レプリカント ドラゴンナイト

こたろー

第1話 ドラセナとリントブルム



私が幼い頃、とても面倒を見てくれた人がいた。遊びに出かけるとすぐに魔物モンスターと戦おうとする私をずっと見守ってくれた。名前は確か、「アトラハシース」。当時はアトラって呼んでいた。


 顔も声も鮮明に思い出せない。けれど、確かに覚えていることが一つある。遊びに出かけて迷子になった私は、夜になっても家に帰れずに魔物モンスターに襲われていた。確か、魔猪ブラックボアという魔物モンスターだった気がする。

何ヶ所も擦り傷が出来て、服も体もボロボロになりながら逃げていた私はこけて、絶体絶命の私をアトラが助けてくれた。

 

アトラに抱っこされて、彼の胸で大泣きしながら私はアトラの家へ行った。彼の家は鉄でできたような何かの部品ばかりで、幼かった私はとても怯えていた。

 彼は私を椅子に座らせて、子供用の小さなマグカップにココアを入れて飲ませてくれた。一息ついて落ち着いた私の所へ、アトラは機械の様な見た目の、でも生き物のように動いている。当時の私と同じくらいの何かを持ってきた。

 

そして彼はこう言った。


「いいかいドラセナ。君は元気すぎるから今日みたいに魔物モンスターに追いかけらたり、悪い大人に出会うかもしれない。そしたらこの子を頼るんだ」

アトラは両手で抱えたそれを私に見せた。


「なあに、これ?」


「この子はドラセナを守るために生まれたドラゴンだよ。名前はリントブルム。そうだな……、ドラセナが僕のことをアトラって呼ぶように、この子をリントって呼んであげて」


「リント……」

私は小さな震える手をリントの顔へ持っていった。つるつると光沢のある顔の鱗を、優しく撫でた。


「グルルッ」

私がリントを触るよりも優しく、リントは私の指を舐めた。

そして確かに、リントの口元から言葉が発せられた。

「ドラ……セナ……」



「リント、話せるの!?」

私は驚いてアトラの顔を見上げた。


「うん。今は簡単な会話しかできないけど、成長すればもっと話せるようになる」


「ほんと!?ありがとうアトラ!!」

私はアトラに抱き着いた。


「どういたしまして。でも、まだこの子は完成してないんだ」


「かんせい?」


「この子はドラゴンと言っても、魔導機械アーティファクトのドラゴンなんだ」


「あーてぃふぁくと?」


「そう。ドラセナは遊ぶためにご飯を食べる生き物けど、リントは遊ぶために電気を食べる機械なんだ。リントが完成するにはあと4つの部品が必要だ」

そう言いながらアトラはリントを床へ降ろした。


リントは4足の足と大きな翼に尻尾。銀色の身体に炎のような紅の目をしている。

のそのそと私の方へ歩いてくると、私の手のひらへ額を擦り付けた。


「そこでドラセナにお願いがある。今日から僕は長い旅に出ないといけない。そんな僕の代わりにリントを完成させてほしいんだ」

そう言って一冊の本を私へ渡した。


「この本にはリントのことと、足りない4つの部品の場所が書いてある。この本を頼りに、リントを完成させるんだ」

いつも私と接する時のアトラは柔らかい笑みだったのに、この時のアトラの顔は真っすぐで、遠い未来を見ているようだった。


「アトラ、どっかいっちゃうの?」

私は不安になって尋ねる。ずっと私の面倒を見てくれたアトラは、これからも一緒に居るものだと思っていた。


「うん。今のドラセナからしたら、少し遠い所にね。でも、リントが一緒に居ればまた会えるよ」


「やだ!アトラと一緒がいい!!」

本を投げ捨ててアトラの足にしがみ付こうとした。その時、玄関の予備鈴が鳴った。


「アトラハシースさん。居ますね?隠れても無駄ですからね」

扉の向こうから声が聞こえる。


「はい。少々お待ちください」

アトラはそういうと、今にも泣きだしそうな私と、何も分かっていないようなリントをクローゼットの中に入れて、隠れているようにと言った。


