番外編7 弟のお願い2

「え? なに? なんだって?」

「今そのケルベロスと一緒に住んでるんだ」

「んん? それはどういう意味だ?」


 ゴールディは、そういえばこの腹違いの兄はこういうところがあったと思い出していた。嬉しそうに笑ってはいるが、同時にからかっているようにも見える。


「ハービーは今王都にいてな。ケルベロスとは別居中~」

「え? なにがどういう話……?」


 一方兄の方はというと、早く話してしまいたいような、もう少しじらしたいようなソワソワとした心持になっていた。

 アッシュはウキウキとした自分を自覚していた。以前ならばそれすら隠して飄々と振舞うことに努めていたが、今はもうそんなこともしないので側から見てもご機嫌なのがわかる。


 アッシュは机の書類をまとめ、帰り支度をしながら経緯を説明し始めた。

 ハービーとケルベロスは無事冒険者となり生計をたてていたが、パーティに裏切られてこの街に辿り着いたこと。アッシュと同じ冒険者専用の貸し部屋に住んでいたこと。自分の実力を自覚し、冒険者以外の生きていく術を得るために王都の師範学校で今頑張っていること。


「なんでも面倒見のいい旅の商人のお陰で生きてく方法がわかったって感謝してるから、次にその商人に会った時に褒めてもらえるような男になりたいんだと」


 そうしてアッシュは満足そうに笑いながら弟を褒めたたえる。


「なかなか立派なことしてんじゃねぇか」


 この言葉を受け取ったゴールディは、一瞬理解できずに固まった。だが、じわじわと自分の中に温かなものが染み込み始め、途端に体をくねくねとしながら上がる口角をどうにか上がり過ぎないように力を込め始めた。 


「ええ~なんだか照れるぁ」


 自分の人生の中で、シルヴィオに……アッシュに褒められるような日がくるなんて想像もしていなかったのだ。幼い頃、兄の才能が妬ましいと思う気持ちを決して表には出さなかった。歯を食いしばって誇り高い辺境伯の息子を演じていた。なぜなら急に領主の子として領城で生活するようになった腹違いの兄は、周囲から針の筵であるにもかかわらず、飄々と生きているのだから。

 ゴールディはアッシュのことが妬ましくて、羨ましくて、そして心の奥底で憧れていた。


 年甲斐もなくニヤニヤと照れる自分を誤魔化すかのように、ゴールディはウォホン! と咳払いする。


「いやその……生きてて何よりだ!」


 ニヤリ、とまたも満足そうに笑った兄を見た。


◇◇◇


 アッシュはゴールディを連れて龍の巣へと向かう道すがら、ちょうどケルベロスとのダンジョン帰りの双子と出会った。


「おぉ! 覚えてるか! パースにプレジオにフューリー!」

「……」


 明るいゴールディの声色とは裏腹に三は一瞬怪訝な表情をしたが、パースとプレジオは何かを思い出すかのように鼻をゴールディに近づける仕草をして、二本の尻尾がゆっくりと大きく揺れはじめた。


「おぉ! 覚えてくれてるかぁ! ……フューリーは相変わらずだなぁ」


 満面の笑みでケルベロスに声をかけるゴールディを見て、双子はその表情に見覚えがあることに気が付く。

 

(アッシュに似てる……)


 そう二人でアイコンタクトをとった。笑った時の顔がとても似ている。特に笑った時にできる目じりのシワなんか、アッシュと全く同じに見えたのだ。その不思議な感覚を確かめようと双子は同時にアッシュに顔を向けた。


「おう! こいつ俺の弟!」

「よろしく! ゴールディだ!」


 二人はペコリとお辞儀をしながらたどたどしく自己紹介をし、


「貴族の弟……」

「……弟……弟さんも……ショシ?」

「うんにゃ。本妻の子」


 フーン。と二人はただ納得した。だがトリシアは違う。 


「トリシア! 急で悪いんだが、今日ゲストルーム使わせてもらいてぇんだ。一応ちゃんとした身内……弟のゴールディ」

「はじめまして! 急に押しかけるようなことをして申し訳ありません」


 ゴールディはとても愛想よく紳士的に、そして丁寧にこの若い女冒険者に挨拶をする。


「え!? ええ!? もちろんどうぞ! ゆっくりしていってください」


 それを聞いてトリシアの隣にいたティアは早足でゲストルームを整えに行っていた。アッシュも嬉しそうにゴールディを案内する。まずは自分の集めた古書を見てもらうつもりなのだ。彼が誰かにそんなことをすること自体珍しい。


「ゴールディは……本妻の子なんだって」


 リリからそう聞いたトリシアは、明らかに反応に困る顔になる。


「へ、へぇ~~~……」


 アッシュの教養の深さから、それなりに教育を受けさせる余裕のある家の出身だろうとは思ってはいたが、今目の前にいる弟と呼ばれた男性の身なりはルークやエリザベートとはかけ離れている。


(没落貴族……?)


 そもそも、本妻の子と庶子というのは仲良くできるものなのか。気まずくはないのか。お互いライバル視をするものじゃないのか。そんな妄想が沸々と湧いてくる。


(昼ドラの記憶に影響され過ぎ……?)


