白と黒

進藤路夢

白と黒

「俺はロボットじゃない!!」

 昼の最盛期を過ぎたそば屋で、客の怒号が響いた。

「申し訳ございません。申し訳ございません」

 バイトの店員は、機械的に言葉を繰り返し、頭を下げた。

「おかしいだろ!!」

 客の勢いはやみそうにない。

 店主とおぼしき頭の薄い初老の男性が、手を拭きながら、厨房からあらわれた。

「しょうがないねぇ」

 一度ため息をつくと、

「すいません、ウチの従業員が、何か失礼を?」

「何かだぁ? 俺は人間だ!! なのに何で俺にオイル出汁を出すんだ。この店は人間とロボットとの区別もつかないのか!!」

 立ち上がり怒鳴っている客は中年の男性で、体は細身の割にガッチリしていた。着ている物は地味な割に、高そうではあった。その人の前のテーブルには、黒く光ったつゆのかけそばがおかれている。

「それはそれは、申し訳ございません。年末で忙しくなると思いまして、雇ったバイトでございます。何分不馴れございまして」

 怒っている客は、一歩前に出た。

「バイトとかベテランとか関係無い。人間が透明、ロボットが黒だろ!!」

 客は店主の目の前に近寄り威圧した。

「説明不足でございました。けして、間違えたわけではございません……」

 店主の言葉を遮り

「この俺をロボット扱いしたんだ、こんな店潰してやる」

 店主を見下ろし、低い声をだした。

 傍らでは、バイトは声も出さず何度も頭を下げている。

「いいか、早く透明なつゆで作り直せ。でないと、この店を潰す」

 店主は頭をポリポリ掻くと

「いやー、出来ない相談ですなそれは」 

「あぁ? 何だと?」

「イヤな奴は客と思うな、というのが親父の頃からの決まりでしてね」

 店主は、眠たそうな顔を客に向け

「イヤな奴なんですよ、あんた」

「お前っ」

 かっとなった客は、右手を振りかぶって店主めがけて打ち抜こうとした。

 その動きを待っていたかのように、店主は拳を避けながら客の懐に潜り込み、クルリと振り返った。そして空を切った客の腕を抱えると、勢いを利用して背負い投げた。

「おおおおおお」

 バイトは思わず声が出た。

「え?」

 投げられた客は、自分がどうなったか理解出来ていなかった。

 カウンターとテーブル席が二つの店内、他に客は居なかった。そこの中央で大の字になり、初めてこの店の天井を見た。

 その視線上に店主がぬっと顔を出すと

「そばを知らない奴が、偉そうにするな。出て行け」

 小さめの音量と丁寧な物言いだった。

「クソっ」

 客は慌てて立ち上がると

「ゆるさねーからな!」

 店を出て行った。乱暴に開け放たれた戸は、閉じることは無かった。

「戸ぐらい閉めてけよ。最近はロボットのほうがしっかりしてるよ。なぁ」

 バイトのほうに顔を向けると

「すいません」

 頭を下げていた。

「気にするな、あんたは間違ってないよ。それよりお昼、おそばで悪いけど」

 透明なつゆのそばが、カウンターに置かれていた。

「あ、でも」 

「しばらくお客は来ないから、テーブルででも食べなさい。あ、あと、その残ったの奥へ運んでおいて」

 バイトは、黒いつゆのそばを厨房奥へと運び、透明なつゆのそばをテーブル席で食べ初めた。

 店主は戸を閉める前に、顔だけだして辺りを見回した。

 二階建てのコンクリート造りのそば屋。二車線の道路沿いとはいえ、その建物以外、周りは荒野。砂埃が舞い、曇っている。左を見れば、遠くには昔は都市があったとおぼしきビル群が、グチャグチャになっているのがここからでも分かる。右は昼間っから何かピカピカ、街全体が発光していて、たくさんの煙と相まってグロテスクな様相を呈している。ちょうど、その二つを繋ぐ道路の中間地点だ。

 グチャグチャのビル群の方に、さっきの客が乗っているであろう、オフロード仕様の自動車が向かっていた。そして、グロテスクな街から黒い乗用自動車が来ているのが遠くに微かに見えて、店主はフンと鼻を鳴らして、戸をしめた。



