第9話 鬼退治

和陽北部の鉱山の転移門ワープゲートは鉱山の中層まで転移できる。


鉱山は資源運搬の為に道が整備されているが、魔物モンスターの生息域までは舗装されていない。


源内が言うには鬼魔族オーガは夜行性で巣に松明や焚火がある。私はリントに乗って空から巣の明かりを探すことにした。


「お願いリント」

私はリントの背中に跨った。


「任せてね」

リントは翼を羽ばたかせ、夜の空へ飛んでいく。


視界の遠くの方に街明かりが見える。西部の遊郭街だろうか。


集落に近い山々は木々が少なく開発されている。奥の方はまだ木々が残っている。魔物モンスターの生息域は木々が残っている深部だ。


少し肌寒い。雲は少なく月明りが射している。下にはリントの影が見える。

目に映る景色の端から端まで森が続いている。


夜に冒険をする冒険者は少なくない。鬼魔族オーガのように夜行性の魔物モンスターが生息しているからだが、和陽北部では炭鉱夫の護衛としての冒険が多いので夜間は人が少ない。



暫く飛び続けると、森の色は濃くなり、街明かりも見えなくなった。


「結構奥まで来たね」


「これさ、暗視の薬瓶ポーション飲んでるから、松明とか焚火の明かりもいつもと変わって見えるんじゃない?」


「確かに、街明かりが白く見えてたから、松明とかの明かりも白く見えるかも」


「妙に白い部分がちらほらあって、ある程度のスペースがあるとこを探さないと。なら、もっと低めに飛んだ方が良いかな」


リントは高度を下げた。


私は異空収納マジックストレージから双眼鏡を取り出した。近くの捜索はリントに任せて、私は遠くの方を探してみる。


数分後、遠くの方に異様に広い空間と、数個の白い点を視認した。


「リント、一時の方向に飛んでくれる?」


「あいよお」


やはり、その空間は鬼魔族オーガの巣立った。数十匹の鬼小人ゴブリンが群れをなし、焚火を取り囲んでいる。他規模の中にあ鍋があり、小規模の文明社会が形成されているようだ。


そして、別格の存在感を放つ巨大な影が一つ。右手には極大の金棒、東部には威厳のある上向きに曲がった角。鬼魔族オーガだ。


「おっ。見つけたね。あの鬼小人ゴブリンの数どうする?鬼魔族オーガまで辿り着くのに手が折れそうだよ」


「無視して鬼魔族オーガ一対一タイマンする訳にはいかないしな……」


(ここまで山の深部にくると、鬼小人ゴブリンと言っても侮れないな……。多分私でも一撃で倒せない。そんな敵が数十匹居るのに加えて、鬼魔族オーガも居る……。正面から戦ったらまず無理だな。さて、どうしたものか)


(戦闘においてかなり重要な初撃。私はその初撃を視界の外(空)から不意打ちとして放つことができる。加えてリントも私も範囲攻撃の技がある……)


冒険者は魔物モンスターに限らず、冒険者同士の戦闘も学ぶ。


それはドラセナもまた然り。


戦闘を構成する要素……。自分の異能アビリティ、相手の異能アビリティ、そこから生まれる互いの長所と短所。


自分が持っているアドヴァンテージを最大限に生かす方法を考える。ティルナノーグでのラティとの戦闘で言えば、戦場にある血熟のリンゴを食べるとリントの攻撃が強化されるという点。


前回のように、イレギュラーな急な能力の強化は望めない。


今ドラセナとリントに与えられたアドヴァンテージは、空からの攻撃が可能である点と、まだ敵に気づかれていない点。


その二つを最大限に生かすため、ドラセナは戦闘を形成するもう一つの要素を利用した。


「リント!作戦がある!」


「言ってみて!」


「私は一度鬼小人ゴブリンの群れの中に飛び込む。そして広範囲に電気を放電して鬼小人ゴブリンを麻痺させる。そのすきにリントは西から東にかけて吐息ブレスで攻撃してほしい。私は放電したらすぐにその場から離れるから」


