第4話 仕組まれた罠

—1—


 部室棟は体育館の側にある。

 2階建ての建物でバスケ部、バレーボール部、バドミントン部、卓球部など体育館を使用する運動部をメインに割り振られている。


 2限の講義が終わり、午後の講義を受けていない学生は体育館脇の坂を下って帰ることになるのだが、部室の前で2人で話をしているとなると多少は目立つようでチラチラとこちらを見てくる人もいた。

 まあ、この時間は大抵食堂で昼ご飯を食べるか、教室に移動するか、帰宅するかの3択だから不思議に思うのも頷ける。


「それで話ってなんだよ?」


 坂を下る学生の目が気になるのか正輝はオレから視線を外したまま口を開いた。


「プレゼント企画は楽しかったか?」


「は? まあ、それなりに楽しかったけど」


「そうか。そういえば正輝の家は一軒家って言ってたよな」


「なんだよ急に。それがどうかしたのか? 大河、なんか怖いぞ」


 別に怖がらせるつもりはなかったのだが、オレとしたことが感情が外に漏れてしまったのかもしれない。まだ抑えなくては。


「両親が旅行に行っててゲームやり放題なんだっけ? 羨ましいな」


「明後日には帰ってくるけどな」


 マナーモードを解除したスマホからSNSの通知音が鳴る。

 どうやらプレゼント企画のアカウントがバズっているみたいだ。


「なあ正輝、お前が犯人だったのか?」


 オレはスマホを開き、オレのアカウントに寄せられたコメントを表示させ、正輝の目前に突き出した。


—2—


 全ての発端は5日前の金曜日まで遡る。

 大学の講義が終わり、彼女である絵茉えまをバイト先まで送ったオレは正輝や雄太と遊ぶこともなく真っ直ぐ家に帰った。


 土曜日は絵茉と映画を観る約束をしていた。

 課題を片付けたり、着て行く服を選んだり、デートプランを考えたり、事前準備に使う時間は意外と多い。


 夜までに課題をひと段落させ、絵茉のバイトが終わる時間帯に合わせて集合場所や集合時間の確認の意味も込めたメッセージを送った。


 普段ならバイトが終わったらヘンテコなスタンプを送ってきたり、何かしら一言送ってくるのだがこの日はいつまで待っても絵茉から返信が来ることはなかった。


 疲れて寝てしまったのだろうか。

 おかしいとは思いつつも自分をそう納得させて眠りについた。


 しかし、映画デート当日になっても絵茉からの返信はなかった。

 携帯が故障して返信ができなくなった?

 あらゆる可能性を絞り出し、辿り着いた結論だった。


 直接絵茉の家に行っても良かったがすれ違いになっても困るため、映画館で絵茉を待つことにした。

 仮にメッセージを見ていなかったとしても映画館の話は以前からしていたから時間帯も場所も伝えてある。

 連絡が取れない相手とすれ違いになる方が厄介だ。


 だが、約束の時間になっても絵茉は姿を見せなかった。

 絵茉は約束をすっぽかすような子じゃない。

 この時、ずっとオレの頭の片隅にあった最悪なシナリオが頭をよぎった。


 絵茉は何か事件に巻き込まれたのではないか。


 そう思った瞬間、居ても立っても居られなくなったオレは映画館から絵茉の家に向かった。

 チャイムを鳴らすと絵茉のお母さんが出てきた。

 絵茉のお母さんとは高校時代から何度も顔を合わせている。


「大河くん、良かった。ちょうど連絡をしようと思ってたのよ」


「あの、絵茉と映画を観る約束をしてたんですけど昨日から連絡が取れなくて」


「ごめんね、絵茉は昨日から家に帰ってないのよ。本当にどこに行っちゃったのかしら」


 家にも帰っていないとなるとどこかで一夜を明かしたことになる。

 友達の家かネットカフェかあるいは。

 誘拐って線も考えられるな。


「絵茉と最後に連絡を取ったのはいつですか?」


「えっとね、そういえば昨日の夕方に絵茉から写真が2枚送られてきたの」


 そう言って絵茉のお母さんがスマホを渡してきた。

 2枚ともどこにでもある道端を写したもので特に写真に意図は感じられない。

 が、しかし、この2枚を最後に絵茉との連絡が取れなくなったということは何か重要なメッセージが込められているに違いない。


 送信時間は夕方。

 夕方から夜まで絵茉はバイトをしていたはずだ。

 つまり、写真は昨日撮られたものではない?