「邪魔するぜ」

 小柄でにやけ顔の中年男と、その後ろには逆に大柄でオールバック、馬面顔の男の二人組が入ってきた。

「うおっしゅいもそ」

 バイトは、食べていたそばを、最後に口に入れた所での入店だった。

「あ、いいよいいよ。それ食べたら今日は帰りなさい。また、明日よろしくね」

 店主は、客には一瞥もくれず、空いた碗を下げた。

「あいっかわらず、冷たいねぇ。おい、そこ」

 にやけ顔は、馬面にアゴでカウンターに座るよう指示し、二人ともドカリと座った。

「ういません。いいんですか?」

 バイトの問いかけに

「いいのいいの、もう後は客なんて来ないから」

 モグモグしながら、バイトは水を客に出すと、厨房奥へと下がっていった。

「オヤジさん、そろそろあのお願いどうにかなりませんか? 手荒な真似はしたくないんですよ」

 にやけた顔だが、目の奥は笑っていない。

 出汁をとっているのか、白い湯気が立ち上り、店主の顔はみえにくくなったが

「断る」

 は、決意に満ちていた。

「そうですか。まぁ、じゃあかけそばを二つ」

 フンと鼻を鳴らすと、

「もうやってるよ。毎年の事だろ」

「何年になりますかね」

「知らねぇよ」

 そばをゆで始め、真剣に湯面を見つめている。

「それじゃ、先に失礼します」

 バイトは、頭を下げるとそそくさと帰っていった。出て行くのを見送って

「人雇う余力があるの?随分な身分になりましたなぁ」

「年末は、忙しいんだよ。あんた達だって、こうして年一で食べに来てんだ」

「まぁね。あのロボットも役にたってんだ」

「しっかり働いてくれてるよ」

 そばが茹で上がると、ザルにあげ冷水でヌメリをとるために洗い始めた。

「まぁ、あれだ。俺はあんた達嫌いじゃないんだよ」

 店主の急なカミングアウトに、二人の客は視線を店主に向けた。

「昆布で出汁をとったり、そばを水で洗ったり。人間が来ないと出来ないからな。いつでも準備はしてるが、結局自分の分しか作らない日もある」

 洗い終わったそばを氷水でしめながら

「うちでは、ロボットには透明なオイル出汁のつゆだからな」

 話ながらも、流れるような手つきだった。

 にやけ顔は、水を飲みながら

「さっきのバイトが食べてたのも」

「透明なオイル」

「へへへへへへ」

「気持ちの悪い、笑い方だな」

 水を飲み干すと

「ロボットとでも、自分を人間と思ってる奴がいるから始末が悪いんだよな」

「ほら」

 二人の客の前には、かけそばが二つ出された。黒い出汁に、湯気がモクモクとあがっている。具材は、ネギと黄柚子のみのシンプルなスタイルだ。

「うちのは、濃い口醤油だから人間にだすのは黒いんだけどな」

 馬面顔が二人分の割り箸を準備し、にやけ顔に渡した。

「いただきます」

 馬面顔が初めて声を出した瞬間だった。


「娘はどうなの?」

 にやけ顔は、そはを食べながら、割り箸の先で厨房の端にたてかけてある写真を指した。

「さぁな」

「まだ、見つからないの? 大戦後だから何年よ? こんな所でそば屋やってないで、こっちに来ればいくらでもネットワークあるんだから」

 フンと鼻を鳴らすと、

「あんたらみたいなのの、力は借りない」

「あ、そう。ならいいんだけど」

 ズズズズズズ

 つゆを飲み

「できもしないのに」

 小さく悪態をついたが、店主に反応は無かった。

 その横で、馬面は碗がひっくり返る程持ち上げそして、カウンターに戻した。

「ごちそうさまでした」

 両手を合わして、お辞儀すると、にやけ顔と目を合わして、店の外へ出て行った。

「大丈夫、俺が金払うから」

 にやけ顔は、つゆの底に麺が残ってないか、割り箸で探っていた。

「金はいらない、早く帰れ」

「つれないねぇ。それより、さっきの話だけど、人雇うほど年末に客来るのか?」

「年末はな」

「何でそんなに、年末にそば食べるんだ?」

「さぁな」

「へへ、売れればそれもヨシか」