「群れに飛び込むとか……また無茶なことを。でもまあ、なんとなくドラセナがやりたいことは分かったよ」


「おお流石!んじゃ任せた!!」


「ちゃんとすぐに退避するんだよ!!」


リントは円環を成す鬼小人ゴブリンの群れの中心部目掛けて降下した。


タイミングを見計らい、私はリントの背中から飛び降りた。



右足に魔力を送り、帯電させる。ゴブリンが囲っている焚火の辺りの地面を狙う。

着地と同時に、帯電した踵で焚火ごと地面を叩きつけた。


雷が落ちたような轟音と砂埃、焚火が引き取んだ末の火花が周囲を覆う。


放電ディスチャージ!!」

私は右の踵に集中させていた魔力を解き、全身に魔力を行き渡らせる。

(出来るだけ広範囲に、魔力の節約を考慮して数秒麻痺させれる程度の電気を放つ!)


私を中心に放たれた稲妻は、一帯に群がっていた鬼小人ゴブリンを無慈悲に襲った。


電気を浴びた数十匹の鬼小人ゴブリンの身体の周りにはビリビリと紫色の電気が走っている。



私はその隙に鬼小人ゴブリンの群れを搔い潜り東の方へ走る。

視界の上の方から、私を降ろしてから旋回してきたリントの姿が見えた。


大海吐息ハイドロブレス!!」

リントはドラセナが自身の攻撃に巻き込まれない位置に移動したのを確認し、攻撃を放った。


ドラセナは大きくジャンプしてリントの背中に飛び乗った。


氾濫したかのような水流の暴威が、麻痺により動けない鬼小人ゴブリンの群れを襲う。


水流に飲み込まれた鬼小人ゴブリンは抗うも虚しく、蛮声をあげながら流されていく。


この鬼魔族オーガの巣は、東側は斜面に囲まれているが西側は崖になっている。


ドラセナが利用した戦闘を形成する要素……。


それは、「戦場フィールド」。


自分がどんなの能力を使うのか、相手がどんな能力を使うのか、それらは確かに重要なことだ。


互いの能力には相性がある。遠距離攻撃を得意とする冒険者と近接攻撃を得意とする冒険者が戦ったとして、前者は接近されれば勝算は薄い。マッチアップは必ずしも対等とは限らない。