「絵茉のバイト先には確認しましたか?」


「それが昨日は途中で体調が悪いからって早退したみたい」


「だとしたら尚更家に帰ってないのはおかしいですね」


 絵茉のお母さんは警察にも相談したらしいが現状事件性が無いため動けないと言われたらしい。

 何かあってからでは遅いのに、警察は何かあってからではないと動けない。

 警察関連のドラマなんかで目にすることはあったが自分の立場で体験するとガッカリする。


 結局は自分で絵茉の行方を探すしかない。

 オレは絵茉のお母さんから写真を2枚送ってもらい、とある計画を練ることにした。


 自室に戻り、ノートを広げて計画の穴を潰していく。

 2枚目の写真に小さく写っている人物。この人物が事件の鍵を握っているとオレの直感が言っている。


 ただ、素人のオレが人の特定なんてできるはずがない。

 だとしたらそれが得意な人間に任せてしまえばいい。

 インターネット、SNSが普及した現代では他人と簡単に繋がることができる。


 SNSの情報を元に個人を特定する『特定班』なんて言葉まで生まれたくらいだ。

 その人達の協力を得ることができれば絵茉を見つける手掛かりになるかもしれない。


 ただし、いきなりどこの誰かも知らないオレのお願いを聞いてくれるとも限らない。

 大抵は反応されずに流されてしまうだろう。


 少し考え過ぎかもしれないが失敗はできない。

 あまり猶予は無いがオレ個人に数字を付けて発言に注目してもらえるよう盤面を整えなくては。


 そこで目に付けたのがSNSで流行っていたプレゼント企画だ。

 裏アカウントを作成して他の人のプレゼント企画の内容をなぞりながら独自の色を出した。

 企画の信頼度を確かなものにするためにプレゼント代は貯金から切り崩した。

 全てが空振りに終わるかもしれないが行動しないよりかは全然マシだ。


 結果的にそれが上手くハマり、フォロワーがみるみる増えていった。

 影響力が付いたタイミングで写真を投稿。

 1枚目の写真で撮影場所の特定。2枚目の写真で写真に写り込む個人の特定。


 それが正輝だったというわけだ。


—3—


 今日投稿されたプレゼント企画の問題に『犯人?』というワードを入れたことによって参加者が面白半分で警察に連絡を入れたようだ。


 悪戯かもしれないが複数の問い合わせともなれば流石の警察も動かざるを得ない。

 正輝の家には警察が駆けつけ、自宅から絵茉が発見された。


 野次馬が一部始終を動画で撮影し、オレのSNSに送ってきた。

 その投稿もリアルタイムで拡散され続けている。


 大学に警察が到着するのも時間の問題だろう。


「バレないと思ったんだけどな」


 オレのスマホの画面を見て全てを悟った正輝が歪んだ笑みを見せた。


「なんで絵茉を監禁したんだ。オレと絵茉が付き合ってることは知ってたはずだろ」


「だからだよ。大学で初めて絵茉ちゃんを見た時に一目惚れをしたんだ。仲良くなって付き合いたいと思った。でも絵茉ちゃんは大河と付き合ってた。好きな人が誰かの物だったら奪い取るしかないだろ?」


 興奮して唾を撒き散らしながら正輝が近づいてくる。


「好きな人の幸せを願うのが男なんじゃないのか?」


「そんなの綺麗事だ! 俺の気持ちも知らないで!!」


 殴り掛かってきた正輝の拳をかわして、右頬にカウンターを食らわす。

 同情も遠慮も一切無い。本気の拳を叩き込んだ。

 絵茉の苦しみはこんなものでは許されない。


「だからと言って犯罪に手を染めていい理由にはならないだろ」


「クソがっ、お前さえいなければ! クソッ!!」


 尻餅をついた正輝が痛みに苦しみながら怒りを口にした。

 そうこうしている間に警察が駆けつけ、正輝がパトカーで連れて行かれた。

 オレも一連の騒動の詳細が聞きたいと頼まれ、全てを話すことになった。


 絵茉と会えたのはそれから数時間後だった。


 SNSを利用したオレの行いは正しくなかったのかもしれない。

 だが、正しくなかったとしてもオレが思い付いた最善の選択はあれしかなかった。

 躊躇して行動を起こさなかったら絵茉はまだ正輝の家に監禁されていたはずだからな。


 もし、正輝が犯人じゃなかったらと思うと恐ろしいが絵茉が命を落としたり、精神が壊れてしまってからでは遅い。


 世の中、馬鹿正直に正しいことばかりしていては救えないこともある。

 今回はたまたま歯車が上手く噛み合ったから良かった。

 ただ、それだけの話だ。



ギフト——完結。

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ギフト 丹野海里 @kairi_tanno

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