「そういやさっき来てた客が、人間てのは年末にそば食べるもんだって、大声だしてたな」

「そいつは、人の気持ちがわかるのかね」

 アゴをさすりながら、割り箸はまだ残り物を探していた。

 ガラガラガラ

「はい、いらっしゃ……」

 戸が開く音に条件反射で声がでた。しかし、最後までは言え無かった。何十年の習慣でも。

 そこに立っていたのは、やつれた若い女性だった。

「かおり」

 出た言葉は、娘の名。厨房に立てかけてある、写真の女だった。


「ご対めーーん」

 にやけ顔は、碗の底をさらいながら、わざとらしく明るく言った。

 店主は、やっていた後片付けを止め、そして声にならない声がブツブツとでた。全身が小刻みに震え、自然と足は厨房から出ていた。

「はい、そこまで動かない」

 にやけ顔の声が合図となっていた。

 かおりと言われた女性は、押されるように店内に入り、ドアが閉められた。背後には、先程の馬面がぴたりとついている。

 スチャッ

 金属音が店に響き、店主の角度からでは見えないが、拳銃のようなものを突きつけているのを理解させる音ではあった。

「お父さん……」

 女性の絞りだした声、

「かおり……」

 店主の震える声。

 二人とも左目から同時に涙がこぼれた。

 店主はフンと鼻を鳴らし、そして鼻をすすると

「あんたら、こんな汚いマネするのかい」

「汚いのかねぇ。たまたま見つけただけだよ」

 碗の底をさらうのを飽きたにやけ顔は、立ち上りゆっくりと店主に近づいた。

「で、ウチの仕事やるのやらないの? どっち?」

 この瞬間だけ、顔のにやけは失せた。

 口を真一文字にした店主は、何度も娘とにやけ顔を見た。

「どっちなの? 俺もさぁ、毎年これだと立場危ういのよ」

 にやけ顔は振り向きざまに、裏拳で娘を殴った。

 娘は吹き飛んだが、馬面に抱えられまた同じ位置に立たされた。受け止めた馬面の手に、旧時代の小型拳銃が、握られている事がはっきり確認できた

「動くなよ!!」

 にやけ顔の腹からの声は、どちらにも言い放たれた言葉だった。

 口元が、赤くなった娘。

「オヤジさんよ、娘にはいろんな仕事させてやっていいんだぜ。なんなら、その写真も毎日ここに届けさせてやるぜ」

 へへへへと薄気味悪い声だけが店内に響いた。

 店主は目をつぶり、震えていた。

「お父さん、ゴメン」

「勝手にしゃべってんじゃねえーよ」

 今度は、娘の首から顎を持ち上げた。

「ここでめちゃくちゃにしてやろーーか、えぇ!!」

「やるよ」

 ため息のような声だった。

「なにぃ?」

「やるよ、わかった」

 下を向き、両手は握られていた。

「はーーい、契約成立」

 言い終わるや否や、にやけ顔は娘から手を離し、店主の腹を蹴り上げた。

「さーーんざん、偉そうにされたからねぇ。ここに何年通ったと思ってるの。これじゃまだ足りないのよ」

 うずくまっている店主を、蹴り上げひっくり返すと、何度も踏みつけた。

 体を丸くし、力を入れて耐える店主

「へーーへへーーへ」

「お父さん……」

 娘は、何度も前に出ようとするが、馬面に止められ顔は涙でグチャグチャになっていた。

「お前がウチの仕事したって、娘は売り飛ばしてやるよ。コノヤロー」

 最後の蹴り上げは、店主は娘の方へ転がされた。店主は思わず娘の足を掴もうと手を伸ばした。

 馬面は反射的に、それを止めようと屈んだ瞬間。

 ガラガラガラ

「すいませーーん、忘れ物……」

 さっき帰ったバイトだった。誰もいないと思って入ってきた勢いは、入口付近で屈んでいた馬面のお尻を突き飛ばした。

 娘もろとも発生した玉突き事故は、最初から倒れている店主と共に、計三人が倒れる事となった。

 そして、店主の伸ばした手の先に馬面が握っている拳銃が鈍く光っていた。店主は、それをつかんだ。馬面も簡単に離すわけはない。もみ合いながら、二人は立ち上がり銃口は店内のアチコチを向いた。