だが、大半の場合「いつ戦うのか」「どこで戦うのか」は両者に平等に与えられた条件。


ドラセナは後者の「どこで戦うのか」に目を付け、「西側に崖がある」ことを知り、戦場フィールドの地形を応用したのであった。



崖には木作が設置されているが、木作程度ではリントの吐息ブレスの勢いに耐えれるはずもない。


水流に飲まれた数十匹の鬼小人ゴブリンは無残にも水ごと崖に落とされていった。



「おお~。壮観壮観」

ドラセナを乗せたリントは一度上空に対比し、状況の確認を行う。


「お、一匹残らず掃除できたね。偉いよリント」


「どやあ!!」


「次はメインディッシュがやる気みたいだね」


巣の北のほうにある階段から、激昂した鬼魔族オーガが金棒を引きずりながら降りてきた。


「おいおいまじか!?」

リントは驚愕しながら額に冷や汗を流す。


「うそでしょ!」

私も目に映った光景に言葉が飛び出た。


巣の階段の上にある巨大な空洞から、二体目の鬼魔族オーガが金棒を引きずりながら出てきたのだ。


二体目の鬼魔族オーガは額に角が一本しかない。


二体目の鬼魔族オーガは一体目の隣に名並ぶ。


『えっ』


一体目の鬼魔族オーガは持っていた金棒で、二体目の鬼魔族オーガの顔面を殴りつけた。


周囲に噴水のような血しぶきが飛び散り、顔が潰された二体目の鬼魔族オーガは膝から崩れ降り、背骨がむき出しになった首元からどす黒い血が流れ続けている。


「仲間割れか!?」


「いや……」


一体目の鬼魔族オーガは、地に落ちた一体目の鬼魔族オーガの角を拾い、それを食べ始めた。バキバキと大木が折れるような音が聞こえる。


「おえっ……なにやってんだあいつ……」


鬼魔族オーガは骨を食べ尽くすと、木々が揺れるほどの雄たけびを上げた。


すると鬼魔族オーガの首音の皮膚は千切れはじめ、血が噴き出すと共に身体の中から一体目の鬼魔族オーガの顔が出てきた。



痛みと憎悪を存分に含んだ雄叫びが二つの顔から放たれる。


「リント、来るよ!」


鬼魔族オーガは頭が吹き飛んだ死体を掴み、宙に放り投げそれを金棒で売撃った。


肉片は衝撃により弾丸へと変貌し、空のリントを襲う。


リントは急降下して肉片を回避し、旋回しながら鬼魔族オーガの様子を伺う。


鬼魔族オーガは金棒を斜面に叩きつけ、巨大な石塊を金棒で打ち飛ばした。


リントは再び攻撃を回避する。


「ドラセナ、どうする?」


「戦うしかない。あの大きさだと私の打撃で削るのはしんどそう。顔は増えたけど腕や足は増えてない。でも心臓が増えた可能性も捨てきれない」


「的がでかいし動きも遅い。体力は多そうだけど、こっちも大技を当てやすい」


「あの巨体なら一度でも体制を崩すことが出来たらでかいな」


(どう戦うか……。大技を当てれそうと言っても、あの大きさなら相当体力がある。大技で削り切れなかったら大量の魔力を消費してジリ貧だな……。リントが言うように、あいつの体制を崩せれば心臓を狙える。さて……)


リントが攻撃を回避するため、大き体制を変えた。それにより、ドラセナが腰に帯刀していた天裂あまさきがドラセナの視界に映る。



「よし!リント作戦は―――――」


「了解だけど、怪我の一つでもしたら許さないからな」


「分かってるって」


「じゃあいくぞ!!」


攻撃の隙を見計らい、リントは高度を低くして私を地面に降ろす。


身体魔力強化付与フィジカルエンチャント!! 放電ディスチャージ!!」


私は両足を中心に魔力を送り、身体機能を大幅に向上させた。



正面に双頭の鬼魔族オーガの姿を捉え、真っすぐ駆け抜ける。


鬼魔族オーガの攻撃は一撃一撃が重いが、その分動作モーションも大きい。


全力で注視すれば、至近距離で躱せない訳ではない。


金棒が地面に叩きつけられるたび、姿勢を崩すほどの振動が周囲に伝わる。


私は大量の砂埃と石の破片を搔き分けて、鬼魔族オーガの両足の間を駆け抜ける。


鬼魔族オーガが降りてきた階段スピードを落とし、鬼魔族オーガが私を追って階段を上るように誘導する。


(まだ!まだ高さが足りない!)


振り降ろされる金棒と落石、足を奪う振動。それらを両壁と手すりを利用して何とかいなす。


(最上段まであと2段。よし!十分な高さ!!)


私は上空で待機していたリントに合図を送った。


鬼魔族オーガが通行できるほどの階段の道幅。とはいえ今のドラセナと鬼魔族オーガの距離感であれば、リントの攻撃がドラセナを巻き込みかねない。


水泡吐息バブルブレス!!」


リントの攻撃はティルナノーグでの強化により、水泡吐息バブルブレスから大海吐息ハイドロブレスへと昇華した。



だが、水泡吐息バブルブレスを使えなくなった訳ではない。



憎悪に駆られる鬼魔族オーガの注意を引くには、水泡吐息バブルブレスにより放たれた水泡の破裂の方が打って付けである。


鬼魔族オーガの両方の頭の周囲で破裂する水泡。視界を少しだけ濡らす水飛沫と破裂音。


鬼魔族オーガは本来、ラティと同じく人間とのコミュニケーションが可能な知性のある魔物モンスター。だが、自身の群れの鬼小人ゴブリンを崖の下に流された怒りは、その知性を上回っていた。