「私はひどい恐怖と悲しみと焦りと不安に心を刈られ、声も出せないままでいた。

クローゼットを閉める直前、アトラは私の額に彼の額を合わせた。


「いつかまた会える。リントをよろしくね」

震えて嗚咽をするだけの私を、リントは翼で包み込んだ。


クローゼットが扉が閉められる。視界は暗くなる。リントの微かな温もりだけを感じる。


「やっと見つけましたよ。アトラさん」


「禁忌に触れた者の宿命です。精算の時が来たんですよ」


暗闇の向こうから複数の大人の声が聞こえる。


「僕一人の為にこんな人数で来てくれるだなんて。おもてなししないとね。紅茶はストレートで飲む派ですか?ちなみに僕はストレート派です」


アトラはティーポットから紅茶をコップへ注いだ。


「お気遣い結構。だが丁度いい。地獄で砂糖は貴重品だからな」


チャカッ。


「ん?銃持ってくるくらいなら粗品の一個くらい持ってきてくれてもいいんじゃないですか?というか、地獄に行ったことあるんですね」


「粗品とは言わせまい。あの世への切符のプレゼントだよ」


アトラはカップの紅茶を一口飲み、指を鳴らした。


「ここにいる全員分もくれるだなんて、太っ腹ですね。地獄の案内は任せます」



次に私に聞こえたのは、大人の声でもアトラの声でもなく、絶え止まぬ轟音。クローゼットが激しく振動する。身体中が、芯から揺れる。外から聞こえる爆発音はやがて物が崩れていく激しい音に変わる。ガタガタとクローゼットに物がぶつかる感覚。


怖い。助けてアトラ。目を固く瞑り、滲む涙のしょっぱさを無視する。

 震えが止まらない私の身体を、無機質な優しさの温もりがそっと包み込んだ。

揺れも音も収まり気づいた。リントが私の身体を翼で包み込んでくれていたのだ。


私はゆっくりと扉を開ける。涙の滲む私の目に射す光は皮肉にも、雨上がりの快晴の様に綺麗に映った。周囲を見渡すと、アトラの家も、魔物モンスターに追わた森も、跡形もなく吹き飛んでいた。


瓦礫の山の中に、私とリントが入っていたクローゼットだけが一つ、無傷なまま置かれている。

 四つん這いになりながら少しづつ外を見てみる。アトラの姿も、大人の姿も、どこにも見当たらない。

 周囲の木々は爆風で倒れ、荒野となった地で一人と一匹。ようやくの思い出理解が追いつかぬまま立ってみる。


 リントがずっと私を守ってくれていたから、身体は痛くない。リントは私の方をそっと見上げて喉を鳴らした。

 当時の私は幼いながら理解した。アトラは死んだ。そのアトラは私に「リントを完成させてほしい」と頼んだ。なら、私はそのアトラんの頼みを、願いを、叶えなければ。

 私はアトラから貰った本をクローゼットから取り出した。


「行こう。リント」


「ガルルッ」




――――――――――――――――――――――――――


十年後



「いっせーのッ!!」

私は駆ける足元から眼前に広がる広大な世界に視界を変えて叫ぶ。


「ねえドラセナ!早いって!!」


「リントあんた飛べるんだからいいじゃんか!私は自分で走らないといけないの!」


「俺はドラセナが居ないと飛べないの忘れたのかなー!?」


「言い訳する暇があったら早く来なさい!!」


「あーもうめちゃくちゃだよ……」


リントはそう言と翼を広げ羽ばたいた。そのリントの影を追うように、魔猪ブラックボアが突進していく。


めまぐるしく移り変わる視界の中に、数匹の魔物モンスターを捉えた。


「リント!!」


「はいよ!!」


私は空を飛ぶリントの影が真上に来たのを確認して、大地を蹴って飛び跳ねた。

リントの後ろ足を左手で掴むと、右手にに意識を集中させた。

 私の右手を青と紫と白の閃光が走る。チカチカと音を立てながら、その閃光の量は増え続ける。


真下の地上に魔猪ブラックボアが集まる様子を見つめる。

(小さい頃は沢山追いかけられたな……。でも、今は!)