「早く、早くなんとかしろ!!」

 にやけ顔は、時々銃口が向くので迂闊に近寄れ無い。

「離れろ!!」

 店主の言葉は、娘とバイトに向けたものだった。

 バイトは外へ、娘は店の端へ逃げた。

 それを見た、にやけ顔は娘をもう一度人質にしようと近づいた。

 ズキューーン

 初の発砲は、娘とにやけ顔の間、店の角に着弾した。

「動くんじゃない」

 店主と馬面の二人で銃を持っているが、主導権は店主のようであった。銃口は、にやけ顔に向いている。 

 次の瞬間。

「早く」

 三言目を放った馬面は、銃口を娘に向けた。

「動くな」

「ぅうん!!」

 社交ダンスをするような形で、お互い拳銃を奪い合い拮抗した。銃口は二度三度、にやけ顔と娘を行ったり来たりしている。

 向けられている二人も迂闊に動ける状況ではなかった。


 ズザザザーー

「ああ、ダメダメ今はダメーー」

 店の外でバイトの声と、ドタバタした音がしていた。

 そして、間髪を入れず入ってきたのは、先程バイトに切れて、店主に投げ飛ばされた客だった。

「おい!! やっぱり納得いかない。透明なつゆで作り直せ!!」

 どこからか持ってきた鉄パイプ担いで、啖呵を切ったものの、状況を観察して固まった。

「うん?」

 元からいた四人は、自然と客に視線を集めた。

 そして、その瞬間を店主は見逃さなかった。馬面を担いで投げ飛ばした。さらに、たたきつけられた馬面の肩口を踏みつけ、拳銃を剥がしとった。

 店主は、拳銃を独り占めすると、フンと鼻を鳴らし

「出て行け!! お前達、この店から出て行け!!」

 にやけ顔、馬面、客。三人にそれぞれ銃口を向け叫び倒した。

「おい、まだ弾はあるのか?」

 重くうなずく馬面。客もそれを聞いていた。「また来るからな!!」

 にやけ顔と馬面は、背中を見せないように外へ出た。

 残った客もキョロキョロしてから、舌打ちをすると鉄パイプ持ったまま、店から出て行った。


 静かになった店内。戸口から、バイトが顔を覗かせ

「大丈夫ですか?」

 問いかけも返事は無かった。

 親子は抱き合い

「お父さん」

「かおり」

 泣き合っていた。

 バイトは邪魔にならないように、そっと厨房奥の忘れ物を取りに行った。

 しかし、何も忘れていなかった。

「あれ?」 

 いろいろ思い出そうとするが、意識がはっきりしなくなっていった。

 店内でも、泣き声や嗚咽はゆっくりと無くなっていった。



「頭大丈夫か?」

 にやけ顔は、後頭部をさする馬面を気づかうため、背中側に回った。

「大丈夫です」

 頭を下げた。

「それじゃ見えないよ。ま、大丈夫ならいいよ。それより面倒くさい仕事に巻き込んだな。後は、データ書き換えすれば、終了だからよ」

 咥えているタバコは、みるみる減っていった。

「ちっ」

 タバコを左側に投げ捨てると、その延長戦上には鉄パイプを持った客が立っていた。

「まだいたの」

 にやけ顔の問いかけを無視すると、鉄パイプを持ったまま二人に近づいた。身長差があり、にやけ顔の頭越しに客と馬面がにらみ合った。

「やるなら、前日じゃなくてもっと早くやれ!!」

 バラララランンーーーーンン

 地面に鉄パイプを叩きつけると、振り返り乗ってきたオフロード仕様の自動車に乗り込んだ。そして、グロテスクな街の方へと走り去った。

「なんだ、あいつ」

 にやけ顔はキョトンとし、馬面は首を捻った。

 巻き起こった、砂煙が着地するのを待った。二人の視界が再び開けた時、

「じゃ、そろそろ俺らも、仕上けてずらかるか」

 ゆっくりと、そば屋の戸を開いた。

 中は抱き合ったままの親子が、動かないでいる。

「よし」

 二人は中へ入った。

「バイト見てきます」

 馬面は、店内にバイトがいないので厨房奥へ、にやけ顔は、内ポケットから小さな記憶媒体を取り出した。

「いました」

 馬面が抱えてきたバイトも、同じように動かないでいた。

「まさかそいつも、キーだとはな。そこで処理しろ」

 馬面の方は見づ、店主の後頭部より少し下の部分を二回タップした。すると、その部分が開いて小さなトレイが頭の中からせり出し、そこに同じような記憶媒体が乗っていた。

「コレコレ」

 にやけ顔は、舌なめずりしながら、持ってきた記憶媒体を代わりに乗せて、頭へ戻した。

 馬面の方は、バイトの後頭部を観音開きし、中に一際目立つ黄色いボタンを押して閉じた。