そんな鬼魔族オーガには、至近距離で破裂するただの水泡は不愉快極まりない。顔が二つあるのだから、その不快感は倍以上。


リントの水泡吐息バブルブレス鬼魔族オーガが怯んでいる隙を、ドラセナは見逃さない。



ドラセナは今まで回避の為に足に回していた魔力と電気を右腕に集中させた。


鬼魔族オーガの足元。この地形なら片足だけでいい。


雷龍来迎インドラ!!!」


ドラセナは右腕に溜めた魔力と電気を、鬼魔族オーガの右膝関節へ向けて放った。


放たれた紫色の稲妻は龍の容貌へと変わり、甲高い音を轟かせながら鬼魔族オーガの右膝を抉り取った。



鬼魔族オーガは片足ではその巨体を支えられず、体制を崩し後方へ倒れていく。


巨躯が階段から転がり落ちる。その振動にドラセナは思わず片膝と片腕を地面に着く。


転げ落ちた鬼魔族オーガは立ち上がろうと両腕で地面を押す。


「リント!!お願い!!!」


鬼魔族オーガの真上で滞空していたリントは、心臓がある鬼魔族オーガの左胸を狙って攻撃を放った。


大海吐息ハイドロブレス!!!」


先ほど、鬼小人ゴブリンを流した広範囲、量重視の吐息ブレスではない。


鬼魔族オーガの心臓を貫くためだけの、光線とも呼べる超高水圧の大海吐息ハイドロブレス。攻撃範囲は広くないが、その分一か所への勢いを重視する。


上空から放たれた凄まじい威勢の水流は、戦士の防具を穿つ槍のように、鬼魔族オーガの心臓を皮膚と骨ごと貫いた。



攻撃が終わり、周囲に水飛沫と血飛沫が雨の様に飛び散る。




束の間の静寂。狼の遠吠えが木霊する。



一体目の鬼魔族オーガの角を捕食した時点で、二体目のそれは鬼魔族オーガではなく、双頭鬼魔族デストロイオーガという別の魔物モンスターへと進化していた。


その進化は外見が変化するだけではない。



ドラセナの予想通り、双頭鬼魔族デストロイオーガの心臓は、右胸と左胸に一つづつある。


双頭鬼魔族デストロイオーガはあらゆる痛みと破壊衝動の限りに身を委ね、自身の心臓の片方を破壊した上空のリントに、全身全霊で金棒を投げつけた。



超高水圧の大海吐息ハイドロブレスは、その高すぎる水圧が故にリント本体への攻撃直後の負荷が大きい。


投げられた金棒は、その巨体からは想像できないような速度で上空のリントへと迫った。


「やばい!!」

リントは回避を試みるが、金棒の大きさとその速さ故に被弾を覚悟する。





大地の震動に足を奪われたドラセナだが、その目は、敵の動きを見逃すことは決してなかった。


腰に帯刀した天裂あまさきの柄を握り、刀に電気を溜め続けている。


今日の朝初めて手にした刀。大剣や戦斧、他の武器ではなく刀を選んだ理由。


それは新しい技を思いついたから。


腰を低くし、天裂あまさきを帯刀した左腰を少し引く。右足を前に出し、右手で天裂あまさきの柄を強くにいる。



刃の部分をモデルとし、刃を覆うように電気を帯電させる。


ラティとの戦いでの血熟のリンゴの投擲の経験を経たドラセナは、自身とリント以外のものに電気を帯電させる感覚をものにしていた。


(電気で刃を延長させるイメージ。先端はより鋭利に、その分魔力と電気の密度は高く。真ん中の方も、あの巨体を切るためにちゃんと意識する!!刀で物を切るイメージも忘れずに。新技だからって怯むな!!)


天裂あまさきを構えたドラセナの視界に、リントに向けて投げられた金棒が映る。



(今!)





紫電一閃しでんいっせん!!!」






紫色の電気の刃は、夜空に舞う金棒を両断した。



ドラセナの援護カバーにより攻撃を回避をしなかったリントは、もう片方の心臓に狙いを定める。



大海吐息ハイドロブレス!!」


超高水圧の水流が、双頭鬼魔族デストロイオーガの心臓をまたしても貫いた。








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