後編
「……白髪見っけ」
結局、教えてやってしまった。抜いてくれとせがむ妹のためにせっかく生えた白髪を抜いてやり、今度は反対側の髪にとりかかった。優しい姉が
たとえば、インク切れしたカラーペンを買ってきてくれるとか。わたしはパッケージデザインの仕事をしているが、まだ入社したばかりなので休日でも手は動かしておきたい。でも雨の日の外出は
編み終わった毛先をゴムで結び、アメリカピンで後ろに留めていると、妹がそうだそうだと
「わきのところ、これで留めて。これ、いいやつなんだ」
「いいやつ?」
「願掛けに効くんだよ。大学受験の時もこれをつけたら受かったんだもん」
ああそう言われてみれば確かに、あの日もこの子の髪を編んであげて、この可愛らしい、淡いピンクと赤紫の花がついたバレッタをつけてやったんだった。珍しく弱気な妹に、絶対受かると励ましながら髪を編んだ覚えがある。バレッタを耳のすぐ後ろにつけてやると、妹は鏡を
妹が出かけてしまってから、わたしは机に向かい、デザインの本や写真集、読み
夜になった。両親は帰宅が遅いし、妹も夕食は食べてくると言っていたので、ひとり分のカレーを作っていると、玄関のドアが開く音がした。廊下の様子をうかがってみると、妹が靴を脱いでいる。
「あれ、ご飯いらないんじゃなかったの?」
妹は答えずにそのまま
「絶対脈ありだと思ったんだけどなあ。バレッタの願掛け効かなかった」
「あ、まだ彼氏じゃなかったんだ」
妹はこくんと
「はい、これ。お姉ちゃんのお使い、ちゃんと覚えてたからね」
「お使いなんて頼んだっけ?」
「頼んだよー、雨の日は億劫だから買ってきてくれって」
紙袋の中を覗くと、そこにはわたしが愛用しているカラーペンが入っていた。しかも欲しかった色が。わたしは目を
髪の毛を編みながら、わたしは妹がカラーペンを買ってきてくれればいいのにと念じた。そして最後は願掛けに効くというバレッタで留めて……。
「わはははっ」
急に笑いがこみあげてきて、妹は驚いてこっちを振り返っている。ああ、そうかあ。
「ごめん、ごめん。でもあんたもたまには役に立つじゃない?」
「人聞き悪いなあ、もとから気が利くんだよわたしは」
妹はちょっと唇を
「カレーにゆで卵を乗せたいひとー」
声をかけてやると妹はにこにこと笑って手を挙げた。
「はーい」
まったくこれだから末っ子ってやつは。でもいざというときに使えるアイテムがあるとわかった……あの可愛いバレッタ。これからは負けてばかりじゃないぞ、なんてね。わたしは鼻歌まじりで冷蔵庫から卵をふたつ取り出した。
髪を編む 深緑野分/小説 野性時代 @yasei-jidai
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