隙間話1 新しい年

 はぁっと息を吹くと白い息が舞い上がる。トリシアとルークは二人してエディンビアの中央広場に向かって歩いていた。日はまだ登ったばかり。


「晴れてよかったな」

「朝日綺麗だったね〜!」


 先ほど二人でを見てきたばかりなのだ。


(一年の計は元日にありって言うし〜)


 なんてことをトリシアは考えているが、転生して初めてこんなことをした。パーティを追放され、貸し部屋業を始めて心機一転したかったのだ。心の余裕が出てきた証拠でもある。


「そういえばルークとおしょうが……新年を一緒に過ごすのって初めてじゃない?」


 庶民の新年といえばトリシアの前世とあまり変わらない。家族で集まり、ちょっといいものを食べ、いいお酒を呑んでのんびりと過ごす。

 一方貴族はお屋敷でパーティだ。領地ではなく王都のタウンハウスで過ごし、より華やかな王宮主催のパーティに参加する貴族もいる。

 ルークの実家であるウィンドボルト家は数年に一度は王都で新年を過ごしていたし、王都に行かずともトリシアの住んでいた孤児院にやってくることはなかった。

 もちろんルークはその頃からすきあらばトリシアの顔を見に行きたがっていたが、貴族としての役目を果たすべきという、幼い頃からの刷り込みが彼の足をなんとか屋敷内に留めた。


「俺としては今年がこれまでで一番いい新年の日だな」

「アハハ! まだ今日は始まったばかりだよ」


 トリシアはルークがツンとした、それでいて澄んだ空気の中で朝日を見るというイベントを気に入ってそんなことを言ったのだと思っている。

 だがそんなことは関係なく、彼の中では今日が人生で一番幸せな『新年の日』なのは間違いないのだ。なんせトリシアと一緒にすごしているのだから。

 昨夜、トリシアから今日の『新年で一番最初に登ってくる太陽』を見に行く話を聞いて、前のめりで自分も行くことを宣言したのだ。恋愛偏差値の低いわりにチャンスは逃さない男である。


「でも本当に今年はいい年になりそう!」


 そんな予感がトリシアの中に溢れていた。

 朝からご機嫌なトリシアを見てルークも思わず顔が緩む。自分と一緒にいる時に笑ってくれていると彼は心底安心した。自分は嫌われてはいない、という安心の仕方が彼の悲しい性ではあるが……。


 街中の通りに入ると、人々が新年の挨拶をしながらトリシア達と同じく中央広場の方に向かって歩いている。


「この街のお店、新年四日目くらいから開けるんだって! でもね、お祭りみたいに屋台は出てるし、西門の方はちょこちょこ開いているお店があるみたい! 助かるよね〜」


 知ってた? と隣を歩くルークを見上げる。街によっては新年のお休みでどの店も一週間休業している場所もあった。トリシアは冒険者を始めたばかりの頃、ちょうどこの時期にそんな街に滞在していたせいでちょっぴり寂しい新年を迎えたことがある。


「冒険者向けの店は儲け時だからな。だいたい帰る家なんてないやつらの行き場も必要だろ」

「帰る家……」


 トリシアは自分の心臓が一瞬跳ねたのがわかった。


(ルークは……いいのかな……帰らなくって)


 そんな寂しそうな表情のトリシアに気がついたのか、ルークはいつものように彼女の頭をわしゃわしゃにする。


「わっ」

「俺にはあるだろ。食糧も買い込んでたこと知ってんだぞ!」


 彼はこの後トリシアが企画している『龍の巣』の新年会をこっそり楽しみにしていた。一日中トリシアと一緒にいる理由があるということだ。


「屋台はかなり出てるな」

「甘い匂いもする〜! さっすがエディンビア!」


 神殿前の広場に到着するとまだ朝早いにも関わらず、新年の祈りを捧げるために神殿を訪れた人たちが、その帰りにホットミードや焼き串、焼き菓子を屋台で買い、熱々のままハフハフと楽しそうに食べていた。


(世界が変わっても人間って同じようなコトするんだなぁ)


 それがトリシアに不思議な安心感を与えた。


「甘いもんがいいか?」


 実はルーク、しょっちゅう手土産を買ってに戻ってくるのだ。それもトリシアの分だけではなく他の住人の分まで。今回も買って帰ること前提に店の選定を始めている。その瞬間に立ち会えたとトリシアはルークにバレないよう顔を背けてニヤついていた。


(あれって無意識だったんだ!)


 まさか早速、今年初ニヤつきと初驚きを済ませるとは。


「そうだね! ……ねぇあそこの! 出来立て美味しそう!」


 ルークのマントを掴みベビーカステラのような焼き菓子を指す。


「んじゃ帰りに買って帰るか!」


 そんな小さな触れ合いが嬉しくてルークの方は満開の笑顔になっていた。


(また明日を迎えられますように)

 

 多くの冒険者は同じようなことを祈る。表の広場とは違い、シンと静まり返った神殿の祈りの間では冒険者の姿も見られた。

 彼らは——トリシアはいつも通りの明日を迎えられるかわからない。

 それに加えてトリシアは例年とは違う祈りも付け加えていた。


(……来年も再来年もここに来られますように)


 新年初日に気が早いとトリシアは一人で小さく微笑んだ。


(だってこの街に帰る家を作っちゃったんだもん! ここの生活を長く楽しみたいじゃない?)


 顔を上げるとルークは真っ直ぐ神殿のステンドグラスを見つめていた。祈ったのか、祈らなかったのかはわからない。


「……トリシア!」

「あら」


 神殿を出るとリリとノノがいた。トリシアを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。


「新年って……何をすればいい……?」

「……アッシュはお酒をいっぱい……呑む日だって言ってたけど……」


 違うよね? と、ホットミードやエールを売っている屋台をチラチラと見ながらちょっと不安気に尋ねた。彼らの幼い頃の記憶とちょっと違う。


「もう呑んでんのかよ」


 呆れ声のルークに頷く双子。トリシアはプッと吹き出して笑った。


「う〜ん……いい一年になるといいねって話しながら私達と一緒に食事をする日かな?」


 お酒もありで、と一応アッシュも庇っておく。


「……!」


 双子の目が明らかに輝いていた。自分達の記憶にある新年の日と相違がなかったようだ。


「さ。土産買って帰んぞ〜」


 トリシアの両脇を双子に取られても今日のルークは不貞腐れることはなかった。


「ルーク……ご機嫌?」


 ノノが気が付くほどだ。


 ルークは幼い頃、領地の神殿で祈り願ったことが叶ったことを思い出していたのだ。


『トリシアと一緒に新年を迎えたい』


 新年の祈りで領地や家の繁栄ではなく、こんな個人的なことを願ったことに罪悪感を抱いたからこそ思い出していた。だがもう、そんな罪悪感を抱くことはない。そのくらいの心の強さは手に入れた。


「今年は楽しくなりそうねぇ!」


 日が高くなり始めたからか、中央広場は先ほどよりも賑やかになっていた。新年を迎えワクワクとした人々の心地よいざわめきを聞きながら、トリシア達は家路につく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【本編完結】イチャつくのに邪魔だからと冒険者パーティ追放されました!~それなら不労所得目指して賃貸経営いたします~ 桃月とと @momomoonmomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