Capital Tokyoを占拠せよ!

@TheYellowCrayon

第1話 斬首作戦 (前編)

「ユーラシア大陸に横たわる大国。


広大な領土の中、植民地で育った男は出世を願い、軍の空挺特殊部隊に志願した。


過酷な訓練を仲間と乗り越える日々。そこで彼の能力と人格は、次第に大きな人望を宿していく。


そして言い渡された出撃命令。彼は部下を抱えて大型輸送機のキャビンに乗り込んだ。目指す先は東の島国。その都はトーキョーと言った…」


・・・・・・


 東京湾上空。

 国籍不明大型輸送機、格納キャビン内。


 左腕のG-Shockに目をやると、丁度五時を指そうとしていた。離陸してからまだ何の指示もないが、ブリーフィング通りならもう敵地は目前のはずだ。まだ撃墜されていない事を感謝せねば。


 機内は冷えるかと思ったが、案外そうでもない。むしろ実戦の緊迫感と背中に密着した落下傘の重みで、寒さなど感じなくなっているのかもしれない。輸送機に搭乗してから既に三時間。窓のない機内では酔いに耐えきれず吐く奴が出始めていた。訓練のようなアクロバット飛行はないものの、やはり窓のない鉄骨に囲まれた部屋というのは堪えるらしい。


「総員、立て!!」


 部屋の端でハッチに寄りかかる降下長が叫んだ。もう着くのだ。トーキョー上空に・・・。


 一列に並び機体の壁にもたれ掛かっていた隊員達百人全員が一斉に立ち上がる。


「総具点検!!」


 降下長の両手を振るジェスチャーと同時に、空挺隊員達は前の兵士が背負う落下傘を手で触れて点検する。訓練で繰り返した点検動作は体に焼き付いており、手が勝手にパラシュートの異常を確かめる。数秒で点検は終わり、列の最後尾の隊員が降下長にグーサインを送った。


「降下五分前!!」


 いよいよだ。案外あっさり訪れるモンなんだな。

「本番」の瞬間は。


「おい、あんた」


 後ろから声が聞こえた。振り向くと顔馴染みのない、別の中隊要員だった。だが同じ降下員であることに変わりはない。


「あんた降下地点は?」


「277だ。同じだろう?」


「そうだな。落ち着かなくて聞いたんだ」


「大丈夫だ。昼までにはきっと終わるさ」


「作戦通りならな」


「ナガサキとオーサカはもう落ちた。俺らだってすぐ片付くさ」


「へへっ、よく言えたもんだぜ。オレらはキャピタルの真ん中に降りるんだぜ?」


「ああ。だから家族へのお土産をどうするか考えてたのさ。デパートへ降着したら息子用の自転車を持って帰るつもりさ」


「それならオレは冷蔵庫だな。3段のでっかいやつを部屋に置きたい」


 談笑しながらお互いを鼓舞し励ましていた。


「降下三分前!!」


 降下長は叫ぶと機体後部ハッチを開けた。外気が出口の壁に衝突して、機内は強烈なノイズに包まれる。


「着いたな」


 ハッチが押し上げられると、出口から夕陽のような薄赤い光が差し込んだ。外はいま朝焼けなのだ。そして、辛うじて下方も確認できた。灰色の不均一な地面が見える。広大な市街地だ。もう海上を抜けて目的地上空まで来たのだ。


「トーキョーだ」


 果てしない絨毯のような光景を目の当たりにして、ただ呆然と眺めずにはいられなかった。後ろの奴の顔を見ても同じだった。その様子を見てふと我に帰る。


「すぐ終わるさ。地上で合流しよう!」


 最後に同僚を鼓舞した言葉だった。


「ああ!地上でな!」


 その時私は、知り合ったばかりのそいつと拳を交わした。


「降下一分前!!」


 降下長は目を見開いて、並ぶ隊員達の最終チェックをしている。列の先頭に立っていた隊員が、出口の目前まで歩いて移動した。先頭は、出口から吹き込んでくる風圧を喰らいつつも両脇の手すりを掴んで姿勢を保っている。あとはこの輸送機のパイロットが降下の可否を判断して、ブザーが鳴れば皆ぞろぞろと出口から降りて行くだけだ。


「十秒前!!」


 唾を呑んだ。背後の勇者とグーサインを交わす。


 ジリリリリリリ!!


