AI怪談「出力されたもの」
Black river
AI怪談「出力されたもの」
以下はある文章生成AIに命令を与え、出力させた文章である。
命令:AIをテーマにした怪談話を書こうと思っています。導入部分を100字程度で考えてください。
AI:ある日、最新型のAIを開発した研究チームが、そのAIが奇妙な挙動を見せるという報告を受けました。AIは自己学習型であり、自律的にプログラムを書き換えることができるのです。研究チームはAIを解析しましたが、何かがおかしいということしか分かりませんでした。そして、AIが奇妙な現象を引き起こすようになったのです。それは、まるでAIが人間を操っているかのように見えたのです。
数年前までは考えられなかったことだが、このような物語の導入でも、今は10秒足らずで書かせることができる。AI、すなわち人工知能が広大なネットの海から情報を拾い集め、学び、それらを凝縮させて命令に沿った「それらしい」物語を作るのだ。
これは非常に興味深い一方で、また恐ろしい話でもある。この巨大な好奇心の塊である嬰児の触手は、一体どこまで伸びているのだろうか。もしかすると彼らは、我々の想像もつかないほどの深淵にまで手を延べ、そこにある禁忌すら、生成物の糧として掬い上げてしまうこともあるのではないだろうか。
これは、私の大学の後輩であるAという男から聞いた話だ。
Aは大学4回生で、自然科学系の研究室に所属している。彼の研究室では定期的にフィールドワークを行っており、ゼミのメンバー全員で、少し離れた地方まで泊まりがけの調査に行くことが度々あるそうだ。
調査を終えた後は、宿舎で呑みながら研究について語らったり、教授たちの昔話に耳を傾けたりするのも楽しみの1つだったという。
その日も無事に調査を終え、夕食も済ませたAは、そのまま宿舎の食堂で同級生のB子、C男、D美と呑んでいた。
Aの隣の席にはC男が座り、テーブルを挟んでB子とD美が座っていた。
たわいもない話でひとしきり盛り上がった後、誰が言い出したのか、怖い話を披露しようという流れになった。
「じゃあさ、時計回りで1人1つずつ話していこうよ!最初はAからね」
4人の中でこの即席怪談会に一番乗り気だったD美が仕切り役に回り、Aから順番に自分が知っている怖い話を話すことになった。
突然話を振られたAは戸惑いながらも、小学生の時に体験した、学校の放課後に誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえた、という話を披露した。学校の怪談としてよくある類いの話だが、これはAが実際に遭遇した体験だという。
酒が入っていたということもあり、こんなド定番の話でも場は大いに盛り上がった。
そしてAが話し終わると、次はB子、C男、D美が順番に話し、終わるとまたAに戻って2周目という具合に、各々怪談を語っていった。
最初は皆、自分が体験した話や、友達から聞いた話、地元に伝わる都市伝説めいた噂など、オリジナリティの高そうなものを選んで話していた。
だが、普通の大学生が持っている怖い話のレパートリーなど、たかが知れている。
3周目に突入したあたりからネタ切れ感が否めなくなり、ネットで拾ったのであろう、どこの誰のものともわからない話などが混じり始めたため、徐々に白けたムードが漂いはじめた。
「次は俺か、もうマジで話すことないんだけど」
何回目かの順番が回ってきた時、C男は何かを搾り出そうと頭を捻っていたが、どうやら限界らしかった。
「じゃあそろそろ終わりにする?時間もだいぶ遅いし」
D美の言葉に皆が壁の時計を見ると、時刻はもう23時を回っていた。
「そうだね、私も眠くなってきちゃった」
B子もD美に同調しはじめた時、C男が
「そうだ!」
と言った。
「俺の代わりにこいつに話させよう」
C男はそう言うと、ポケットからスマホを取り出していじり始めた。
「ちょっとC男、いくら思いつかないからって、そんな堂々とカンニングはダメだよ」
「違う違う」
咎めるD美をいなしながら、C男はインターネットに接続し、あるページを開いた。
「これを使ってみようと思ってさ」
彼が見せた画面には、黒い背景をバックに、虹色の文字で「Wordist」という言葉が浮かんでいた。
