番外編7 弟のお願い1

 エディンビアは冒険者あこがれの地だ。実力のある冒険者は多くの稼ぎを得て、実力も名声も認められる。その地の冒険者ギルドというのは、そんな猛者達を相手にするのだ。

 長らく務めた前任のギルドマスターが引退するとなった時、周囲はやはり心配した。しばらく混乱するかもしれないぞ。と。だがそれは杞憂に終わる。

 彼のギルドマスターとしての評価は領主からも冒険者からも、そしてギルドの職員たちからも好評だった。


「別に前任のギルドマスターの時もそうだっただろ~俺はユーゴさんが作ってくれた土台の上でノンビリ寝転がってるだけだって」


 アッシュは自分が新たなギルドマスターだと知らしめるために、他所のギルドでよくあるような大きな改革を打ち出すことはしなかった。前任者によって作られたギルドの土台を急激に変えて内も外もバタバタするのを避けたのだ。実際、エディンビアの冒険者ギルドは他所のギルドよりずっと冒険者にわかりやすく、親切なシステムが出来上がっていた。


「ギルドってのはあくまで裏方っていうユーゴさんと同じ方針だからよ~」


 それがありがたかったことを、アッシュ自身実感している。

 職員の青年はニコニコと頷いていた。アッシュが照れ隠しをしているのはわかっているのだ。


「アッシュさんは色んな新しい試み、ギルドマスター権限で許可くださるので」


 前任者のユーゴは元は研究職の人間だった。いまだにほとんど何もわかっていないダンジョンそのものを研究しにエディンビアにやってきて職員の一人として働いていた。だがいつの間にか冒険者ギルドのギルドマスターを押し付けられてしまう。そのせいか自身も冒険者ギルドの職員の大勢の中の一人と言う感覚が強く、大きな決断が必要な時は会議を開いて物事を決めていた。


「ハハッ! それなぁ~! 経理担当からは毎日お小言くらってるけど……まぁ景気がいいうちに試せるもん試しとくのも悪くないだろ」


 早く決断が下ればその分早く動ける。実際のところ、エディンビアの冒険者ギルドは過去最高の利益を得ているので、で済んでいるというところもあった。


「間違いのないギルド運営が長かったからなぁ~おかげで俺は随分楽させてもらってんだ。ちっとは貢献しねぇとよ~」


 前任者から指名された時、まさにそのことを本人から依頼されていたのだ。ギルドの中が煮詰まっているから、何か新しいことを、と。自分は急激な変化が苦手で成しえなかったと。


 長年心に思っていた女性がもうこの世界にいないという証拠が、あの小規模スタンピードから出た後、アッシュは急に自分の存在意義がわからなくなった。心のどこかですでに彼女が死んだとわかっていたのに、それがハッキリした途端、結局は絶望に包まれた。


(確たる証拠が出ればスッキリすると思っていたが……)


 現実は違った。彼女の名が刻まれた冒険者タグが見つかっても、ただ身動きが取れなくなるだけだった。


 そしてそのことを知ってか知らずか、そのタイミングで声をかけてくれたのが前任のギルドマスターであるユーゴだったのだ。


『私も年も年だ。次にまたスタンピードが起こった時、まともに動けないギルドマスターなんて皆心配だろう?』

『お前さんなら生意気な若い冒険者を諭すことも拳で黙らせることもできるじゃないか~! 非力な私はそれが羨ましくってたまらんよ!』

『エディンビアのダンジョンはまだまだ未知なことが多い。だからこそここまで冒険者を集める。そんな街の冒険者ギルドのトップだぞ? そりゃもうやりたい放題よ』

『私も老い先短い……最後にダンジョン研究の総まとめをしたいんだ~頼む。頼むよ~~~』


 と日々の口説きから泣き落としまでを経て、アッシュはギルドマスターを引き受けることに決めた。どうせ身動きが取れないのなら、ずっと彼女の側で。そう思ったのだ。


「ギルドマスター。お客様がいらしているのですが……」

「おう今日は誰だ~?」


 ギルドの職員が執務室で書類に目を通しているアッシュに声をかけた。ギルドマスターを訪ねてくる人間は多い。特に新任のギルドマスターと仲良くなって便宜を図ってもらおうと考える人間は多くいた。

