第4話 ライムくんが未来から来た理由とわたしの使命

 ユズくんはスヤスヤ眠ってるのです。


 奇跡の美寝顔を堪能したい欲望を封じ込めて背を向けているわたしは、大人しく窓から見える月を見てるんだ。ぬいぐるみになると睡眠は必要なくなった。食事もそう。眠くないしお腹もすかないの。


 だから夜が長くって。

 たいくつ。お散歩に出るわけにもいかないしな。


 時間は午前二時。

 そろそろライムくんが来るはずだけど。何かあったのかな。


 ライムくんってのは、自称・未来から来た男の子。明るいミドリの髪で、ユズくんの国宝級には負けるけど、イケメンかな。わたしのひとつ年上で十四歳だって。

 

 ライムくんがいなかったら、わたし頭がおかしくなってたかも。気づいたらぬいぐるみだもん。そのまま街中走り出して怪しげなドクターに捕獲されてたかもしんないよ。怪奇、動くピンクのテディベア。


 ライムくんは唯一わたしが人間だって知っている人。だから彼の存在は頼もしくもあるんだけど。でも彼のせいでこうなったんだよ。恨む、いや結果オーライ? いややっぱこの状態はさ。にしても、今日遅くなーい?


 って、心配してると。

 

「ごめーん、待った?」


 ライムくんはシュバと音を立てて現れる。陽気な明るい声。

 心配してユズくんの様子をチラ見したけど、彼はぐっすり寝ている。よかった。


「今日は来ないのかと思ったよ」

「そんなわけないじゃん。ボッチの夜にはしないって」


 んげっ、ウインクしてやんのっ。やめろやめろっ。


 ぴょんとベッドから飛び降りると、ライムくんが首をつかんでくる。

 こら、もっと優しく扱え。獲物みたいじゃんかっ。


 でもライムくん、そのままニヤニヤしながら天井を突き抜け、屋根まで移動する。最初にこれを経験したときは、「ぶつかるぶつかるー!」と大騒ぎしたもんだ。


 どうやらライムくんが触れていれば、わたしも透明人間みたいになるらしく。カベや天井をすり抜けられる。声も聞こえなく、姿も見えなくなる。もはや魔法だって思うんだけど。


『科学だよ。最新科学!』


 って。


 自称未来人のライムくん。

 百年後から来たんだって。

 たった百年ぽっちでこんなに科学が進むなんて。

 人類の進歩がヤバすぎる。


『今は最新マシンで過去にだって行けるんだよ』


 そう首に掛かったペンダントを見せてくれた。


 真ん中に大きなルビーみたいなものがついてるんだけど、これが未来の最新機器らしくて。これを使えば、タイムスリップもできるし、ぬいぐるみに意識だけ移すこともできるみたい。


 あ、そうそう。

 人間のほうのわたし、モモカだけど。


 意識が抜けてもしばらくはからだが覚えている記憶で動けるんだって。


 ライムくんと一緒に見に行ったけど、わたしフツーにごはん食べて学校行って友だちを下校してママたちと夕食とってんの。周りは全然わたしが抜け殻だって気づかない。


 ウソでしょって。でも。


『人間って自分が思ってるほど個性ないしね』


 ってライムくん。そんなもんかな。


 まあ、わたしって目立つタイプでもないし、人見知りで脳内はべつにしておしゃべりじゃないし。案外、気づかないのかも——えぇっ、でも抜け殻だよぉ!


 でもぬいぐるみになった以上、意識不明で入院しても困るし、抜け殻モモカにがんばってもらわないといけないんだけどさ。


 でも、あんまりモタモタしてたら不自然なことに気づかれて大騒ぎになるかもって不吉な情報も。


『でも自然に元に戻るかもしれないし、とにかく、今はイケメンおじいちゃんと楽しくやってなよ』


 って。無責任だよ。

 誰のせいでこうなったと思ってんだ。


 そんで移動した屋根で。

 ライムくんのひざの上にピンクのテディベアのわたし。


「そっちはどう? おじいちゃん、ハンドメイド決別宣言したまま?」

「うん。フェスで最後ってかたくなにいいはってる」

「げえ。もっとちゃんと説得してよー」


 わたしにあごを乗せ「頑固ジジイだなあ」。ライムくん、実はユズくんのひいひいひい孫なの。


 彼によると、ユズくんは将来ハンドメイド界の巨匠になって、オークションでは、手掛けたぬいぐるみが高値で落札されてるんだって。


 そして、この、ひいひいひい孫。そんなすごいおじいちゃんの初期作品を手に入れたくて過去に来たんだとか。


 過去のものを盗んだりしていいわけ?って思うじゃん。でもライムくんは、


1 ぬいぐるみに憑依する

2 ぼくを○○のところに埋めて、と頼む

3 未来に帰って○○を掘り返す。初期の作品ゲット


 埋めても腐食しないような箱を未来から持ってくるところまで完璧だったとか。その計画もタイムトラベラー的にどうなの、逮捕案件じゃないのって思うんだけど、ライムくんは「大丈夫っ!」と自信満々。


 でも。そんな悪いこと考えるから、わたしみたいな現地人が巻き込まれ事故にあってんじゃんか!

 

 ライムくんがぬいぐるみに憑依しようとした瞬間、転んだわたしが邪魔したみたいなんだけどさ。知らんがなっ。


 でも、ほんとはぬいぐるみに憑依するのは一日だけ。あとは自動的に人間のからだに意識が戻るらしかったんだけど。三日経ってもご覧のありさまで。ペンダント型の最新機器をつつき回しても変化なし。


『やっぱ半額セールで買ったのがだめだったのかな。欠陥品かも』


 んもー、ケチるな、買いなおせっ!!!


「ともかく、おばあちゃん」


 あ、またいったな!!


「おばあちゃんっていわないでよねー」

「あ、ごめん。つい」


 へへ、て笑ってる場合かよ。


 そりゃあ未来から来た人にとっては、わたしはおばあちゃんかもしんないけど、今はわたしのほうが若いしっ、十三歳だし。 


「怒りっぽいなあ。モモカはおじいちゃんを説得して、ぬいぐるみ制作を続けさせること。わかった? じゃないと未来変わっちゃから」


「はいはいっ、わかってますよ」


 あの優しくてカッコいいユズくんのひいひいひい孫にしては、この人、エラそうっていうか、テキトーっていうか。きっと途中でおかしな遺伝子が混ざったな。悪い女に引っかかったかなあ。


 ともあれ。ユズくんは何を思ったのか、未来の巨匠のはずなのに、ハンドメイドやめます宣言してる。


 だからわたしは、ユズくんの夢もあきらめないようはげまして。ライムくんはなるべく早くわたしが人間に戻れるよう、方法を探してるんだ。


 あーあ、早くお家に帰りたいな。

 たくさんご飯食べて、ぐっすり寝たいや。


 でもそうなると、ユズくんとはお別れ。


 電車でこっそり見るだけの生活に戻るのはさみしい。でもそれが本来あったはずの人生だもん。


 今がとくべつなんだ。

 わたしは月を見上げながら、そんな感傷に浸ってたんだけど。


 後日。


 とある事件のあと、びっくりする将来を知ることになる。

 ライムくん、うっかり口を滑らせて。


 わたし、彼のひいひいひいおばあちゃんなんだって。


 えっと。……それってつまり??


 けどライムくん。こうもいったの。


「やっべ。未来を知りすぎたら変わっちゃう可能性があるんだったっ」


 んもおおおおおっっ。

 こいつ、ほんと余計なことばっかりするんだからあああ。

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ぬいぐるみになっちゃった!? 竹神チエ @chokorabonbon

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