[12] 後書

 中学校で講演をやった際に世辞を言ってくれた先生の紹介で、編集者を名乗る男と会うことになった。なんでも『珍しい職業の人物』に文章を書いてもらって、それをネットに掲載しているという。

 近所のさびれた喫茶店で待ち合わせ。夏だというのにしっかり紺のスーツを着込んだちゃんとした感じの男が現れた。身長はひょろりと高くいかにも室内で仕事してるといった感じで、年齢は俺とだいたい同じぐらいだろう。

 こちらに気づいた彼は目を細めてトウジョウと名乗ると頭を下げた。


 ほどよくクーラーのきいた空間で熱いコーヒーを飲みつつ話を聞く。なじみの店のなじみのコーヒー。いつも飲みたくなる、というほどじゃあないが、時たま思い出して足を運ぶと心がほぐれる。そういう店のそういうコーヒー。

「ゾンビってだいぶ身近になったとはいえ、そこまで身近な存在じゃないんですよね。いや身近になりすぎても困るんですけど。だから、つまり僕も含めてみんな、ゾンビの存在は知ってるんですけど、じゃあ具体的にゾンビがどういうものなのか? よく知らないんですよね。そういうわけですから日常的にゾンビに接している方に何か書いてもらいたいんですよ。そうすることで実体としてゾンビをとらえられるというか」

 それだけ一気に少し早口気味に話してから、トウジョウくんはアイスコーヒーを手に取った。シロップとフレッシュをまとめてぶちこんでかき混ぜる。見てるだけで口の中にあまったるい味が広がった。


 要するに何か書いてほしいといっても、そう堅苦しいものではないということらしい。そもそもきっちりした正当なものを書いてほしいのであれば、始めから俺になんて話はまわってこない。頼まれたところで真面目に文章を書いたことのない素人には荷が重すぎる。

「それでなんですが、前もって言っていた何か自分で書いたもの、特にゾンビに関わるものならなおよし、って感じのもの何か持ってきていただけましたか?」

 アイスコーヒーをぐいっと一息に飲み干して、トウジョウくんは話をつづけた。事務所でつけてる業務日誌の俺が書いたところだけ適当にコピーして持ってきたそれを手渡してやった。

 データなら送り付けることもできたが、うちの事務所はいまだに手書きだ。まあものすごく重要なものというわけでもないので、わざわざ電子化するほどでもなくて、これで十分間に合っている。多分だけれど潰れるまでこのまんまなんじゃないかという気がする。


 紙の束を受けとるなりトウジョウくんはそのコピーをぱらぱらと素早くめくっていった。

「ほうほうほう、粗削りながらなかなかおもしろいですね。興味深い。そのまま使えることはさすがにないですけど、そちらとしても外に出しちゃまずい情報もあるでしょうし、少し手直しすれば結構おもしろいものになりそうですよ、これ」

 ちゃんと読んでるのかと疑ったけど、どうやらちゃんと読んでるようだ。素人が適当に書いた代物だが、お眼鏡にかなってくれたらしい。

 日誌をもとに再構成したものを掲載するということで、報酬含めてだいたいの話はその場でまとまった。あんまりにも早すぎるんじゃないかと思われるかもしれないが、ネットでやってる小規模なものだから、そうしたスピーディーさが売りなのだと彼は言っていた。


 そんなこんなでできあがったのでこれである。出会いの印象からして別にそこまで大変ではないだろうと考えてたのだが、意外と大変だった。

 月1連載で基本的にメールでやりとりしていたところ、ここの表現を変えて欲しいだのもっと具体的な書き方をして欲しいだの、何度も突っ返された。

 多少小説くさい書き方になったところもあって、それは編集者と2人で相談した結果である。そっちの方がわかりやすいのではないかという考え。効果が上がったかは知らない。

 正直途中でだいぶめんどくせえなと思ったが、知り合いつながりで受けた仕事だったので、簡単に投げ出すわけにもいかず、結局なんだかんだ1年近くがんばった。

 トウジョウくんによればそれなりに好評だったようで、あれだけ苦労して書いたのにだれにも読まれなかったらかなり悲しかったので、そこのところは素直にうれしかった。


 最後になるが連載開始からほぼ1年たった今、ゾンビを巡る状況に大きな変化はない。

 画期的な新兵器が登場してゾンビ一掃の日が近いということもなければ、ゾンビが増えすぎて戦線崩壊は時間の問題だということもない。いわゆる小康状態がつづいていて、多分それはあと1年たっても変わらないだろう。

 もちろん民間には隠されたところで、秘密の計画が進行している可能性はなくはないけれど、個人的な予想では少なくともあと4、5年は駆除業者をつづけていくことができそうだ。そのあとのことは知らない。

 状況が人間全体にとっていい方にふれても悪い方にふれても、今やってる仕事の形は変わることになるだろう。そうした事態が現実に近づいてくる頃になれば、また新しい考えも浮かぶと期待して、ここらで筆をおきたいと思う。

 さようなら。

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