第2話 斬首作戦(後編)

 フロアを下る途中で発見した配電盤は全てこじ開け、空調関係を除く全ての配線を引き抜いた。クリアリングの途中で警備服を着た人間と出くわしたが、最初から両手を上げていた。それは銃すら持っていない老人だった。ここは、もぬけの殻のようだ。どこまでも青いタイルカーペットを走り抜け、時折鉢合わせるシャツを着た民間人を銃声で脅しながら、どんどん下のフロアへ降りていく。しばらく下った先で、急にフロアが広々とした景色に変わった。綺麗な大理石の床が広がり、フロアの中心ではエスカレーターが交差して伸びている。ショッピングモールに到達したらしい。壁際は一面のガラスになっており、そこからの街の景色は爆発と煙が立ち昇る修羅場と化していた。戦闘が激しさを増している。上空を見ても爆発の光点が絶えない。無血開城と聞かされていた作戦は、どうやら思い通りには進んでいないようだ。


「激しいな」


 班員の一人、工兵がぼやいた。


「いいから前進だ!非常階段から降りるぞ!」


 部下2人と共に警戒しつつ階層を下りていく。ショッピングモールでは、店員か受付嬢かよく分からない複数の女性と出くわした。銃を天井に発砲して平伏させる。真面目な表情で何か話しかけてきた女もいたが、言葉が分からない。なんにせよ肝心の戦闘員はここには居ないようだ。早く地上と連携して、ここを友軍の中間拠点にしなければならない。どうも外の様子が芳しくないのだ。三階まで降りると、ガラスの壁に紛して自動ドアがある事に気づいた。もうここは外と繋がっている。


「警戒!ここで無線を繋ぐ。00から連絡は?」


 00は作戦司令部の呼び出し番号だ。


「00の感なし!ただ、傍受した他の無線が聞こえます」


 若い通信兵が答えた。


「どこのだ?」


「海軍の用語が聞こえました。おそらく揚陸部隊だと」


「連絡取れるか?」


「やります!」


 早く来てくれ。ざっと二十階を一気に下りてきた所で、すでに目眩と息切れを起こしていた。他のグループはまだ下りてきていない。落ち着け。友軍は来る。武装解除はすぐだ。


「隊長・・・、あれ」


「ん?」


 右後ろを警戒していた通信手の声に反応してそちらを見た。彼が監視するガラスの壁の先、線路を跨ぐ大きな歩道橋の隅で何か黒い点が見える。あの黒いのは・・・、人の頭?


 その瞬間、目の前のガラス窓が割れて側面の壁に赤い放射状の模様が飛び移った。同時に通信手は、肩から力が抜けたように崩れ落ちて、銃を握ったまま床に倒れた。


「敵だ!!狙撃手!八時歩道橋上!」


 私は叫びながら、あの黒点目掛けて攪乱目的で発砲した。


「あっ、ああ」


 左を警戒していた工兵はすぐに状況を呑み込めていない。


「戻れ!非常階段に戻れ!」


 私は倒れた体を引っ張って非常階段部屋の扉の後ろまで引きずった。彼を引き摺った後は血糊で染まり、大理石の床に赤い道を作っていた。撃たれた身体をひっくり返してみたが、すでに瞳孔も口も開いている。即死のようだ。


「無線手がやられた」


「クソッ・・・」


 非常階段室の中で、「クソ」という工兵の嗚咽が何度も反響した。ここは広い。ダメだ、落ち着け。息を吸え。整理しろ。


「一旦、他の班を待つぞ。こいつを後送させる」


「了解・・・」


 悲しみと混乱に沈む工兵の顔を見ると、私はハッと目醒めた。私自身、同僚が死んだ事に動揺はしているが、それよりもアドレナリンが抑えられない。悲しむのはこいつに任せて、私は犠牲を抑えるために班を動かさなければならない。とにかく、このビルは確保されている。それを進撃してくる友軍に伝えなければならない。そのためにはここを守るグループと偵察を行うグループに分ける事を私は計画していた。我々の現在位置を友軍に伝えて、周囲の敵を排除するための支援も仰ぎたい。


「みんなが来たら、我々は偵察に出るぞ。友軍に我々の状況を伝える」


「ここの確保はどうするんですか?」


「他の班に任せる。このビルが空っぽな事は分かってる。それでいい。それよりも我々が今同じ場所に留まる方が危ない。俺達は偵察を兼ねて友軍の進撃予定区域に移動し、現状を伝えるんだ」


「・・・了解」


 エリア確保は重要だが、群れるわけにはいかない。まとめて始末されるリスクを減らすためにも、兵の一部が別行動を取るのは悪い選択ではない。


 タッタッタッタッ。


 戦闘ブーツの聞き慣れた足音が近付いてくる。そちらに目をやるとグループBの通信兵の姿があった。その背後には他の隊員も追従している。彼らと認識を共有して通信手の亡骸を引き取ってもらうと、私は工兵と二人バディで非常階段をさらに下りていった。地下四階まで下りたところで、金網のフェンスに阻まれ行き止まりとなった。ここからスタッフ専用通路を通じて地上への道を模索する。ひたすらコンクリートの壁が続く長い通路は、先ほど配線を引っこ抜いたせいで真っ暗だ。足元をライトで照らしながら、少し進んでは立ち止まってその場にしゃがみ、周囲の兆候に神経を尖らせる。