身体魔力強化付与フィジカルエンチャント 放電ディスチャージ!!」

私はそう叫ぶと左手を離し、降下しながら右手の閃光を魔猪ブラックボアに向け、着地と着同時に地面を殴りつけた。地は稲妻に割かれながら魔猪ブラックボアを巻き込み崩れていく。


「ふう!」

右手を振るを私の隣にリントが降りてきた。


魔猪ブラックボア5頭の狩猟、任務完了クエストクリアっと」


「お疲れ様リント」


「俺が空を飛べるからって囮に使うとか、相変わらず龍使いが荒いこと」


「それほどでも」


「褒めてないよ!」


「ほらほら、この子たちのお肉好きなだけ食べて良いからさ」


「言ったね?今日はご馳走じゃないか!」

リントは尻尾をブンブンと振る。


「良し。リントの機嫌も戻ったところだし街に帰りますか!」

私は息絶えた魔猪ブラックボアの身体を紐で結び、板に括り付ける。



異能アビリティ。この世界に存在する人々が一人につき一つ有する能力。

魔力というエネルギーを消費することで発動できる。


私が有する異能アビリティは「放電ディスチャージ」。魔力を電気に変換し、放出する。


 板を荷馬車に乗せ、そのまま最寄りの街へと向かった。


この世界の人々は自分の異能アビリティを利用して依頼クエストをクリアしたり道具アイテム魔物モンスターの素材を売ったりすることで生活をしている。

その人々のことを「冒険者」と呼ぶ。冒険者の定義は幅広く、魔物モンスターの討伐を目的にする人もいれば、アイテム採取を行う人もいるし、ただ旅をしするだけの人も居る。


 冒険者が集まり、複数人で協力して活動する団体をギルドと呼ぶが、私とリントは無所属の個人で活動している。


この世界では、親が子供を産んでも自分で育てないというケースが一般的だ。親は教育ギルドや引退済みの冒険者に自分の子供を預け、自分の冒険を続ける。

だから、私は自分の親をあまり覚えていない。物心着いた時にはアトラが私の面倒を見てくれていた。


アトラと離れ離れになったあの日から十年。あの後、私はリントを連れて森を歩き続け、近くの街の養育ギルドに保護された。冒険者としてクエストが受注できるのは12歳になってからだ。私は所属していた養育ギルドの手伝いをしながら冒険者として生活していた。


リントはあの件からずっと一緒に生活しており、使い魔として私の依頼クエストのアシストをしてくれる。魔導機械アーティファクト。電気を流すことで活動する機械のことだ。リントの場合は私の異能アビリティ放電ディスチャージで電気を供給することで動ている。



私が狩場にしていた場所から最寄りで、私とリントが育った街「フルトクラーゲン」。

街の東側には湖が存在し、魔猪ブラックボアからつくられるソーセージが名産だ。


冒険者の活動を支援する組織「冒険者協会」。冒険者のクエスト受注の受付から始まり、様々な角度から冒険者をサポートする。


 冒険者協会のフルトクラーゲン支部に着いた私とリントが依頼完了クエストクリアの認定を受けたころには空は赤く染まり始めていた。


私とリントはフルトクラーゲン東側の湖付近のコテージで生活している。

食べ物も美味しいし、自然に癒される。生活に必要なものは手に入るし、人々も優しい。

白とベージュを基調とした壁にオレンジの屋根の二階建ての建物が並ぶ。夜には外灯が街を照らし、冒険者がその日の冒険の成果を語り合いながら魔猪ブラックボアのソーセージをつまみに晩酌を嗜む。どこからか聞こえてくる吟遊詩人の歌声に包まれながら、街は眠りに落ちていく。朝日があいさつをすると冒険者たちは目を覚まし、また今日の冒険へと出かかる。  


決して大きな都市ではないが、いつもどこかに微かな温もりが存在している。


コテージに帰宅すると、私は冒険用の服から部屋着に着替えた。


「なあドラセナ、もう15歳なんだから俺の前で着替えるのやめてよ」

とリント目を逸らしながらはベランダのリント用のスペースに移動して言う。


「いいでしょリントはドラゴンなんだから」


「俺男の子なんだけど」


「雄の間違いではー?」


「こりゃモテないな」


「余計なお世話ですー」


私は冒険者協会で下処理してもらった魔猪ブラックボアの肉を取り出す。


魔猪ブラックボアは美食家で綺麗な水で育った植物しか食べず、故に肉には余計な癖や臭みが少ない。赤ワインと塩、ハーブで煮込むことで上品な味わいになる。

 狩猟した五体の魔猪ブラックボアのうち、四体は冒険者協会でソーセージと引き換えて貰った。ソーセージはリントの大好物だ。

 肉を煮込んでいる間に、付け合わせの人参とブロッコリー、ポテトの準備をする。油の処理が面倒なので、ポテトは氷魔法で冷凍された市販のものを解答して使用する。ブロッコリーを湯がきつつ、人参を切りバターで炒める。

