君がなにをしたって、なにを言ったって、私は大丈夫 後編

 ミミは母のところへ戻った。道中、あらゆる植物が黄緑色を取り戻していた。しかし花びらや果実などは未だに黒ずんでおり、奇妙な状況は一層深まったばかりだ。

「ミミ! おかえり。さっき植物に色が戻ったけど、もしかしてあなたがなにかしたの?」

「発光していた草に触れたら、こんな風になってしまったんだ。緑色をもっていたものが色を取り戻したんだ。植物だけじゃなく、ほら、僕の服だって」

 ミミは上着の両肩を手でつまんだ。上着は緑だけ強調するかのように、それ以外の部分は白黒となっている。

 母はミミを小屋のなかへ入れた。

「色が戻ったってこと? 一色だけだけど。あなたはそれについて何もわからないの?」

 母がミミから上着を脱がす。手にとってまじまじと見つめる。

「俺は本当に触れただけなんだ。光る草はたまたま発見しただけだったし、その草はきづいたら消えていたんだ」

 ミミは奇怪な現象に動揺を隠しきれなかった。母はミミを抱きしめて、彼の汗を拭ってあげた。

「ねえ、あなたがたまたまその植物に触れて、本来の色を持つものに………いえ緑を持つものに色が還元されたってことよね。仮にこの白黒現象が世界中に起こっているとして、あなたは偶然にも近場でその植物に触れて、世界中に一色だけを還すということをしたのよね」

「うん? どういうこと」

「つまり、この世界にすべての色を戻せる可能性があるってことよね。緑色は光の三原色の一つ。すべての色を取り戻すためには、もしかしたら残りの赤、青が必要かもしれない。そしてあなたが近場の林で、しかも世界が色を失ってから数日で重要な一色をみつけることができた」

「え? つまり?」横たわっていたミミが体を起こす。

「こんなにも簡単に、色をとりもどせたということは、他の色も案外すぐにみつけられるのかもしれない。もし光の三原色の三要素を見つけるだけで世界に色がもどるというのなら………」

「俺、みつけるよっ」ミミは立ち上がった。

「俺が、赤色や青色がもどる植物──植物かわからないけど──を探し出すことさえできれば、地図がよめるようになって目的地の町に行けるわけだ!」

「まって、今のは私の推測よ。残り二色を見つけるだけでいいなんてことがありえる? 少なくとも、この現象の動向をもうすこし注視すべきよ──」

「まだ日がでている。夜になると全く目は頼りにならないけど、残りの一色さえみつければ! お母さんと俺は真の自由になれる!」

 ミミはそう言い残して、小屋から飛び出していった。母は、まって、と叫んだがミミは手を振りそのまま走り去った。


 三時間歩き続けた。近くからさざ波の音が聞こえる。ミミは小石の散乱する勾配を上って、海岸へでた。とにかく直線的に進んだだけで、まさか目的のものを見つけられるとは、ミミも予想していなかった。

 見下ろすとちいさな入り江があった。鋭くとがった岩が入り江を囲んでいる。入り江は青色に輝いていた。

「まじか!」

 ミミは両手をあげて一気に坂を下る。遠くの海は黒くうねっているのに、沖合から沿岸に近づくにつれて、グラデーションで青さを増していく。

 ミミは海岸線のそばで足を止めた。唾を飲み込む。発光していたのは植物ではなく海水だ。しかし、鈍い光が空気中に滲むように光る姿は一緒に見える。

 ミミは海水に手をのばす。手が触れたとたん、目の前の海水から水柱があがり、あたり一面が青一色に染まった。ミミは水しぶきの勢いで後ろへ飛ばされる。


 目をあける。青い空がみえる。しかし、透き通るような青空ではなくてどこか寒々しさを感じる空だった。

「お母さんの言っていた光の三原色は正しかったんだ。青が世界に戻ったぞ………! 緑は植物から………青は海から………。きっと、その色を代表するものがこの現象を元に戻す鍵なんだ! 残りは赤。赤と言えば、リンゴ? ちがうか」