「これで、後は勝手に再起動するはずだ」

 にやけ顔は拳銃を拾い、そして馬面は娘を担ぐと店を後にした。



「聞いてもいいですか?」

 黒い乗用自動車は、グロテスクな光と煙の街へ、向かっていた。後部座席には、そば屋の娘が横たわっている。

「何だ?仕事終わるとよくしゃべるじゃねぇか」

 助手席でふんぞり返り、何も無い荒野の景色を楽しんでいた。

「こういう仕事初めてなもんで、緊張してて」

「俺はここのメンテで、何年になるかなぁ」

「長いんですね」

「何年になるかなって会話も、オフプログラム作動させる一つのキーだからな。正確な年数は覚えて無い」

「オフプログラムが知ってる限りで、こんなに複雑なのは初めてで」

「上層部では、最新型だと言われてる代物だからな。一つ一つ顔や背丈、人種を変え、ランダムに得意不得意を設定する。特に違うのが、食事は人間と同じように食べれる事だ。その『ヒューマノイド計画』のプロトタイプがあのじいさんだ。中途半端にオフプログラムが作動されちゃ都合は悪い」

 にやけ顔は、一つ咳き込んだ。

「何年か前に電波でのアップデートしようとして、妨害電波でロボットの大半がオフった事あったからな。何段階にもプログラムが組んであるんだ。じいさんがフンて鼻を鳴らしたら、プログラムが進んでる証拠なのよ」

「プロトタイプがあんなじいさん……」

「普通のやつなら、若いおねぇちゃんにするんだろうがね。前長官が、そばが好物で、そば屋の主人は年寄りじゃなきゃダメだってことで決まったんだとよ。ちなみに、治安が悪い所に置くから、自衛のために柔道だけは出来る設定になってる」

「はぁ」

 馬面は後頭部をさすった。

「前長官は、そのプロジェクト立ち上げ時に、すでに随分年だったからな。色より食をとったってことよ。それでもいまや、随分最新型もその辺に出回ってるって話。その後ろのおねぇちゃんもそうだな」

「確かに」

「顔はロボットっぽく無いだろ。おそらくじいさんオフプログラム専用機だろうよ。今まではメンテだけだったから簡単だったけど、今回はアプデだったからな、往生したぜ。だからお前さんにも出張ってもらったわけよ」

「で、今回は何をアプデ……」

 にやけ顔は、車に乗ってから始めて馬面を見た。

「あれ、俺言って無かったっけ?」

「はい、そば食って、娘人質にして店主を脅せだけです」

「あ、そう」

「気づいたら、オフってました」

「へへへへ、そうなのか。それはそれは申し訳ない」

 にやけ顔は、自分のおでこを叩いた。

「上層部が、十二月三十一日は皆でそばを食べるのは知ってるだろう。長官が先月に交代して、新しい人になったんだが、その人はそばのつゆは透明の所の出身なんだよ。黒いそばは認めないくらい、こだわりがあるらしい」

「ああだから、書き換え」

「そう、大好物らしいからな。昔からつゆは透明なのが伝統で、娘とはまた生き別れの所にリセット。毎年人手が足りないから、バイトのロボット入れたんだろ。報告来てないから焦ったよ。オフプログラムにも組み込まれてるし」

「ロボットだとなんとでもなるんですね」

 にやけ顔は、顔に似合わずため息をついた。

「そのうち、誰が人間で誰がロボットなんてわからなくなるぞ」

「そうですね」

「俺達だって……」

「確証ないですよね」

「記憶だって作られてて、飯も食えるんなら」

「わからないですよね」

「まぁな」

 馬面は、ハンドルを両手で握り、アクセルを強く踏んだ。

「おわっ。いいねぇ早く帰ろうぜ」

 一旦、急スピードをだした乗用自動車は、また急に減速した。

「どうした、故障か?」

 馬面は真剣な顔でにやけ顔を見た。

「あの鉄パイプの客は、オフプログラムとは関係無いんですかね?」

「そういや、ロボットの感じじゃ無かったな。もっと早くやれって、意味わからないし」

 乗用自動車は、再びスピードをどんどん上げて、街へと進んで行った。

「あと、何で明日そば食べるんですかね?」

「それな、俺も全然わからない」

「なんでですかね」

「さあな」

「来年のそば屋のメンテついてきてもいいですか?」

「上に聞いとく」

「お願いします」

 黒い乗用自動車は、ピカピカした煙に飲みこまれていった。

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