第14話 天を裂き、地を縫う

源内の家に着いた俺は、玄関の戸を前足で開けた。


「おかえりリント……ってええ!?何で動けてるの!?」

床に居たドラセナは驚愕の表情をこちらに見せた。


「ドラセナが居なくてもある程度自分で充電できるようになったんだ」


「ええ!?何それ!てか翼も治ってる!!」


「じいちゃんがやってくれたよ」


「ありがとうございます源内さん!!」


「よいよい」


「じいちゃん。今回の機能向上アップデートの内容をドラセナにも教えてあげて。


「そうじゃな」



源内はリントの性能の強化をドラセナに説明した。


「え~っとまとめると


①金棒を溶かした金属による機体からだのコーティング。それにより攻撃への耐性が向上した。


②喉の部品パーツの補強により超高水圧の吐息ブレスをノーリスクで打てるようになった。


③大気中の魔力を取り込むことで、自分で電気を作れるようになり、ある程度なら単独での活動が可能になった。


④翼の穴が塞がった。


⑤リント的になんかすっごい良い感じ。


⑥その他にもいくつかバージョンアップしてるとこがある。


こんな感じか」



「源内さん様様です!!本当にありがとうございます!!」


「よいよい。わしは二人が無事に帰ってきたことが嬉しい。あとは二人でゆっくりと時間を過ごすと良い」


「あ、そういえば……。冒険先で見つけた刀があって、拾ってきました」


ドラセナは異空収納マジックストレージから地縫ちぬいと彫られた刀を取り出して、それを源内に渡した。


「……っ!!」


源内はその錆びれたボロボロの刀を見て大変驚いた様子だった。


「これを……どこで?」


鬼魔族オーガの巣の中で見つけました。だいぶボロボロですけど、源内さんなら治せるかなと思って……」


「そうか……」


刀を持つ源内の手は少し震えていた。何かを我慢していたように。


「ああ。この刀はわしが預かろう。二人はゆっくりと休むんじゃよ」


源内はそう言うと家を出て行った。


「どうしたんだろう。じいちゃん」


「ねえリント、せっかくだから強化した性能を試しに行かない?」


「え?あ、うん。いいよ!」




家を出た源内は、隣の蔵へと向かった。



戸を開けて、飾ってあった写真を見る。


数十年前……。


「あんたが私に似合うような武器と防具を造って来たら、友達から始めてあげる!」


赤い髪色がよく似合う活発な女の子だった。


当時の俺は自分が使っていた刀……名を地縫ちぬい。それの対となる刀を朱火に造った。


刀の名を、天裂あまさき


天を裂くほどの強さ。


この地に住む人々を守る……人の繋がりの糸を縫えるような繊細さ。


それが、二つの刀の名の由来。


「刀はまあまね!じゃあ、私を一番可愛く見せれる防具を見せなさい!!」



「防具は造ってこなかった。俺が造った防具を着なくても、ありのままの朱火が可愛いと思うから」


朱火は頬を赤らめた。


「っ!!別に照れてる訳じゃないからね!!これは……その……私の炎の異能アビリティの効果なんだから!!」


そして朱火は髪の毛を弄りながらこう続けた。


「悪くないわね。いいわ。友達にはなってあげる。そこから私を落とせるかは別の話だからね!!」


「ありがとう。朱火」


それから俺と朱火はもう一人の友人と一緒に冒険を続けた。

俺の心はより一層朱火び寄っていき、朱火も同じだったと思う。


時は流れある夜、朱火は俺を呼び出した。蛍の光が眩い、とある河原だった。


「あのさ源内……。私に……防具を造って欲しい」


「いいけど……それならこんな呼び出さなくても」


「……………………。あなたの防具で、私を守って。これからもずっと」


「それって……」


「け、結婚してあげるって言ってるのよ!!」


「……………………」


「鍛冶師の仕事には金属を溶かす火が必要なんだ。ずっと消えないくらいに、朱い火が」


「そのために、これからもずっと一緒に居てくれよ。朱火」


本当は、溶かしてほしいのは金属なんかじゃない。


俺の心だってこと。


それを言ったら、俺の頬は君の髪の毛みたいに朱く染まってしまうだろうな。


それから、俺と朱火は同じ屋根の下で、同じ時を過ごした。


結婚式では、朱火は俺が作った防具を着てくれた。


このまま、ずっと同じ日々が続いて欲しかった。


朱火さえ居れば良かったんだ。


俺が作る防具が、武器が、もっと強かったら、あの時朱火を失わずに済んだのに。


朱火は死に際にこう言った。


「またどこかで会えるよ」


俺は地縫を鬼魔族オーガの巣の洞穴に突き刺し、朱火の天裂を持って帰った。


それは冒険者を辞めるという気持ちと、地縫己の刀を捧げた朱火が死んだことを受け入れる気持ちの表れだった。


それから俺は、人を守るための、人が人を守れるための武器と防具を造り続けた。


蔵に飾ってあった天裂が刃こぼれしている。


恐らくドラセナが使ったのだろう。


そして、そのドラセナはリントと共に無事に帰って来た。