 ミミは体を起こす。前方を見つめる。まず、入り江の海水が完全に消えていた。干上がったというよりも、きれいに消滅した感じだ。視線を上げる。視線の終着点に白い太陽があった。

「なるほど。もしかして赤は太陽から取り戻せるのかな? でも今は、まったく赤くみえない。夕日の時刻になったら赤くなるとか? でも太陽なんてどうやったら触れればいいんだ? とりあえず、お母さんのところへ帰ろう」

 ミミは立ち上がって、もと来た道を辿りはじめる。

「赤といえば………血? ちがう。赤………火? ちがうか。赤………赤………」


 赤色は小屋から滲んでいた。母のいる廃屋だ。

「………なんで?」

 ミミは胸騒ぎがし、駆け出した。


 小屋に入ると、母が地べたに座って「おかえり」と言った。母から赤い光が輝いていた。

「お母さん!」ミミは、母のもとへかけよろうと出しかけた足をひっこめた。もしかしたら母が、発光していた植物や海水のように消えてしまうかもしれないと考えたからだ。

「ミミ。ちゃんと青色を取り戻せたのね。光の三原色はあっていたみたいね。すぐわかった。でもね、そのときあたしにも変化がおきたの。なぜか急に体が赤く光りはじめて………。すぐに察したわ。どうやらあたしは、世界に色を還す最後の要素になったってことに」

「………そんなうそだ。なんでお母さんが………。人は赤じゃないじゃないか」

「ねえミミ、あなたがあたしに触れたら世界はもとに戻るのよね。早く触れてちょうだい」

 ミミと母は涙を流した。

「無理だよ。お母さん………。なんてこと………だ。俺が触れたらお母さんは消える!」

「そうよね。でもやるしかないのよ。神様がわたしを選んだのなら、あなたはそれに応えなさい」

 ミミは首を横におもいっきりふる。

「無理だ! 無理だ! 無理だ! 無理だ! 無理だ。無理だ………。………無理だ」

「ねえ、わたしはミミとこうして二人だけで過ごせて満足してるの。もうこのまま二人で死んでしまうまで、ずっとここで暮らしてもいいかなって思うほどに。あの人から解放されて、新しい生活がはじめようとした矢先に、こんな現象に遭ってしまったけど。これもいいかなって」

「よくないっ」

「そう、よくない。このまま躊躇している状況も。あなたはわたしと死ぬまで生活するなんてわたしは許さない。あなたは一人でこれから生き延びていかなければならない。あなたは、あたしに頼らず生きていけかなければならない。だから、私に触れて」

「なにをいっているのかわからないよ」ミミは困惑した。

「あなたは私の息子。私はあなたの母。わかっているでしょ? 私があなたに求めていること。世界をもとにもどして、あなたの人生を送るのよ。私があなたを独占するくらいなら、私は自ら死の道をえらぶ」

 ミミは泣き喚いた。

「………俺は………お母さんを………失い………たくない………!」

「私から、あなたに触れることもできるのよ。でも、あなた………いえ君の成長のためには君から触れる必要があります」

「うおっ。うおおおっ。おおおっ。うわぁっ。ああぁ。ああっ」

 ミミは地面に伏した。

「顔をあげなさいミミ。君がなにをしたって、何を言ったって、私は大丈夫」

「ああっ。ああっ。おあぁっ」

 ミミは手を伸ばした。震えがとまらない。母は顔をミミの手にうずめた。

「ミミ、愛している」


 世界が本来の色を取り戻した。花は色彩を取り戻し、空は澄んだ青空に。大地は色づき、真っ赤な太陽に照らされて動植物は鮮やかに輝きだす。


 





十五年後。とある家の会話にて。

「ねえお父さん。愛ってなに?」

「愛は人の心だよ」

「人の心って何? どんな形? どんな色?」

「ハートの形をしていて赤いのさ」


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

17作品目「君がなにをしたって、なにを言ったって、私は大丈夫」 連坂唯音 @renzaka2023yuine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