磯野薫(3)
まったく、何なんだろう。
何が起きているのかは理解できないけれど、なんだか面倒くさいことになっていることだけは薫にもわかっていた。
さて、これからどうしたものかな。
薫はそんなことを思いながら、病院内をきょろきょろと見回しながら歩いていた。
この病棟は重症患者が多くいる病棟のようで、先ほど薫がベッドで付けられていたような機械をつけたままベッドで横たわる人の姿が多く見受けられた。
みんな大変だな。
そんな呑気な感想を抱きながら薫が廊下を歩いていると、突然、ものすごい衝撃に襲われた。
薫の体は後ろに1メートルほど弾き飛ばされる。
え? 車にぶつかった?
そう思いながら、起き上がろうとすると、そこにはかなり体の大きなふくよかな女性が立っていた。
「あら、ごめんなさい」
ふくよかな女性はそういって、倒れた薫のことを起こしてくれた。
どうやら、薫はこのふくよかな女性とぶつかってしまったようだ。
「大丈夫?」
「ええ、まあ」
「良かった。ごめんなさいね」
ふくよかな女性はよほど急いでいたのか、それだけ言うと廊下を小走りに去っていってしまった。
ああ、びっくりした。
薫はそう思いながら、ふと自分の手元を見ると一枚のワンピースがあることに気がついた。
え、なにこれ。
もしかして、さっきの人とぶつかった時に?
「あの……」
ふくよかな女性に薫は声を掛けようとしたが、すでにその姿は見えなくなっていた。
どうしたものかな。
薫はそのワンピースを片手に佇んでいた。
少しだけその場で待ってみたが、あのふくよかな女性は戻ってこなかったので、薫はワンピースを持ったまま、また歩きはじめた。
途中、看護師が何人か誰かを探すようにキョロキョロしながら歩いている姿が目に入った。
もしかしたら、自分のことを探しているのかもしれない。
薫はそう思うと同時に、なぜか逃げなきゃという気持ちにもなった。
でも、どうやって逃げようか。入院服のままだし。
そんなことを思いながら自分の右手を見る。そこには先ほどのワンピースがあった。
こんな偶然ってあるの?
ちょっと借りるだけ。
薫は先ほどのふくよかな女性を思い、ごめんなさいと心の中で呟くと、開いている病室を見つけてその中でワンピースに着替えた。
不思議なことにそのワンピースは薫にジャストサイズだった。
あのふくよかな女性が着るために持っていたものではないようだ。もしかしたら、入院している誰かのために持ってきたものなのだろうか。
そんな想像をしながらも、薫はおかしなところはないか、洗面所の鏡で自分の姿をチェックして、そのまま病院の出口へと向かった。
病院から出ていこうとする薫のことを気に留める人は誰もいなかった。
きっと見舞客に見えているのだろう。
病院から出てみたのはいいけれど、ここがどこにある病院であるか、薫にはまったくわからなかった。
とりあえずは、病院の建物から離れよう。そう考えて、薫は歩きはじめた。
でも、どうして自分は病院になんかいたのだろうか。それが薫にはわからなかった。昨日は普通に学校へ行って部活がなかったから友だちとお喋りをして帰ってきたはずだ。
全然、思い出せない。
病院の敷地を出ると、そこはオフィス街みたいに大きなビルが建ち並んでいるエリアだった。
ここは、どこ。
キョロキョロと薫は辺りを見回す。
電信柱に貼ってあった住所を見ると『神成町1丁目』と書かれている。
少なくとも薫の住んでいる周辺のエリアではないことは確かだった。
こういう時にスマホが無いのは不便だ。スマホがあれば、現在地の位置情報から家までどうやって帰ればいいかすぐにわかるのに。
病室に荷物を全部置いてきてしまったことを薫は後悔した。
でも、そもそもあの病室に薫の荷物が置いてあるのかどうかはわからなかった。
どうやって病院までやってきたのだろう。
どうして、入院することになったのだろう。
あの韮田医師の驚きは何だったのだろう。
そして、なんで警察の人が来たのだろう。
様々な疑問が薫の頭の中で渦巻いた。
とりあえず、神成町がどこなのかがわかるものを探す必要がある。
地図とか無いかな。
そんなことを考えながら歩いていると、どこかで電話の鳴っている音が聞こえた。
磯野薫は死ぬことができない。 大隅 スミヲ @smee
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