第3話 ハンドメイドが好きな男の子って恥ずかしいの?

 ユズくん、『実録!!動くテディベアのモモちゃん』が家族に発見されたら困るって、急いでお風呂から出てくれたのは感激しちゃうけど。


「ねえねえ。髪、乾かさないとだめだよー」


 うつ伏せでスマホをいじってるユズくんの肩を、ぽんぽん叩く。


 せっかくのウル艶世界遺産黒髪が傷んだから最悪じゃん。

 あと暖かくなってきたとはいえ風邪ひくかもしんないよー。


 でもユズくんたら、そのうち乾くよ、って。

 首にかけてたタオルでゴシゴシ拭くだけ。


 んもー。


 わたしの手が丸っこくなくて五本指のハイパー人形だったら。

 ドライヤーでしっかり乾かしてあげるのにっ。

 むしろこの口がドライヤーだったら!!

 ブオオオオっていくらでも乾かしちゃうよっ。


 でもそうじゃないから、この布製の手でなるべく水分を吸収してあげよう。


 と思って湿った髪をベタベタ触ってたら。


「モモー、濡れちゃうだろ」


 めっと、お叱りを受けてしまったよ。

 ちぇっ、お触り禁止かよぅ。しくしく。


 まあ湿ったままだとカビ生えるかもしんないもんね、このおてては。それに想像したよ。ビショビショ濡れになったわたしが物干しでピンチにつままれて吊るされる姿をね。


 やっぱなんていうのかな、見た目はテディベアとはいえ。

 中身はお年頃の女子なわけだからねー。


 そんな大胆なサマをご近所にさらすのはちょっとな。

 洗濯機で脱水される日がこないよう、大人しくしとくよ。


 といっても、ちょこんと座ってるだけもつまんないから。

 せっかくのぬいぐるみ生活だよ。活かすよ、この境遇を!!


 人間の時なら絶対出てこない積極性がゴボゴボあふれでちゃう。


 寝っ転がって、スマホを見ているユズくん。


 イケメンフェイスのそばにわたしはさりげなくをよそい近づく。すとんっと座って。スベスベほっぺに寄りかかるわけよ。今のわたし綿だから軽いし。えんりょなんてしないのよー。


 さあて。何を見てんのかなっ、て。

 ああ、やっぱり。そうだよね。フリマアプリだ。


「すごい、もう完売したんだっ」


 昨日出品したばかりだよね? 

 

 ユズくんはね、作ったぬいぐるみの販売もしてるの。

 もちろん未成年だから、アカウントはスミコおばさんのものだけど。


 おばさん、カフェを経営してるだ。そんで、地元のハンドメイド作家の作品を販売するスペースもあって、前からユズくんの作品も置いてくれたんだけど、売れ行きが良いから、ネットでも売ってみないって勧めてくれてね。


「今度のフェスも楽しみだね」


 土日にかけてドームで開催するハンドメイドフェスティバル。ここでも、ユズくん、作品を出品することになってるんだよ。


 ユズくんすごい、さすがっ、天才っ、ひゅーひゅーひゅー。

 わたしはピョンピョン跳ねて、大喜びダンスを踊る。でも。


「うん、そっちでも完売してくれたら思い残すことないよね」


 ユズくんの表情はあんまり明るくない。


 わたしのダンスにちょっとは笑ってくれてるみたいだけど、出てくるのは死亡フラグ建設してるキャラっぽいセリフばかり。


 ユズくん、このフェスを最後に、ぬいぐるみ作りをやめるつもりなんだ。こんなに才能があって買ってくれる人もたくさんいるのに。


『キャラじゃないから、恥ずかしんだよね。ぬいぐるみは卒業するよ』


 でもモモだけは大切に残しておくよ。そういってたけど。

 それってつまり。

 他の作品や、集めた生地や手芸本なんかも全部、処分するってこと。


 もちろん止めたよ。でもユズくんの決意は固い。


 なぜって、周りの影響が大きき気がする。特に家族。スミコおばさんは応援してくれてるけど、パパママは「そろそろやめたら?」ってかんじだし、弟くんも「ヘンなシュミー」って平気で悪くいってたから。


 小さい頃は器用にぬいぐるみを作っていくユズくんを褒めてたみたいだけど。中二になった今。ちがうことに興味持ってもらいたいみたいで。


 だからユズくんの部屋はスッキリしてるの。

 ハンドメイドに使うものも、好きなものも全部。

 スミコおばさんのカフェに置いてあるから、なあんにもない部屋になってる。


 小さい部屋をユズくん専用のアトリエにしてくれてるんだよね。


 そこでユズくんは平面の布地を立体のぬいぐるみに仕上げていく。色の組み合わせもすばらしくって。簡単なスケッチだけしたら、あとは頭の中でつなぎ合わせるピースを決めると、つぎつぎ新しい作品を生み出していく。それはまるで魔法なんだ。


 もちろん、わたしも最初はおどろいた。

 スポーツ少年だと思ったユズくんが、ぬいぐるみ作りが好きなんてさ。

 でも楽しんでいるユズくんを見て。わたし感動した。


 彼は幸せを紡げる人なんだ。


「ユズくん。やっぱりこれからも」

「モモ、このゲーム面白そうじゃない?」


 わたしを片腕に抱いて起き上がるユズくん。


 見せてくれたのはタッチして遊ぶアプリゲーム。


 ぬいぐるみの手だと反応しなかったけど、ユズくんがプレイするのを見てるだけでも楽しかったよ。でもね。モヤモヤするものが残ってて。わたしはユズくんの横顔ばかり見上げてしまったんだ。


 そしてきたる夜。

 それはわたしがぬいぐるみなのをいいことに、大胆な行動をとる時間である。


 おやすみのチューだ。

 わたしのファーストキスをそのくちびるにっ!


 って、勢いづいたけど、そこはなんとか踏みとどまってる。


 ぬいぐるみだから大丈夫だろうけど、鼻血ファンファーレ吹き出しそうだし。わたしにはまだ早い、っていうか、超えちゃいけない一線ってあるよね。たとえぬいぐるみでもモラルってある、そうだよねそうだよね、ちくしょう。


 んなわけで、昨日はほっぺ、今日はお鼻にチュッとしちゃった。きゃっ。

 ユズくんはくすくす笑ってたけどー。


 テディベア・モモの中に入ってるのが、中二女子モモカだとバレた時が恐ろしい。


 申し訳ないと思ってる。キモッ、ってのもわかってる。

 わかりすぎるくらいわかってる。自覚ある。


 でも。


 一生分のキュンをこのぬいぐるみ生活中に摂取するつもりだから。人間に戻ったら残りの人生キュンとは無縁に生きていくから。もう二度とこんな国宝男子と関わることなんて人生で起こりっこないんだよ。ごめん、大目に見てほしい。全人類、わたしをあわれんで。


 それでも良心のかしゃくはある。

 ぬいぐるみにの中に、まさかこんなヘンタイ(認める)がやどってるなんて。


 だから、わたしのヘンタイ行動が加速する前に。

 なるべく早く人間に戻らないと。


 でも反省したところで、人間に戻るわけじゃないんだよー。

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