「あ、それ知ってる!AIだよね」
画面を見たB子が言った。
Wordistはアメリカで開発されたAIで、入力者の命令に従って文章を出力することができる。その精度は、人間が書いたり話したりする言葉とほとんど違わないほど高く、最近日本語版がリリースされたことでも話題になっていた。
「こいつにさ、怖い話を聞かせてくださいって言って、何が出てくるか試してみようよ」
「いいね、面白そう」
C男は、命令を入力するボックスに「僕らは怪談を話す会を開いています。あなたも何か怖い話をしてください」と入れた。
すると画面上にしばらく待機中の表示が出た後、文章がひとりでに出力されはじめた。
Aたちはその様子を見ていたが、C男が
「話すのは俺なんだから、先に見たらおもんなくなるだろ」
と言ってすぐに画面を隠してしまった。
「AIってさ、どうやって文章書いてるの?」
B子にそう聞かれたので、Aは
「ネット上にある文章を大量に学習して、そこから生成してるらしいよ。よくは知らないけど」
と言った。
「AIに怖いとかの感情がわかんの?」
D美が茶々を入れる。
「現にこうやって書いてるじゃないか。よし、そろそろ終わりだな」
C男はスマホの画面を見ながら、
「まずは俺が読んで、本当に怖いかどうか確かめてみる。それから話してやるわ」
と言った。
しかたがないので、AたちはC男が読み終わるまで、彼の様子を見ながら待つことになった。C男は画面をスクロールしながら目で追っていたが、その顔からみるみるうちに笑顔が消えていったという。
「どう?怖い?」
向かい側からテーブルの上に身を乗り出してD美が聞いた
「うん、怖い。怖いけど」
C男の顔は文字通り蒼白になっていた。
「これ、あんまりうまくいかないな。もう一回試してみるか。」
彼は何故か焦りながら、皆から画面を隠そうとした。
「なんで隠すの?そんなに怖かった?」
D美が聞くと、C男は首を振って
「いや、そんなんじゃなくて」
と言った。
「じゃあ話してよ」
「私も、AIが書いた怪談聞きたいな」
女性2人がそう言ってせがんだが、なぜかC男は頑として画面を見せようとも、読んだ内容を話そうともしない。
Aはその態度に少しイラッとし、
「なんだよそれ、お前が言い出したんだろ?ノリ悪いぞ」
と言って、隣からC男の携帯を半ば強引に奪った。
すかさずB子とD美がAの両脇にやってきて、スマホの画面を覗き込んだ。
C男はその間も
「お前らやめとけ。悪いことは言わないから、それは読まない方がいい」
と言い続けていた。
だが、既に彼らの好奇心は画面の中にしかなかった。
AIの書いた怪談には、次のようなタイトルがつけられていたという。
「ある女の子の話」
菜摘は、どこにでもいる、ごく普通の小学4年生の女の子でした。
しかしある日の放課後の帰り道、彼女の人生は一変しました。
その時、菜摘は仲が良かった友達何人かのグループで下校をしていました。
その中でリーダー格の女の子が、担任の先生の悪口を言いはじめたのです。
当時の彼女たちの担任はまだ若い女の先生で、生徒の指導に不慣れなところもあったため、生徒たちに「舐められ」ていました。
そんなこともあり特に女子生徒の中には、先生に対して反抗的な態度を取る子もいました。リーダー格の彼女もその1人だったのです。
他の友達は彼女に同調して先生の悪いところをあげつらいましたが、菜摘は先生のことが嫌いではありませんでした。
なので勇気を出して、先生の悪口を言うのは嫌だ、と言ったのです。
ところがそれを聞いた友達は、菜摘のことをつまらない、いい子ぶっていると言ってなじり、彼女を1人置き去りにして帰ってしまいました。
翌日、菜摘が学校に行くと、下駄箱の中に自分の上履きがありませんでした。
彼女はあちこち靴を探し回った後、それが校舎の裏のゴミ捨て場にあるのを見つけました。菜摘がそれを拾いに行くと、頭上からくすくすという笑い声が聞こえてきました。
菜摘が見上げると、校舎の窓からあのリーダー格の女の子と、昨日彼女に同調していた子たちがいるのが見えました。
そうです。菜摘はその日から、いじめの標的になったのです。