 その時、遠くから足音が聞こえてきた。今まさに開けようとしている非常扉の向こうからだ。歩いている足音だ。次第に明瞭になってくる。


「ライト消せ」


 二人共、銃に装着したフラッシュライトを消した。真っ暗闇の中で、足音だけが確実にここへ向かっている。二人・・・、いや三人か。そして、急に足音が消えた。


「こっちに来るぞ。そこに隠れよう」


 小声で工兵に指示した。非常扉の脇には標識などの資材が山積みにされている。そこに寄りかかってやり過ごす事にした。もし敵がこちらを索敵してくればすぐにバレてしまうので、その時は発泡を決断しなければならない。私は工兵の左肩を強く掴んで、ここで音を立てるなという意思表示をした。案の定扉がゆっくりと開き始めた。空いた隙間からライトの白い光が差し込んでくる。そこからゆっくりと一人、二人、三人と人影が入ってくる。シルエットには腕から伸びる鈍器のようなものが見える。その輪郭や動作から、明らかに「異質」だと気付いた。三人はゆっくりとした足取りで、我々が歩いてきた通路の方へ向かっていく。そして最後の一人が警戒のためか我々が隠れる資材置き場にライトの光を向けてきた。


 バァン、バン、バン!


 もう存在を隠しきれないと判断してトリガーを切った。こちらを照らしてきた一人が崩れ落ち、ライトの光は乱れて天井を照らしていた。立て続けに発砲して反撃の隙を作らせない。奥の人影に向けて数発ずつ撃ち込むと、人影は全て床に倒れた。


 静まり返った通路に火薬の匂いが蔓延る。


 フラッシュライトを点けて倒れた人影を照らしてみると、それはやはり戦闘員だった。緑の迷彩を纏った軍服は、我々の青系迷彩とは全く異なる日本側の兵士だった。新たな足音が聞こえない事を確認して、工兵に無線機を回収するよう指示した。死体の胸部にぶら下がった無線機は、ノイズと共に低音の声が聞こえてくる。我々の言語ではないようだ。


「何か言ってますね」


「ああ、こいつは持ち帰るぞ。ダンプポーチに収めとけ」


 死体から無線機を回収する工兵を眺めながら、私はこの状況に違和感を覚えた。こいつらは、クリアリングの手順も踏まずにトコトコと入ってきた。まるでパトロールだ。音の反響が強いこの空間で、他に敵の気配はない。班単体で攻めてくるなど、敵はどんな指揮系統で動いているんだ。地上の友軍の進撃を考えれば、やや悠長ではないか。


「回収よし」


 死体の物色を終えた工兵が言った。


「敵の無線は切ったか?」


「いえ、オレのイヤホンをこいつに接続して今も傍受してます。音漏れはしてません」


「いいぞ!」


 二人は今度こそ非常扉を通過して、狭い地下通路から地上へ出る方法を模索した。人目につきやすいメトロは避けたい。


「メトロのマップさえ有ればな・・・」


「仕方ないさ。とにかく地上の様子を伺うぞ。適当な場所が見つかればビーコンを設置する」


「了」


 通路の突き当たりまで走り抜けると、そこにもまた同じ形の扉があった。なんの表記もない扉の先に何があるのか想像できない。そっとノブに手を添えて扉をゆっくりと引き、僅かに空いた隙間から向こうの様子を伺う。そこには通路よりずっと開けた空間があった。そして明るい。電気がついている。ビルの配電設備の影響外なのだ。奥の方には幾つものバーで道を塞がれた検問所のような場所がある。あれがメトロの改札かもしれない。


「ダメだ、ここは横断できない。引くぞ!そこの非常階段を登ろう」


 私は一センチほどの隙間から向こうの景色を確かめていた。左の改札口から右の方へ。。


 カァン、カァン!!


 突然、扉に添える手に振動がはしり金属を弾く音が耳元で響いた。


「うわっ!」


 それを聞いて工兵が怯んだ。これは銃撃だ。


「下がるぞ!階段だ!」


 横手に見えていた非常階段を登る事にした。ここから今すぐ離れなければならない。走りながら咄嗟に非常階段を見上げると、数フロア上は明るい。出入り口を通じて外からの光が入っている。地上だ!あれは電灯の光ではない。やや弱い光源と風を感じて、あの先に外界がある事を確信した。息を切らしながらも銃口を階段の死角へ向けつつ登り抜けて、私は工兵より先に出口へたどり着いた。

 

 そこは確かに外だった。広大なアスファルトの道の上には横並びの信号機が見える。そして道路脇に車両が停まっていた。それは装甲に覆われ巨大なタイヤを付けた軍用車両だった。しかし馴染みのない見た目だった。彩色も形状も、我が軍のものではなかった。


「隊長!・・・」


 気付けば私は出口の外にいた。地上では友軍の進撃どころか、戦闘の形跡すら見られない。ただ目の前には、見慣れない戦車が鈍いエンジン音を轟かせて止まっている。そのハッチから上体をさらけ出している人間が見えた。緑色の迷彩服と、肩には白い布に赤い点が一つ滲んだ模様が貼り付いている。そして彼は、こちらの方を指差しているように見える。


「隊長!!」


 戦車の砲塔が音もなく動きだした。針金のように鋭く伸びていたキャノンがこちらを向いて、一点に収束したところで動きを止めた。

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Capital Tokyoを占拠せよ! @TheYellowCrayon

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