 アッシュは職員の声色から、相手がどんな人間かいつもは察しが付く。面倒くさそうな相手かどうか。だが今日は何とも言えない相手のようだった。


「お身内の方と仰っております」

「身内ぃ!? そりゃデカく出たなあ!」


 アッシュは大笑いした。彼は国外の出身だ。しかも生き残っている身内は全員が貴族。そんな人間がエディンビアにやってくるはずがないと、いつもなら追い払うところを怖いもの見たさで会うことに決めた。


「よーうシルヴィオ! 久しぶりだな……と違った、ここではアッシュだったな!」

「……ゴールディ……? え? お前そんな……え? ……え!!?」

「ヴァハハハ! やーっとお前を驚かせることができたぞ!」


 ゴールディと呼ばれた男は呆気にとられた表情をしているアッシュを前に満足そうに大笑いしていた。身なりは商人だが髪はボサボサで薄汚れている。とても貴族出身には見えない。


 ゴールディ・エヴァンズ。アッシュの腹違いの弟で、隣国のエヴァンズ辺境伯の元嫡子。アッシュはその家の下女が生んだ子供で、頭もよく魔力も持っていたために跡継ぎのスペアとして育てられていた。その際出自を誤魔化すためか、シルヴィオという新しい名前を与えられたが、城を抜け出した時にその名前は捨てていた。


「オリバーが跡を継いだことは聞いてたが……」

「お。流石ちゃんと情報は仕入れてるんだな」

「まーな。だがお前が何をしてるかまではわかんなくってよ」

「そりゃあ名家のエヴァンズ家の正妻の息子が城のもの盗んで行方不明なんて誰も言えないわなぁ」


 ケタケタと笑った後、出されたお茶をすする所作は身なりに似合わず美しい。


「……お前、本当にゴールディか?」


 思わず前提を尋ねてしまうほど、アッシュの知っているエヴァンズ家の嫡子と雰囲気が違った。いつもなにかに追われているような、切羽詰まった表情の弟ではなく、なんとも楽しそうに生きている行商人が目の前にいる。


「本人だよ~なんならお前が家庭教師にやらかしたイタズラの数々を今の部下に話してやろうか~?」


 茶化してみるが、アッシュの怪訝そうな顔を見てカップを置いて真面目に話し始めた。


「……人間いつまでもキリキリ胃を痛めながら生きてはいけねぇからなぁ……俺もそんな俺自身に見切りをつけて貴族の身分をエヴァンズ家に置いてきたわけよ~それももう随分昔の話になっちまった」


 ゴールディは正妻の子として、そして嫡子として厳しく育てられてきたと同時に全てを与えられてきた。だがある日突然やってきた腹違いの兄にその世界は崩されてしまう。有名な家庭教師も、名のある剣士や武闘家も、アッシュにはいなかった。なのに彼はゴールディの世界にやってきたその日から自分よりもはるか上の存在だった。


「やっぱシルヴィオはすげぇな! エディンビアの冒険者ギルドマスターって……この国じゃあ一番でかいギルドのトップってことだろ」

「規模で言えばな」


 各ギルドの中枢は王都にあるが、冒険者ギルドに関しては王都は情報集約と他国との情報交換の場としての機能がある以外は、ここエディンビアの冒険者ギルドより小規模だ。


「あの辺境伯が後継者にしたがるわけだ」


 ケタケタと笑うゴールディを見て、アッシュは気まずそうだ。


「ありゃあお前を焚きつけるためだろう」

「いいや。俺の母親さえ素直にウンと言えばすぐさまお前を正式に後継者として指名しただろうよ……だから城を出たんだろ? 俺のために……」

「んなわけあるか。おふくろが死んだら元々出るつもりだったんだ」


 二人の父親は子供に愛着はなく正妻の子供だからとゴールディを嫡子としていたが、下女に生ませたアッシュが大変優秀だとわかると、はじめはアッシュの言う通り、嫡子への起爆剤としてアッシュを自分の子として城で教育をし始めた。ゴールディの不安を煽り、ライバル視させてさらに奮起させるのが狙いだった。