 調味料を合わせてソースを作り、バケットを切り皿に盛りつける。煮込み終わった肉をスライスして別皿に人参、ポテト、ブロッコリーと一緒に盛り付ける。

 肉にソースをかけて、そこにパセリを添えて色を足す。さっぱりとしたスープがあればより良いが、まあいいだろう。


ソーセージを大きめの皿に盛り付けて、リントの方へ持っていく。

リントは私からの電気の供給があれば大丈夫だけど、何も食べないのは生き物として辛いらしい。


自分の分もコテージの机に持っていき、グラスに水を注いで席に着く。


『いただきます!』

私とリントは声を揃えて……いや、声が勝手に揃ってそう言うとご飯を食べ始めた。


藍色に染まった外の景色は美しく、少し無理をしてこの家を買ってと良かったなと心底思う。



鳥や虫の鳴き声は静寂の一部になって、ひとつの音楽を完成させる。湖は凪ぎ、水面に映る月は叢雲で、その姿を全て見せないことすらもまた一興だ。


こうして感傷に浸っていると思い出す。アトラが居なくなった日。私とリントが初めて出会った日。


あの時、私が強ければアトラを守ってあげられた。幼くなければ。異能アビリティが人に発現するのは、個人差はあるけど5歳から10歳。放電ディスチャージが発現した日から私は強くなろうと必死に努力した。魔物モンスターと戦えるように、あの大人たちのような奴らと戦えるように。そうして何にでも戦う私を、いつもリントが守ってくれる。養育ギルドで他の子どもと揉めた時も、リントが守ってくれた。

 

私にとって親と同じくらい大切な存在。アトラが残した最後の言葉。


「いつかまた会える」


本当に、いつかまた会えるのではないかと、呪いのように言葉が私から離れない。

今でも夢に見る。あの日のこと。暗くて狭いクローゼットの中、轟音と揺れにさらされる夢。



目を覚ませばいつの間にかリントが翼で私を包んでいて、私はリントに毛布を被せる。


面と向かって言ったことは無いけど、リントに対して、ありがとうって思ってる。


ふと、リビングにある一冊の本が目についたアトラの最後の願い。


「残りの4つの部品を集めてリントを完成させる」

 

私はうたた寝をするリントの方へ行くと、リントの額を撫でた。鱗はつるつると磨かれていて、でも温もりがある。生き物の温もりではない、機械が再現する温もりだとしても、私は大好きだ。



「もう俺も10歳なんだぞ……」

寝ぼけた声で、目を細めたリントはそう呟く。


「初めて会った時は自分から撫でられにきたのにね」


「覚えてないよ……そんな昔の話……」


「でも身体が嫌がらないってことは撫でられるの好きなんでしょ?」


「ノーコメント……」

リントは尻尾をふさふさと揺らした。



「リント。アトラが言ってたリントの残りの4つの部品、集めに行こうと思うんだ」


「どこだって、俺はドラセナについていくよ」


「俺はドラセナに守るために、アトラに造られたんだから」


私はリントの身体を抱擁する。


「大きくなったね。昔は私と同じくらいだったのに」


「そりゃね。俺はドラゴンだから」


リントは首を私の身体にそっと添えた。



あの本に書いてあった。リント人間と同じように人格が成長する。

そしてなにより、「ドラセナを守る」とプログラムされている。

魔導機龍リントブルムの機体は、限界が来ようと私を守る。例え自壊しようとも。



リントが私を守るのは、そう設計されているから?


ダメだ。そんなこと考えては。私は守られている立場なのに何でそんなことを……。


最低だ……。


私は白と言えない独白を胸に寝室へ向かった。







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