第25話 最終回

俺は女の子達のホールドから逃れてライサ嬢と向き合った。


「ライサさん、何の用でしょうか?」

「あ…その…」

「…………?」


ライサ嬢は何も言わず、そのまま黙り込んでしまった。

何か用事があったんじゃないのか?

沈黙は長く、耐え切れなくなって俺の方から話を振った。


「そういえば、今回の討伐報酬の話って聞きました?」

「え、いいえ…」

「俺の功績が大きいと判断されて、俺だけ金貨10枚も貰えるらしいんですよ」

「そう…おめでとう」

「もちろんこれはパーティーとしての報酬なので、半々にして、ライサさんの取り分も金貨5枚ですよ」

「…そう」

「これで家の再興も近付きますね!」


俺としては吉報のつもりだった。

だが、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。


「…そうね」


それだけ言って、彼女は酒場を出て行った。

結局、彼女の方からは何も言われなかった。


「…何の用だったんだ?」


困惑する俺。

その腕を、女の子達が引っ張った。


「話終わったー?」

「え、ああ…」

「それなら座りなよー」

「飲み直そーよ」

「え、ああ…」


ライサ嬢のことは気になったが、どうしたらいいのか分からなかったので、俺は一旦席に座り…。


「このアホタレ!」

「痛っ!?」

「ボケカス!」

「ぐえええ!?」


ダックスに殴られ、テリーに蹴り飛ばされて床に転がった。




「「きゃー!?」」


突然の暴力バイオレンスに女の子達が悲鳴を上げた。


「な、何するんすか!?」

「うるせえボケ!」

「お前こそ何やってんだ!」

「はあ!?」

「いいから早く立て!」

「ええ…?あんたが蹴り飛ばしたから転がってるんじゃ…」

「ゴチャゴチャうるせえ!何でもいいから早く彼女を追いかけろ!」


俺はテリーに胸倉を掴まれて、起き上がらされた。


「おい、エドワード。これは先輩冒険者からの忠告だ。『泣いてる女は絶対に放置すんな』」

「ええ?何すかそれ…」


冒険者と関係ないじゃん…と言おうと思ったが、周りを見ると他の人達も胡乱うろんな目で俺を見ていた。

え、これ俺が悪いのか?


「とっとと行け!」


再び蹴り飛ばされて、俺はとうとう酒場から追い出された。


「やれやれ全く、これだから童貞は…」

「本当だぜ…」




「痛え!くそっ!」


店の外に蹴り出された俺は、起き上がるなり酒場の扉を睨みつけた。

だが、酒場からは呑気などんちゃん騒ぎが聞こえてくるばかり。

俺もついさっきまでは向こう側にいたのに、一体何なんだよこの状況は。


「行けって…どこに何しに行ったらいいんだよ…」


周囲を見回したが、ライサ嬢の姿は既にない。

酒の入った身体に夜の風が冷たかった。


(泣いてたって本当かよ…)


俺は彼女の泣き顔を見ていない。

だが、ライサ嬢の泣き顔を想像したらすこぶる嫌な気分になった。


「くそっ!」


仕方がないので走り出す。

目的も、目的地も、依然として不明のまま。




(ライサ嬢が行きそうな場所ってどこだ?)


とにかく彼女を見つけなければならない。

彼女は頻繁に出歩くタイプの人ではなかった。

元貴族令嬢であるから、町に平民の知り合いなども多分いない。

俺が出かける時に一緒に着いてきて、俺が家にいる時は家にいた。

考えてみると、この2ヶ月間はほとんど一緒にいた。


(とりあえず、家まで行ってみるか)


他に思いつく場所もない。

だが、郊外の我が家まではやや距離がある。

走りながら途中の店も逐一確認していく。


(ライサさんが泣いていたとしたら、理由は何だ?)


大通りを走り、飯屋に顔を突っ込んでライサ嬢がいないのを確認しながら、考える。


(やっぱり俺が他の女の子達とよろしくしていたからか?)


つまり…そういうことか?

もしそうだったら、俺はどうする?


(そりゃ好きか嫌いかなら好きだけど…)


俺のこの感情は友愛か、親愛か、それとも恋愛なのか?