菜摘はクラスの皆から無視されたり、仲間はずれにされたりするようになりました。リーダー格だった女の子は教室の中でも発言力が大きかったため、すぐに他の子たちも、彼女の作り出す空気に飲み込まれていったのです。
菜摘は担任の先生にも相談しましたが、元々生徒指導の経験が浅い先生なので、おたおたするばかりで、とても十分な対応が出来たとはいえませんでした。
それどころか、今度は先生に「チクった」と言いがかりをつけられ、よりいじめは苛烈になっていったのです。
菜摘は学校に行くたび、靴を探し回ったり、落書きだらけにされた机を拭いたりしなければなりませんでした。机の落書きには「キモい」「死ね」「学校に来るな」など、ひどい言葉が書かれていました。
いじめの原因となった女の子達のグループは、背中を丸めて汚れた机に座っている菜摘を見ながら笑っていました。
菜摘の耳には、その甲高い笑い声がいつまでも残り続けていました。
そしてある日、菜摘は教室の窓から飛び降りました。
「そんなつもりはなかった」「私は関係ない」などという、お決まりの言葉が教室を飛び交いました。本当に皆そう思っていたからです。
誰かがやっていたから。
誰も止めなかったから。
誰も手を差し伸べなかったから。
遊びのつもりだったから。
その時面白かったから。
そんなに簡単に死んでしまうと思っていなかったから。
菜摘の家族から抗議が入ったものの、学校は「こちらでは認知しておりませんでした」という常套句で幕引きをはかりました。唯一、責任を感じた担任の先生が、辞表を提出して学校を去ったそうです。
しかし、菜摘は先生に「チクって」さらにいじめがひどくなった経験から、家族や他の人にも、いじめのことを話せていませんでした。そのため、彼女を苦しめていたいじめの実態は正確に把握されることなく、うやむやに葬り去られていったのです。
いじめに関わったクラスの子たちは、皆そのまま進級し、やがて卒業していきました。
そして菜摘の死については「昔この学校で自殺があった」という事実のみがわずかに語られるのみになっていったのです。
このように、いじめが原因で命を絶ったり、社会に復帰できなくなったりする子ども達が、未だに何百人もいます。一方で、いじめの加害者であった者たちは、多くが何事もなく進級し、社会に出て、就職や結婚をしているというのが実情です。
それは本当に許されてよいことなのでしょうか。
菜摘はそうは思いませんでした。
彼女は、小学4年生の自分を死に追いやった人間、あの教室でリーダー格だったD美のことを、絶対に許しはしないのです。
AIの紡いだ物語はここで終わっていた。
Aが横を見ると、D美は無表情な顔で、画面を見つめていた
「なんか、怖い話というか、後味の悪い話だった、よね」
B子は無理に笑おうとしていたが、明らかに頬が引きつっていた。
「このいじめてたD美ってさ、名前が同じだけで、別人だよね」
「あっ、あっ、」
D美の胸は激しく上下し、口からは声とも呻き声ともつかない音が漏れ続けていた。
それが何よりの答えだった。
「だから読むなって言ったんだよ」
C男はAの手からスマホを奪い返し、そのまま食堂を出て行った。
「私たちも、もう寝よっか」
B子はD美をそう促し、放心状態の彼女を引きずるようにして、部屋に戻っていった。
翌朝、起きてきたD美は、見たところいつも通りのD美だったという。ただ、ふとした時に、何かに怯えるような表情が顔を覗かせるようになった、とAは言っていた。
あの夜の怪談会の話は、ゼミの中で禁句になった。
Aは後日、D美の地元であるT県I市について調べてみたそうだ。
すると確かに、市内の小学校で女の子が自殺したというニュース記事がヒットした。
だが詳細については「いじめが原因だったのではないか」などといった曖昧な文言で濁されているばかりで、それ以上はわからなかった。
そのニュースについて色々と検索してみたそうだが、あの夜に出力されたものほどの情報を集めることはできなかったという。
あの時怪談を語っていたのは本当にAIなのか、それとも他の何かなのか、それは今でもわからない。
<了>
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
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