第24話 蛇食いのエドワード

(透明大蛇の透明ってどのくらい透明なんだ?)


東門の外で蛇を待ちながら、俺はそんなことを考えていた。

目の前には石畳の街道と草っ原。

遠くには森と山と空が広がっている。

さきほどから何の変化も無い。

例えば、カメレオンみたいに周囲の色に溶け込むだけなら、至近距離で見れば分かるんじゃ…。


「PUSYAAAA!!」

「うわっ!?」


突然、何も無い空中から大量の紫色の液体が噴き出してきた。

これは事前に聞いていた毒液攻撃か。

しかし、音も臭いも、何の前触れもなく、とてもじゃないが避けられるような攻撃ではなかった。


「ぐわああああああ!」


俺の予想は外れた。

毒を吐き掛けられた今でさえ、大蛇の姿は見えない。

毒の方向からして目の前にいることは確実なのに、俺の瞳には地平線が映っているのだ。


「ああああああ死ぬうううううう!」

「エドワード!!!」


俺は絶叫して倒れた。

城壁の上からライサ嬢の悲鳴が聞こえる。

倒れると全身が紫色の粘液に沈んだ。

一体何リットルの毒液なんだ。

そしてまた唐突に、目の前に馬鹿デカい蛇が現れた。


「出たぞ!」


蛇はその頭部だけでも俺の背丈と同じくらいあった。

全長に至っては何十メートルあるかも分からない。

こいつが透明大蛇イオドか。


「総員攻撃用意!」

「エドワードの死を無駄にするな!」


透明大蛇の身体は青白く、美しい蛇だった。

だが、パックリ開いた口の中は紫色でグロテスク。


「SYURURURURU…!」


何より、くさい。

この臭いは大型の肉食魔物特有の臭いだ。


「弓隊構え!」


腹の底から漂ってくる、血と、腐った肉の臭い。


「撃てええええ!!」


人食魔物マンイーターの臭いだ。


「…その臭え口を閉じろ蛇野郎!!!」


俺は飛び上がり、大蛇の口内へ長剣を突き刺した。




「KISYAAAAAAAAAAAAAA!!?」


透明大蛇は悲鳴を上げて、大きくけ反った。

死んだはずの獲物おれから反撃を食らったことに動揺しているようだった。

なお、弓隊の矢は俺の頭上を越えて蛇の胴体部を襲った。

皆んなからは毒液まみれの死体に見えていたはずだが、一応射抜かないように注意してくれたようだ。


「え、エドワード!?」

「何で生きてんだお前!?」

「何で半裸なんだお前!?」


服は蛇の毒で溶けたらしい。

頭から被ったので、上半身はほぼ裸。

下半身は攻め過ぎた穴空きジーンズみたいになっている。

しかし、服の下の俺の肉体には何のダメージもない。

流石は神様から貰った毒耐性チート能力である。


「それより誰か剣を貸してくれ!」


俺の剣は仰け反った拍子に蛇の口に持っていかれた。

武器が無えよ、武器が。


「おらよ、剣だ!」


テリーがぶん投げて寄越した剣は近くの地面に突き刺さった。

俺はそれを引き抜き、透明大蛇に突撃した。


「うおおおおおおお!!!」


本当は一太刀入れて離脱するつもりだったが、透明大蛇の動揺が予想よりも大きく、俺は追撃に出た。

何故分かるかって、奴の弱点が丸見えになってるからだ。

透明大蛇の弱点は腹。

奴の全身は硬いうろこで覆われているが、腹の一部だけ鱗の無い場所がある。

元から無いのか、地面にでも擦って取れたのか。

とにかくそこには刃が通る。

金級冒険者キッドからの情報だから間違いはない。


「死にくされ!!!」


情報通り、剣は奴の腹に深々と刺さった。

二度ふたたびの絶叫。

直後、大蛇の身体の色が段々と薄くなっていった。


「透明化だ!」

「野郎、逃げるつもりか!?」


だが、大蛇が透明になっても突き刺さった剣はそのままだった。

空中に2本の剣が浮いている。


「剣を目印に撃て!」


俺は後退しながら門の上に叫んだ。


「弓隊!撃て!!」


東門の上から矢の雨が降り注ぐ。

ほとんどは鱗に弾かれたが、矢には油が塗ってあって、直後に投げられた火炎玉で一斉に炎上した。


「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!」


三度みたび絶叫。