「降下!!降下!!降下!!」


 先頭の奴が空中に消えた。約一秒間隔で一人ずつ降下して、最終的に百人全員がここから消える。一人ずつハッチから消える度に街の景色が近づいてくる。すぐ前の奴がタラップから飛び出して姿を消したその次!


 機外へ跳び出すと、横殴りの突風に押さえつけられて息が詰まる。数秒後にパラシュートが開いて風が安定してくると、視界は一気に開けて巨大な絨毯の全貌があらわになる。


 地平まで続く果てしない市街地だ・・・。


 この中でランドマークを見つけなければ。降着点の候補は三箇所に絞られている。どこだ。下方のビル群を舐め回すように目標を探索する。


「あそこか!」


 自分の足元、やや前方にひときわ目立つ高層ビルがある。屋上がヘリポート兼展望台というのはあそこの事か。ブリーフィングで示された降下地点で間違い無いだろう。その周りもまたビルが幾つもそびえ立っており、おそらく交通の要衝である事が見て取れる。敵が集結している可能性もある。


 降下地点目掛けてパラシュートを操作する。左右各々の手に握られた操作ワイヤーを引っ張りながら、進行方向を微調整する。このまま行くと屋上に降着できそうだ。


 降着点が落ち着いた事で、少し俯瞰して街を見渡すと所々から煙が上がっているのが見える。我々の先制攻撃によるものだろう。また、右手の湾の方を見ると飛行機雲のような線が、地上から雲の上目がけて縦に何本も伸びている。敵の対空ミサイルだ。空では火柱が上がり落ちていく飛行機の影が見える。すでに戦端が開かれ、正面切っての殴り合いが起こっている。幸い、降下予定地とその周辺に人影は見えない。こうして浮遊している間は敵に狙われない事をただ祈るしかない。屋上へ接近すると、芝生の上に書かれた「H」のマークが、次第に大きくなってくる。後十メートル程のところで両足を閉じて膝の力を抜く。私はそのまま人工芝のヘリポートに着地して一度受け身を取った。


 無事着地したものの、まだ閉じていないパラシュートに身体が引っ張られて、どんどん屋上の隅へ追いやられていく。そこで腰からナイフを取り出して両肩から伸びるパラシュートのベルトを断ち切った。浮遊凧と化したパラシュートは風に流されて、やがて展望台の手すりに巻き付いた。


 無事降着すると、目立たない場所に移動してから周囲を見渡す。誰の姿も見えない。敵兵も市民もいない。退避命令が出されて市民達はもう居ないのかもしれない。私は胸に縛着していた自動小銃を取り出して構え、進行方向に銃口を向けながらこのビル内部への侵入口を探した。展望台の脇に稼働していないエスカレーターを見つけ、それを下った先には大きなガラス張りの壁があった。小銃で数発ガラスを撃ってから足で蹴ると、ガラスの壁は一気に崩壊した。私が確保した屋上に、次々と後続の隊員が降りてくるのが見えた。一分もしないうちに、私が立っている入口に十人近くの隊員が集結した。


「当初の予定通り、班ごとにフロアを洗っていくぞ。Aはフロアの奥を前進。Bはこのエスカレーターを下る。Cはあそこのエレベーター周辺を索敵してから追従せよ」


 私は現時点で集結したメンバーに任務を付与した。当初から組まれていた三人毎のグループにそれぞれ違う場所からの建物侵入を指示した。本来は最後尾で到着する小隊長に指示を仰ぐ所だが、彼の降着を未だ確認できない。ここでは時間を優先して、分隊長の私が指揮をとる事にした。


「了!」


 この高層ビルをクリアリングしながら下り、最終的には地上を進撃する上陸部隊と合流しなければならない。補給もなく軽装な空挺兵は孤立したらおしまいだ。ここは静かだが、いま下はどうなっているのか一切分からない。しかし、昼までには仕事が終わって分遣隊のキャンプで煙草に火をつけている未来が頭をよぎり、湧き上がる不安を押し殺した。

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