる。
「どうせ貴族か何かで母が平民から身ごもった【忌み子】なんだろ?」
忌み子というのは、貴婦人が平民の子供を身ごもって貴族の子供として偽り、Eランク才能を開花してしまった貴族の子供のことだ。
「そういうところです」
「くっくっ。この街はお尋ね者が流れつく街だからな。それにしても珍しい髪をしているな? 白銀髪か」
「生まれながらですね。母譲りなんです。兄弟は青なんですけどね」
「さすが忌み子か。くっくっくっ。まあ、ここで住みたいなら構わない。しかし、条件がある」
「どうぞ?」
彼の目が僕からエマに向く。
「その女が代わりに――――――
おいおい……まだ七歳児だぞ……?
このままではエマを好き放題にされてしまいそうだ。
僕を信じてここまで付いてきてくれた彼女を、ここで見捨てるわけにはいかない。そうしたくもない。
ここは答えを慎重にするべきだ。
…………彼は偽名を名乗っている。つまり、本名がバレるのは彼にとって都合が悪いはずだ。
「失礼ですが、姉さん…………ごほん。彼女はまだ七歳ですよ?」
「ん? 七歳だろうが五歳だろうが、ここでは働く者以外はいらない。特別に彼女だけの働きでお前も置いてやると言うのだぞ?」
「それでもです。まだいたいけない七歳の少女にやっていいことと、やっていけないことがあると思いますよ! ――――――
次の瞬間、視界が真っ黒に染まって、僕の体が倒れる感触があった。
「女。騒ぐな。騒いだらこいつの命はない」
さっきとはまるで違う声の
これが……アサシンマスターである者の強さか……。
だとしても、ここで引くわけにはいかない。僕だけでなく、彼女に辛い思いをさせないために、ここから彼との交渉を始める。
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