 しかし蓋を開けてみると、アッシュの優秀さは群を抜けていた。そうなるとこちらを嫡子にした方がいいに決まっている。そう判断した。

 アッシュはゴールディが死に物狂いで勉学に励んでいることを知っていた。両親の期待に応えようとそれはもう必死に。なのにどんどん息子を追い詰める血の繋がりだけの父親の行動が気に入らなかった。


「またまた~~~可愛い弟のためだろ~~~?」

「だから俺はあのクソ親父の思い通りになるのが癪だっただけだよ」

 

 誤魔化すようにわざとらしく肩をすくめたアッシュをゴールディは目を細めて見ていた。


「おかげで俺もさっさと城を出る覚悟できたから感謝してるよ! 頭のいい兄貴がこの城にいる意味ないって教えてくれたようなもんだからな!」

「そんで今何してんだ?」


 これ以上何か言うのも恥ずかしいのか、アッシュは頬を指でかきながら話題を変えた。


「旅の商人さ! こんな身なりだが儲かってるんだぜ?」


 ゴールディ曰く、旅の最中は出来るだけ質素な格好で。客に会う前に綺麗な物を新調するのだと得意気な顔をして語った。

 

「何売ってんだ?」


 彼の荷物は小さい。必要最低限持ち運ぶ冒険者とそれほど変わらない量だ。


「金持ちの物好きマニア向けにな」


 美しく珍しい宝石から始まり、珍しい虫型魔物の標本に、遠くの国の貝殻、挿絵の美しい初版本、偉人の遺骨まで。世界中を周って仕入れているのだ。

 エディンビアへは初めてきたが、大きな市が開かれるだけに期待していると言っていた。鑑定スキルはないが、貴族として暮らしていた知識を基に今やあらゆるジャンルの商品を見極めることができる。


「よくもまぁこんなの売る相手を見つけられるなぁ」

「収集家の中には自慢しあいたい人間も多いからなぁ~そういうところから情報を貰ってんだよ!」


 なるほどと感心しているアッシュを見て、ゴールディはいよいよ嬉しそうに少年のように顔をクシャリとして笑った。


「やっとお前をそういう顔にできたぞ!」

「んあ? なんの話だ?」

「ガキの頃はまあ俺を気の毒そうな目で見てたからよ~」

「そ、そうだったか……?」


 思い当たる節があるアッシュは目をしどろもどろにさせていた。そんな兄を見るのも初めてなゴールディは今度は声を上げて笑う。だが彼はもうわかっている。あの時の腹違いの兄の瞳は、哀れみではなく、心配しているからこその陰りだったのだと。自由になった今だからこそわかる。

 

「まあいいや! それでなんで俺がわざわざここに来たかって言うとだな~」

「なんだよ! 兄貴に会いに来たわけじゃねぇのか~?」

「それもあるが……ちょっと調べて欲しい冒険者がいてよ」


 ゴールディの目がほんの少し悲しそうになったのをアッシュは見逃さなかった。


「かなり珍しいんだが……ケルベロスを使役してる少年がいてな……これがテイマーでもなくってよぉ~……ケルベロスの方も操られているわけじゃねぇから表情があって可愛いんだこれが! 何年か前に護衛に雇ってな」

「ほーん……それは本当に珍しいな」


 アッシュはもちろんすぐにハービーの顔が浮かんだ。に帰ればいつもいるケルベロスの姿も。だがこの弟がどうして思い出を語りながら、こんな悲痛にあふれた表情になっているのかがわからない。


「え? シルヴィオ知らないか? そのケルベロス、今このエディンビアにいるぜ!? 俺は今日、西門の近くで見かけてよ! 声かけようとしたら前一緒にいた少年とは違う奴らと歩いてて……あまりにショックで呆然としちまってたらどこに帰って行ったか見失ってな……」


 はあ……と大きくため息をついてゴールディは話続ける。


「今ケルベロスを引き連れてるパーティと、前にケルベロスと一緒にいた冒険者の消息を知りてぇんだ……お前の力でどうにかわからんだろうか……」


 うつむいたままの弟を見て、アッシュはこみ上げてくる笑いを堪えていた。もちろん、弟を馬鹿にしているわけではない。この世界の巡りあわせが、なんとまぁ粋なことをするもんだと……愛する人を奪った世界が憎らしく感じた日もあったが、それすらもう許せそうな気がしてしまっていた。


(世界ってのは案外狭いんだなぁ)

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