 知り合いの貴族はことごとく貴族らしくない生活をしているので、参考にならないことはわかっている。


「……旅の商人だって……あとで面白い商品見せてもらえるんだ……トリシアも一緒に見よう……」


 ノノはほんの少しだけワクワクとした目で、帰宅途中に聞いた話をトリシアに伝えた。


「へぇ! 楽しそうね」


(旅商人……?)


 自分の想像を補完するような情報を得て、やはりお家が傾いたのかな? と、トリシアは勝手に彼らの出自のイメージをかためはじめていた。実際はまだまだ彼らの実家は健在で、特別優秀な嫡子たちはいなくなってしまったが、問題なくお家は続いている。


「ねぇねぇ。二人ともここまで来る途中どんな様子だった……?」


 こっそりとリリとノノに尋ねた。素直に現状を見たまま把握していいのか確かめておきたい。アッシュとその弟は本当に仲良しの兄弟で、特別な配慮は必要ないと。


「ハービーのこと……話してた」

「……プレジオ達のことも」

「ガウ」


 だが欲しかった答えは返ってこず、さらに謎を深めたのだった。


「なんで……?」


 まさかそこに繋がりがあるとは、トリシアも思ってはいなかった。


◇◇◇


「え!? アッシュの弟!? あいつ弟いるのか!?」


 夕方、龍の巣に帰って来たルークは誰よりもアッシュの身内が存在することに驚いていた。一階の階段の前であったトリシアにそれを聞き、目を見開いている。


「そう! ゲストルームに泊まるのよ~」


 トリシアはそのことが嬉しくてたまらない。今なら得意気な顔をしていいだろうと、ドヤ顔でルークに報告していた。自己満足で作ったゲストルームがしっかり役目を果たしている。


「皆の反対を押し切って作ってよかった~」


 ゲストルームなんて、冒険者の貸し部屋にいるか? という自分も含めた周囲からの疑問の声に耳を塞ぎ、ただあるとカッコイイという理由だけで作った部屋だったが、やはり役に立つ日もあるのだ。


「こんなこともあるんだな」

「ね! 誰かが訪ねて来てくれるのってちょっと嬉しいし」


 アッシュはこの後ゴールディを連れて飲みに行くと言っていた。トリシア達も誘われたが、まずは久しぶりの再会を二人で祝ってと断ったのだ。どの道ゴールディはしばらくエディンビアに滞在するのだから、あらためて海外での仕事の話も聞かせて欲しいと。


「……誰か来て欲しいやつがいるか?」

「そうね~ベックは今遠い街にいるみたいだし、ガウレス傭兵団の皆も忙しそうだしな~」


 ルークがイーグルのことを言っているのだとわかってはいるが、トリシアはそれに触れなかった。だからルークも、


「そうか。まあアイツらなら近くに来たら呼ばなくても来るだろ」


 そう言ってトリシアの頭をくしゃくしゃにして撫でた。トリシアもほんの少しだけ微笑み、ポケットから綺麗に包まれた小さな箱を取り出す。


「ねぇ! さっきゴールディさんから綺麗な貝殻買ったの! 遠くの国の海にしかないやつだって。ルークにあげる」

「えっ!?」


 突然の贈り物に、ルークは一瞬で余裕あるS級冒険者の姿は消え去りさり、アウアウと挙動不審になった。


「あ、え!? 俺に!? そうか……! あり、ああありがとよ!」

「どういたしまして」


 ルークは海が好きだ。トリシアは彼がこっそり海辺で綺麗な貝殻や小石を集めているのを知っていた。彼の反応を見て満足そうに笑うトリシアを見つめながら、ルークはこの嬉しくて幸せでたまらない気持ちをどう表現すればいいか迷った。だが、その迷いがいけなかった。


(くそ~~~スキルが邪魔になる日がくるなんて……!)


 階段の上に男二人の気配を感じたのだ。彼のスキルで、それがアッシュ(と、おそらく噂の弟)でこちらの様子をうかがっているのもわかる。そうして彼が、ルークがスキルを使って自分の存在に気が付いたことにも。


「邪魔して悪かったな~~~」


 階段をおりながら、相変わらずニヤニヤとしたアッシュにルークは顔が赤いままジトっとした目を向けていた。アッシュとしては本当にたまたま出くわしただけの不可抗力なのだが、ルークの能力スキルはよく知っているので、そうなるともういつも通りの態度ニヤニヤで出て行くしかない。ノゾキでもしていると思われるのも立場がない。


「まったく……相変わらず誰でもかまわず揶揄うんだから……」


 呆れ顔だが同時にちょっと嬉しそうなゴールディは、


「兄の恥ずかしい秘密を後でお伝えいたしましょうかね。そうすればちょっとは大人しくなるでしょう」

「えぇ~!? 久しぶりに会った兄よりあっちの味方か~!?」


 わざとらしくアッシュが騒いだ。


「いやいや。お金の匂いがする方の味方をするだけだよ」


 これでも商人ですから。と、ゴールディもわざとらしくすまし顔をする。

 

 そうして二人で顔を見合わせて大笑いした後、酒場へと出かけて行った。


 普段見ないような浮かれているアッシュに驚きながら、トリシアとルークも、


「なんだったんだ?」


 そう言って二人でポカンと彼らを見送ったのだった。


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