わしの武器は……、俺の武器は、人を守れた。


「朱火……」


君が天を裂いて遠くに行ってしまったとしても、俺は大地に住む人の繋がりを縫えた《守れた》ぞ。



鬼魔族オーガの巣に置いて来たはずの刀……地縫が戻って来た。


地縫と天裂。



対の刀が再び会えたのだ。



「本当に……また会えたな……。朱火……」



源内の頬からは涙が流れ、その頬は朱く染まっていた。



――――――――――――――――――――――

「リント!あの木に向かって超高水圧の大海吐息ハイドロブレス!!」


「あいよ!」


リントの口から放たれた水流はドラセナが指さした気の幹を瞬く間に折った・


「おお~やるね~。喉の調子はどう?」


無問題もーまんたい!!」


「だけどドラセナ、毎回超高水圧の!!って言うの大変じゃない?なんか技名付けようよ」


「確かに!今回は暴走して言葉が通じない鬼魔族オーガが相手だったから良かったけど、言葉で伝えたらバレるしな~」


「う~ん……」


「じいちゃんの刀の天裂あまさきって四文字しかなくてスリムでかっこいいじゃん。せっかく和陽で覚えた技なんだし、和風な感じの名前にしない?」


水泡吐息バブルブレス大海吐息ハイドロブレスと来て次はあえて○○吐息ブレスじゃないやつ」


『う~む……』



「今朝は私の兄がごめんなさい。ドラセナ、リント君」



私とリントの背後に、コンマ数秒前までは感じなかった気配が現れた。

私でもリントでもない、初めて聞いた声。


「誰!?」


私は瞬時に魔力を両手に溜めて戦闘態勢を取る。


振り返ると紺色のフード付きのローブを来た誰かが立っている。


(一瞬にして現れた?高速移動できた?なら風で分かるはず……。そもそも何者!?)



「住宅街は戦闘禁止区域。そもそも、私は戦えるほど強くない。守られてばっかだから」


「てめえ、あの時の龍殺しか……?」


リントが牙を剥いて威嚇する。


フードをめくり、腰のあたりまで伸びたベージュ色の髪の毛と茶色の瞳が見える。


「私に戦う気はありません。昨晩は私の兄が手を出してしまい、すみませんでした」


少女は両手を挙げながら深く礼をした。


『え……?』


「急に姿を現してごめんなさい。このローブは私の異能アビリティで作ったもので、フードを被っている間は透明になることが出来るんです。昨晩、私の兄が手を出してしまったがばかりに、こうでもしないと話を聞いてもらえないと思って透明で近づきました」


異能アビリティをあっさりと教えた?夜中の様子からして、私たちは敵だろうに。異能アビリティを敵に教えれば損をするのはそっちでしょ?)


少女は両手を挙げて礼を下げたまま、両膝を地に付けた。


「私の名前はクリームヒルト。私に戦う意思はありません。昨晩、お二人を襲った剣士の双子の妹です。兄の行いの謝罪と、お願いがあって参りました」

クリームヒルトは来ていたローブを脱いで地面に置いた。


「ちょっと、ちょっと、そんなに急に頭を下げられても……」


「ドラセナ、こいつらは昨日俺たちを襲ったんだ。もっと疑ってかかるべきだ」


「私たちに直接手を出したのはこの子のお兄ちゃんの方だけでしょ。この子は後ろで隠れて見ていただけ。私たちを襲うなら透明のまま不意打ちをするべきでしょ。それに、この子はあっさりと自分の異能アビリティの情報を私たちに教えた」


「こんなに頭を下げられてるし。クリームヒルト、顔を上げて」


「はい……」

かなり怯えている様子のクリームヒルトの顔はかなり整っている。滑らかなベージュの髪の毛に黒い瞳。


「ここじゃなんだし、近くの家で話そ。ただし、あなたが逃げたり攻撃の動きを見せたら私とリントは容赦はしない」



「あろがとうございます」



「ところで、何歳?」


「15です……」


「まじで?私とタメじゃん!!尚更頭下げないでよ!敬語も辞めよ!」


「え……でも……」


「だってクリームヒルトが私たちを襲いたかった訳じゃないんでしょ?」


「そうですけど……」


「ならいいよ。許す。兄ちゃんの方は許さないけどね。てか双子なら兄ちゃんも私とタメか」


「は、はい」


「次敬語使ったら放電ね」


「ちょっとドラセナ!」


「クリームヒルトか~可愛い名前だね。でも長いからクリームって呼んでいい?」


「うん……いいよ」


「よろしくねクリーム!同い年の女の子の知り合い居なかったんだ」


「ドラセナってば!ドラセナが許しても俺は許さないからな!悪いのが兄ちゃんの方だとしても、ちゃんと説明してもらわないと!!」


「組み入った話はゆっくり話そ」


私たちは源内の家に戻り、囲炉裏を囲んだ。



「さてと。何でクリームのお兄ちゃんは私とリントを狙うの?」


「私と、私の兄のジークはレムリア大陸の北東部にあるとある集落で生まれた。レムリア大陸の北東部には龍谷りゅうこくと呼ばれるドラゴンワイバーンが生息するエリアがあるの。私たちの故郷の集落は龍谷のとても近くに位置していたから、集落を守る衛兵も沢山居た」


