第5話
スラムの街、カリオストロ街に引っ越してきて一週間が経過した。
西エリアに住んでいるのは、ざっと見積もっても五千人はいそうな雰囲気。子供も千人以上はいそうだ。
他のエリアに住んでいる大人達を含めるとカリオストロ街に住んでいるのは数万に達すると思われる。
王都は万を超えて何十万も住んでいるんじゃないかってくらい広大だ。どれくらい広大かというと、街の端から端まで歩いたら一日が終わるくらい。
それだけ人がいれば、色んな人もいる。変なやつもいる。自然の
「おい! 貴様!」
「僕は貴様じゃなくてセシルっていう名前があるんだよ?」
「知ってるわ! それより、り、り、リーアちゃんの手を離せ!」
わっかりやすいな……。
怒りをあらわにしているのは、同じ五歳児組のシムくん。隣の隣の家の子供だ。
まだ若いというのにリーアちゃんが気になるらしい。
「シムくん。ダメだよ? セシルくんは手を離したら、すぐいなくなるから」
「いや、リーアちゃんがすぐどっかに向かうだろ?」
「え! 付いてこないセシルくんが悪いんだよ?」
なんというジャイアニズム……。可愛い見た目をしているが、彼女の猪突猛進っぷりは凄い。
「さあ~! 今日も木の実採りに行くよ~ルーンくん、セシルくん!」
そう言いながら手を引っ張られ、また走る羽目になった。
「あっ! こらああ!」
顔を真っ赤にして怒るシムくんを放置して、リーアちゃんは走る。今日も走る。
ここに来て、一番変わってるなと思えるのは、やっぱりリーアちゃんかもな。
◆
いつも通り、森にやってきた。
「さあ~! 今日も採るわよ!」
「最近採りすぎて、街の近くはもう生えてないな~」
木の実を採っているのは僕達だけじゃない。西エリアだけでも数千人は住んでいるので、大勢の子供達が木の実を採りに来ているのだ。
「むぅ……じゃあ、向こうに行こう」
「待て待て、落ち着け。あそこは進入禁止だろ? ダメだよ?」
エミリアさんから再三注意されたのは、木の実を採る場所が街付近と決められている。その奥や壁の外では採らないように注意されているのだ。
「でも木の実食べれないよ?」
「それなら仕方ないし、自然の物だからそういう時もあるさ」
「でも……う~ん」
まあ、木の実があるなしで食卓の豊かさが変わるのは知ってる。
けれど、入るなという場所にはそれなりの理由があるから守るべきだ。
――――その時。
「やっぱり、木の実があった方がいいと思う!」
そう言いながら、いつもなら僕達の手を引くはずのリーアちゃんは、一人で森の奥に向かって走り去った。
「リーア姉!?」
「リーアちゃん!?」
というか、さすがに僕達よりも
「せ、セシルくん! ど、ど、どうしよう!」
「ルーンくんはここで待ってて、僕は連れてくるよ」
「う、うん!」
ルーンくんを残して、僕は彼女の後を追いかけた。
森の景色はそれ程変わりはしないが、一つだけ。地面が少し黒い。普通なら土色をしているはずが、黒いのが少し不気味だ。
ここは誰も入るなと言われているだけあって、周りの木の実がちらほら見える。
走った先で木の実を一生懸命に採っているリーアちゃんを見つけた。
「リーアちゃん!」
「セシルくん?」
「入っちゃダメだってば!」
「でも……木の実がこんなにいっぱいあるんだよ? それに全然危なくないよ!」
「早く帰ろう?」
「もうちょっとだけ……」
彼女が必死になって木の実を採っているのを不思議に思いながら、僕も手伝う。
ここ一週間で見せた彼女の顔は、天真爛漫で思い立ったら即行動の少女ではあるけど、意外にやってはいけないことはしない子のはずだ。
それを曲げても木の実を持ち帰りたいんだろう。
多分梃子でも動かなさそうなので、彼女が早く満足できるように僕も手伝う。
それ程時間はかからずに、彼女の籠は木の実でいっぱいになった。
やっぱり手つかずの場所なら簡単に採れるんだな。
「さあ、帰ろう!」
「うん……」
リーアちゃんの手を握り、今度は僕が引っ張る。
急いで街に戻らないと……何があってからでは遅いから。彼女に怒るのは後だ。
――――その時。
「い、いやあああああ! 来ないでえええええ!」
森の中によく
「ルーンくん!?」
ただならぬ声に、急いで声がした方に向かう。
茂みを越えた先、震えるルーンくんと、目の前に大きな――――黒い狼が威嚇していた。
魔物。
実際に目にするのは初めてだ。
荷馬車で二十日間移動している間も、魔物を目にすることはなかった。
噂で恐ろしいと聞いていたけど、実物は噂よりも遥かに――――恐ろしい。
だが、怖がっている場合じゃない。
冷静になれ。このままではルーンくんが食われてしまう。そうなったら、ここに来てしまったリーアちゃんも、助けられなかった僕も何もかもがぐちゃぐちゃになる。
「リーアちゃん! 全力で木の実を狼に投げて!」
「えっ……? う、うん!」
籠の中から木の実を狼に投げ始めると、狼の視線が僕達に向く。
「ルーン! こっちに来て!」
大きな涙を浮かべたルーンくんが必死になってこちらに走って来る。
だが、これは攻撃ではなく、あくまで目くらまし。魔物に通用するはずもなく、狼は慎重にこちらを観察する。
魔物でさえ冷静に現状を判断している。
このままでは僕達が生き残ることは無理だ。逃げ切れない。
「みんな! 急いで木の上に登るぞ!」
「「分かった!」」
火事場の力。
そんな言葉が頭を過るくらい、僕達は必死に木を登った。
少し太めの枝に僕達三人が座り込む。
「うっ……うう…………うっ……」
リーアちゃんが必死に泣くのを我慢しようとしてる。
きっと……後悔しているんだ。自分がここに入ったせいで、僕と弟を巻き込んだことに。
「ご――――」
「リーア。ルーン。よく聞いてくれ」
二人が僕に注目する。
こんなところで死んでたまるか。できることを精一杯やって、足掻いて見せるさ。
僕を信じてここまで付いてきてくれたエマのためにも。
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