(分かんねえ…)


それは今まで極力考えないようにしていた話だ。

俺が彼女に好意を持つことは、彼女にとって不都合なことだと思っていたから。

道の先に武具屋が見えてきたが、既に閉まっていた。

街灯も無い夜の町だ。

開いてる店の方が少ない。


「くそっ!見つからねえ!」


ライサ嬢は見つからないし、自分の気持ちにも整理が付かない。

もうじき家だ。

もし家に彼女がいなかったらどうしたらいい?

もし家に彼女がいたらどうしたらいいんだ?


「そうだ、魔道具屋!」


俺は最近2人で魔道具屋に行ったことを思い出し、念のため見に行くことにした。

大通りから路地に入って職人街へ出る。

夜だが、魔道具屋はまだ開いていた。


「ライサさん?ああ、君の彼女ね。それならさっき見たよ」

「本当か!?」


彼女じゃないとかそういうツッコミは今は置いておく。


「私が君に嘘をつくはずないだろう。君はお得意様だからね」

「いいから早く教えてくれ!」

「さっき君の家に行くのを見たよ」

「やっぱり家か!助かった!」


俺は有力な目撃証言を聞いて、すぐさま店を飛び出した。


「はいはい。良い夜を」




俺は一直線に家に向かった。

とにかく彼女に会うことはできそうで、少しホッとした。

家に着き、リビングを確認したが、彼女の姿は無い。

彼女の寝室の前まで行って、ノックをする。


「はい」

「あ!エドワードです。ええっと…」

「…どうぞ」


招かれたので寝室に入ると、彼女はベッドに腰掛けていた。

俺は妙にドキドキした。


「ええっと…」


ヤバい。

何も思い付かない。

酒場からここまで散々あれこれ悩んだというのに、具体的なことは何も決まっていなかった。

額を汗が流れる。

くそ、頭がクラクラしてきた。

俺は一体何をしにきたんだ?


「…あの、さっき酒場で、ライサさんが泣いてるって聞いて…」


それで俺は慌てて走ってきたんだが、今の彼女の目に涙の跡は無い。

やっぱり何かの間違いだったのか?


「…少しだけ…」

「え、あ、それは…俺のせいで?」


そう聞くと、彼女は本当に泣きそうな顔になってしまった。

ああくそ、何やってんだ俺は!

泣いてほしくなくて走ってきたのに、俺が泣かせてどうすんだ!


「それは俺が…あー、他の女の子と一緒にいたから?」

「…違います」


違った!

じゃあもう分かんねえや!

いや馬鹿、諦めてんじゃねえ!


(こういう時は…とりあえず謝った方がいいのか?)


謝って、機嫌を取って…。

でも、理由も分からないまま適当に謝って何になるんだ?


「…討伐報酬の話を聞いて」

「え、討伐報酬?」

「…もしも、十分なお金が溜まってしまったら」


彼女は俺の目を見て言った。

その頬は紅潮していた。


「あなたと離れ離れにならないといけないのかと、そう思ったら、悲しくなって…」


それは最早、彼女からの告白だった。




直接的な表現は無いが、明らかな告白の言葉を聞いて、俺は…。


「あ…」


言葉が出てこなかった。


(グズグズしてんな!さっさと『俺も好きだ!』って言って抱け!)


と心の中の俺が怒っているが、現実の俺は煮え切らないダメ男だった。


(こんなダメ男と付き合うのは彼女にとっても不幸なのでは?)


と心の中のもう1人の俺が言い出す始末。

俺の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。


「…俺は、ずっと、ライサさんとは釣り合わないと思ってました」

「…知っています」

「それに、生活をともにしているからこそ、絶対に一線は越えちゃいけないと思ってて…」

「…」


だってそうだろう。

もし俺が彼女に無理矢理迫ったとして、果たして彼女は断ることができるだろうか。

宿代を苦にして俺の家に転がり込み、昇格試験中にパーティーを組んだせいでパーティーから抜けることもままならない。

俺との関係が壊れた時、彼女は一体どこへ行ったらいいんだ?