俺は火炎に巻き込まれないように門まで走った。

すると、門が少しだけ開き…。


「エドワード!」


声の主はライサ嬢だった。

わざわざ下まで降りて来てくれたらしい。

門をくぐると、彼女は俺の胸に飛び込んで来た。


「うおっ、ライサさん!?まずいですよ!毒液が!」


制止も虚しく、彼女は引っ付いたまま離れようとしなかった。

俺は大いに慌てたが、ライサ嬢が毒液で溶けるようなことはなかった。

毒耐性の効果か、身体に付着した毒液はほとんど消え去っていたようだった。


「良かった…生きてる…!」

「あー、まあ、ちゃんと帰るって約束しましたし?」


俺は努めて軽い感じで言ったのだが、彼女はボロボロと泣き出してしまって、また焦った。

何とか宥めすかして彼女を泣き止ませると、その頃には透明大蛇は力尽きていて、俺達は顔を見合わせて笑ったのだった。




その日の晩は宴になった。


「「「『蛇食いのエドワード』に乾杯!!!」」」


貸切にした酒場の中にジョッキをぶつける音が響いた。


「えー、1番エドワード、毒蛇食べまーす」

「いいぞー!」

「蛇食いー!」


俺の二つ名は大蛇退治を経て、『草食くさばみ』から『蛇食い』に変更となった。

ちょっとは強そうな感じになったので、それはまあ良かったのだが…。


「おえっ!まっず!」


実際の透明大蛇の肉は不味かった。


「やっぱ不味いのか…」

「まあ毒蛇だもんな…」

「あっぶねえ…危うく食べるとこだったぜ…」


透明大蛇の死体は冒険者達全員によって解体された。

焼け残りの使えそうな部位は冒険者ギルドに回収されていったが、そのうちの一部(肉)は本日の宴に供されている。


(あれ、おかしいな?蛇肉って鳥っぽい味がするって聞いたんだけどな?)


透明大蛇の肉は臭いし固いし、味以前の問題だった。

やはり人肉食ってる魔物は不味いのかもしれない。




「すいません、酒ください」

「はーい!」


俺が頼むと、隣の席の女の子が酒を注いでくれた。

囮役を演じ、加えて大ダメージを2発決めた俺は本日の主役だ。

VIP待遇で、両隣りには可愛い女の子をはべらせている。

2人とも冒険者でも何でもない町娘で、そんなに喋ったこともないはずだが、今日だけはめちゃくちゃ俺のことを持ち上げてくれる。

ええ気分やで!


「金級の魔物を1人で倒しちゃうなんて凄ーい!」

「いや、1人で倒したわけじゃないですけどね?」

「えー?大蛇のお腹に剣を突き刺したって聞いたよ?」

「それはやりました」

「凄ーい!まだ若いのに、勇敢なのね!」

「エドワードさんって、今付き合ってる人とかいるんですか?」

「付き合ってる人は…いないですけど」

「それなら、私とかどうですかー?」

「うぇ!?」

「ずるーい!じゃあ私も立候補しちゃおうかなー」

「!!???」


我ながら馬鹿みたいな声が出た。


(おいおいおい、何だこの状況は!??)


これが俗に言うモテ期ってやつ!?

今までは全くと言っていいほどモテなかったのに!

やはり、男は「何かを成すこと」が最も重要なようである。


(始まったな俺の人生!)


既に酒も入っていて気分も良い。

それと、蛇肉を食べた所為かさっきから身体が熱くなっている。

何か色々とみなぎってきたぞ!


「まあ、とりあえず友達からで…」


が、しかし、俺は理性を総動員してこの申し出を拒否!

いやだって、良く知らん人達だし…。

いきなり付き合うってのはちょっと…。

いや顔は可愛いし、さっきから腕に当たってる胸も凄い柔らかいんだけど、流石にね?


「えー、どうしてもダメー?」


くっ!

引かねえこの子!

見習いたいその押しの強さ!

胸もめちゃくちゃ押し付けてくる!


「ねえってばぁ」

「えー、あー」


いかん、負けそうだ!

蛇肉なんか食べるんじゃなかった!

とりあえず誰か助けてくれ!


「エドワード!」


金級の大蛇を倒したはずの俺が町娘に負けそうになっていると、ギリギリのところで救いの女神が現れた。


「ライサさん!」

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