「そこでなんだけど……ドラセナたちはドラゴンワイバーンの違いは知ってる?」


俺龍ドラゴンだけど分からん」


「私はちょっとなら覚えてる。ドラゴンワイバーンよりも個体数が少なく、神様に近いような存在で、人前には滅多に姿を現さない。ワイバーンはその眷属。ドラゴンは個体ごとに司る能力があって、その能力に応じて○○龍みたいに名前が付けられる。リントで言う大海龍みたいに。私がしっかり覚えてるのはそんなとこかな」


「うん。大方そんな認識で合ってる。身体の大きさとか、骨格とか他にも区別されるとこはあるけど……。ドラゴンが神様のように扱われるのはね、昔からレムリア大陸の人々が自然災害の脅威とドラゴンの強さを結び付けて考えてきたから。実際、東のティルナノーグが現在みたいな地形になったの大昔に存在したドラゴンの力によるもの。人々は飢饉や天変地異が起こるたびに、ドラゴンを祀って祈りを捧げてきた」


「だから、ワイバーンが人々を襲うことがあっても、ドラゴンが人々を襲うことは滅多に無かった。それでも……私たちの集落はドラゴンに襲われて、私とお兄ちゃん以外の人間はみんな死んだ。私たちはドラゴンに襲われそうになった時、駆けつけた冒険者の人によって奇跡的に助けられた。その冒険者の人は、私とお兄ちゃんを教育ギルドに預けてどこかに去っていた。随分幼い頃の話だから、その冒険者が誰かは覚えてない」


「もしかして、クリームの集落を襲ったドラゴンって……」


「察しの通り。大海龍リントブルム」


「え俺!?」


「リント自身じゃなくて、リントの元になったドラゴンでしょ」


「おそらくそう。その冒険者の人がドラゴンを私たちの目の前で倒したから」


ドラゴンを倒せるほどの冒険者なら、その人は相当の手練れだよ。冒険者の中で名前が知れ渡るくらい」


「名前を言わずに去って行ったし、フードをしていたから顔も良く見えなかった」


「何となく分かってきた。クリームのお兄ちゃんは、自分の故郷を襲ったリントブルムに復讐したくて、そのリントブルムが元になった俺を倒したいんだろ?でも、その冒険者が当時のリントブルムを仕留めたって知ってるのに、何でまだリントブルムを探すんだ?」


ドラゴンは世界の事象を司る能力を個体ごとに持っている。言い換えれば、その能力を操るドラゴンはこの世界に存在しないといけない。だからまた別の大海龍が生まれるの。ジークはその新しい大海龍を倒すどころか、この世のドラゴンワイバーンを倒すことに囚われてる」


「俺らその復讐に関係ないじゃん……」


「本当に、リント君の言う通り。でも、復讐だけじゃないと思うんだ。ジークの原動力は」


「というと?」


「私の両親は冒険者だった。集落をワイバーンから守る仕事をしていたから、冒険者をしながら私とジークの子育ても一緒に行ってくれた。もう、殆ど顔も思い出せないけどね。当時、集落の他の子供たちからはとっても羨ましがられた。実の親に育ててもらえる子供は稀だからね。ジークは集落を守る両親を見て育ったのもあり、自分も人を守れる冒険者になるんだってよく言ってた。両親はジークに人を守る冒険者になる第一歩として、妹の私を守るように伝えた」


「当時の大海龍が集落を襲った時、両親は大海龍に手も足も出なかった。加えて、私は倒壊する建物に巻き込まれて背中に大けがをしたの。慕っていた両親を殺されたこと、妹である私を守れなかった自分の弱さ、力がなくて何も出来なかったやるせなさが、今もジークを飲み込み続けているのだと思う」


「なるほど……」


「リント君を見た瞬間に、何も出来なかった当時の自分を思い出してしまったんじゃないかな」



「復讐とか弱い自分が嫌いとか、思うのは勝手だけど他人を巻き込むのは辞めて欲しいもんだ。俺はドラセナの使い魔だし」


「ほんとうに、ドラセナとリント君には申し訳なく思ってる。本来なら私がジークを止めるべき。もう十分だよ。ありがとうって伝えて、ジークを安心させてあげなきゃいけない。でも、私の異能アビリティは特殊な効果が得られるローブを生み出せるっていう生産系のものだった。私の異能アビリティは戦えない。それもジークが私を守るための理由になってると思う」


「私はジークにもう大丈夫ってちゃんと伝えたい。だけどジークはリント君を見つけたことで、今までにない程の復讐心と過去の因縁に囚われて暴走してる。今度見つかれば場所を問わずに手を出しそうな程に」


「そこで、さっき話した頼みなんだけど……」



「ドラセナとリント君で、ジークを止めて欲しい」















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