「だから、俺はライサさんと付き合うなんて考えたこともないんです」


嘘だ。

本当は100回くらい考えたことある。

だがその度に目を逸らし続けてきた。


「…」

「だから、その、もっと真剣に考えたいって言うか、この場の流れで付き合うみたいなことは…」


そう言うと、彼女は俯いた。

泣かせてしまったかと思って、俺は慌てて彼女に一歩近付く。

そして、気付いた。

彼女の手の中に小瓶が握られていることに。

その小瓶の中には怪しいピンク色の液体が入っている。

俺は自分の心臓の音がやけにうるさいことに気付いた。


「ら、ライサさん?それは…」


クラクラする意識の中、俺は彼女の瞳から涙が溢れるのを見た。


「…ごめんなさい」


彼女の手の中にあった物は、以前魔道具屋で見た、媚薬だった。


「う…ら、ライサさん…!」

「好きよ、エドワード」

「ライサっ…!!」


そして俺は熱に浮かされるように彼女へ襲いかかった。




【表現規制】




で、それから1時間くらい後のこと。


「媚薬は反則じゃないかな?」


冷静さを取り戻した俺は彼女にそう言った。


「ごめんなさい」


彼女は俺の腕の中で申し訳なさそうに小さくなった。


「まあ、良いんですけどね。何だかんだ言っても、結局はこうなっていたような気もするし」


『媚薬で既成事実作って付き合っちゃおう!』ってまあまあの禁忌タブーな気がするけど、まあ許そう。

誰が悪かったかと言ったら、煮え切らなかった俺も悪かった。

それに今思えば、俺が彼女に向けていた感情はやっぱり恋愛感情だった気がする。

結局、必要だったのは一歩を踏み出すためのきっかけだったのだ。

まさか媚薬とは思わなかったが。


「…怒ってない?」

「怒ってないです」

「本当に?」

「本当本当」


俺は右手で彼女の綺麗な赤毛を撫でた。

そしてベッドに寝転がったまま、ベット脇の木棚キャビネットの上に左手を伸ばし、媚薬入りの小瓶を取った。


「これ魔道具屋のやつですよね?金貨3枚とか言っていたような」

「…貯めてたお金を使ったの」


それは彼女が貴族に戻るための貯金。

それを使って媚薬を購入したということは、彼女は家の再興よりも俺を選んでくれたということだろう。

『俺で良かったんですか?』とはもう聞くまい。

一線を越えた以上、俺も彼女を手放す気は無かった。


「しかし、いつ買ったんですか?」

「さっき」

「さっき?」

「酒場を出て、走って魔道具屋へ行って…」

「え、俺も魔道具屋行ったけど、そんなことは一言も…」


あっ、あの魔道具屋やろう

黙ってやがったな!

よく考えると、店番してたはずのあいつが俺の家に走って行くライサさんの姿を見ることなどできるわけがない。

何が『お得意様に嘘付かない』だ!

めちゃめちゃ嘘ついてんじゃねえか!

そういえば『良い夜を』って…そういう意味かよ!


「…ん?」


更に俺はもう1つ不可解なことに気が付いた。


「どうしたの?」

「いや、この媚薬の中の液体、減ってないなと思って…」


小瓶の中には未だにピンク色の液体が満ちていた。

こういうのって使ったら減るもんじゃないのか?

多分彼女が蓋を開けてから1時間は経っているんだが…?


「…あ!」

「どうしました?」

「そういえば…媚薬は使う前によく振るようにって…」

「え?」

「よく振って、中の液体を混ぜてからじゃないと効果が…」


よく見ると小瓶の中の液体はピンクと濃いピンクの二層構造になっていた。

なるほど、振って2種の液体を混ぜることで効果が…。


「ちょ、ちょっと待って」


それは、つまり…どういうことだってばよ?


「じ、じゃあ、もしかしてさっきは…」


媚薬の効果とか関係なく、俺が勝手に発情してヤッちゃったってこと…?


(…ぐ、ぐああああああ!!!)


やっちまった!!!

さっきまで「媚薬を使われたら仕方ない」みたいな感じで全てを媚薬のせいにしていたのに!

しかし、実際には媚薬何の関係も無し!

it's a プラシーボ効果!

何かずっと頭がクラクラしていたのは酒を飲んでいたからで?

何かずっと胸がドキドキしていたのは夜道を全速力で走ってきたからで?

何かずっと下半身の調子が良かったのは蛇肉を食べたせいだった?


(めちゃめちゃ恥ずかしくなってきた…!)


な〜にが『真剣に考えたい(キリッ)』だ。

何が『流れで付き合うのは〜』だ。

結局性欲に負けてんじゃねえか!

しかもそれを言った数秒後に!

俺は頭を抱えて悶絶した。

ぐああああ!

そして、どうやら彼女も同じことに考えが及んだらしく。

彼女は恥ずかしそうに笑って言った。


「エドワード」

「…何でしょうか」

「私のこと好き?」

「…好きです」

「そう」


彼女はモゾモゾと俺の腕から這い出すと、俺の方へ綺麗な顔を近付けてきた。

俺は観念して彼女に唇を差し出した。




こうして俺とライサさんは付き合い始めた。

翌日には入籍して夫婦になった。

スピード結婚だが、(元とは言え)貴族令嬢に手を出したのだから、当然の話だ。

まあ、今までも同棲していたわけだし、2人ともとっくに成人済みだし、問題はない。

それから数日は休みを取った。

最近は透明大蛇イオド退治のために冒険者ギルドに出突っ張りだったしな。

休みの間は2人で思う存分イチャイチャした。

そして3日後の朝にギルドへ行ったら、何故か全部筒抜けで、冷やかしやら祝福やらを色々ともらった。


「え?指名依頼ですか?俺に?」


受付のバーナードさんに呼ばれて行くと、俺宛に指名依頼が来ていた。


「指名依頼って?」

「その名の通り、特定の冒険者に名指しで来る依頼です。指名する分、報酬も高めになっていて、名のある冒険者にしか来ないんですけど」

「まあ、この前の討伐で名が売れた結果だな。依頼の内容もお前にうってつけのやつだ」


依頼:毒蛇の巣の調査

内容:北西山脈の調査中に発見した毒蛇の巣の調査

期日:10日

報酬:金貨5枚


「なるほどなあ」


確かにこれは俺向けの依頼だ。

何せ俺には『毒耐性』がある。

その辺の毒蛇なんか怖くも何ともない。

ただ、『双魔』は2人組みの冒険者パーティーだ。


「ライサさんはどう思いますか?」

「うーん…」


毒耐性の無い彼女が嫌だと言えば、俺はこの依頼を断ろうと思う。

確かに報酬は良いが、火急の要件ってわけでもなさそうだし。


「…エドが守ってくれるなら、良いわ」


そう言って俺に笑顔を向ける彼女は、天使も顔負けの可愛さだった。

もう指名依頼なんかブン投げて帰りたくなってきたな…。


「ゴホン!で、どうするんだ?」

「え、ああ、じゃあ受けます」

「熱々ですねー、いいなー」


隣の受付からバーニーちゃんがそう言った瞬間。


「ただいまー!」

「あ!キッド!」


『灼剣』の3人が王都から帰還した。


「よう、キッド。おかえり」

「兄貴、ただいま!透明大蛇をぶっ倒したって聞いたぜ!やっぱ兄貴は凄えな!」

「だから、俺1人でやったんじゃねえって」

「やーっと帰ってこれたにゃー!」

「そうですね…王都は肩が凝りました」

「2人もおかえり」

「ただいまにゃー、エドワードは相変わらずの間抜け面…じゃない!?何かあったにゃ!?」

「お、流石は獣人族。目敏いな」

「エド、この人達って…」

「あれ?まだ面識ありませんでしたっけ?こいつらが『灼剣』、かの有名な『竜殺し』の3人ですよ」

「あれ、兄貴、そっちの人は…」

「嫁だ」

「妻です」

「「「ええええ!!!??」」」

「キッド!しばらく帰ってこれないって言ってたじゃない!」

「え、ああ、この町が透明大蛇に襲われたって聞いたから早めに帰ってきたんだ!」

「先に知らせてくれたら良かったのに!」

「いやあ、バーニーをびっくりさせようと思ってさ!一応無事だって聞いてはいるけど、怪我とかしてないか?」

「大丈夫。うちの冒険者達は皆んな優秀だもの!」

「フッ、俺のことか…」

「馬鹿、俺のことに決まってんだろ」

「ダックスさんとテリーさんのことではないです」

「「ええー、酷いよバーニーちゃん!」」


しばし談笑の後、俺達は依頼があるからと皆んなを置いて冒険者ギルドを出た。


「じゃあ、行きますか」

「そうね」


そして俺とライサさんは新たな冒険に出発したのだった。







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