第2話 かくかくしかじかで、こうなりました

 いつものように電車に乗って、心の王子さま、生涯のアイドル、我が推しのユズくんの姿をこっそりながめてたんです。


 あ、このときは彼の名前がユズだとは知らなかったよ。


 たまたま偶然同じ電車に乗り合わせただけの関係だったから。ユズくんからしたらチョウ・ゼッツ他人ってのはそういう理由。わたしが一方的に見てただけなの。


 ユズくんはいつもドア近くに立ってて、わたしは向かい側の席に座ってた。


 ユズくんはいつも大きなスポーツバッグを肩にかけてて。サッカーか野球のクラブにいくところかなって、彼を見るたびに想像してた。


 わたしはピアノ教室に行くところで。でも、たいして好きじゃないレッスンなのに、周りもピアノやってるし、五歳の時から続けてるからって、仕方なく行ってるだけだったの。


 だからかな。


 ユズくんのたたずまいから何かに熱心に打ち込んでる人の輝きをかんじて。

 わたし、いつの間にか目が離せなくなってたんだ。


 彼が下車するまでの時間。わたしの胸はドキドキと高鳴って——。


 ……ハイ。


 うまいこと演出しようとしたけど限界です。美談にはならん。

 懺悔します。

 

 わたしウソつきました。

 白状します。

 顔だよ、顔。

 何かに打ち込む情熱に惚れたじゃねぇよ。

 

 フェイスだよ、かーおっ、顔!

 ユズくんの見た目にズッポリはまりました。


 髪はサラサラだし、ニキビ無縁の肌はツヤんツヤん。

 発光しているような美しさ! 動く芸術品。


 もちろんスタイルも良い。顔だけじゃない。


 スラッとして、シュッとしてる。

 醸し出してる雰囲気も最高。


 品があるし、恰好良さと可愛さの両方がある。

 思わず両手合わせちゃうレベル。


 すべてが完璧。

 存在が神。ユズくんを映し出す影すら尊くて泣ける。


 だから誰だって見るよ。イケメンは人類の宝でしょ。

 鑑賞させてよ、神が作りたもうた芸術品なんだからさ。てぇてぇのよ。


 というわけ。


 やましすぎる気持ちたっぷりで、心の中で土下座しまくりながら。

 生涯の推し、我が心のアイドルを崇めたてまつってたわけなんだけど。


 あやしい、あやしいよね、あやしい。

 ヤバいよね。わかってる。そんな見ちゃアカンて。

 怖いじゃん。他人だよ? ジロジロジロジロさあ。 


 だってのにわたしは明日死ぬ勢いで見まくってたもんね。

 んで、そのこと友だちにうっかり話しちゃって。

 すっげ、ドン引きされたもん。

 あんた、将来犯罪者になるよ、って。予備軍だよって。

 ぐえ。


 でも、いちおう自分ルールもうけてたんだよ。


 彼と同じ空間にいるのは、電車の中だけ。

 わたしが乗車して、彼が下車する。それまでの数駅分。

 この時間だけが、わたしに許される恋の瞬間なの。


 ……って。


 純愛ぶってみるも、友だちに縁切られそうになったのはマジな話だ。

 あんた、キッモ、キッツ、って。

 やめてやめてー。わたしまだ中二だよ、ヘンタイ認定やめてー。


 とか。思いながらの日々をかれこれ、えーっと、半年くらい?続けてたんですよー。思ったより長かった? うそぉ、無害だってぇ、ほんとだってぇ。


 で。天啓、いや悪魔の誘惑? 

 ともかく。

 その日ユズくんは電車を降りる時、落とし物をして。


 今日もサヨナラだね、って心のバイバイしてたらさ。

 ポロっと。フェルト人形のキーホルダーだった。

 スポーツバッグにつけてたんだね。かわいいウサギさんだったから、ちょっとびっくりしたけど。


 わたし急いで拾ったよ。シュバッ。忍者レベルだよね、前世くノ一だったかな。


 ドアが閉まる前に飛び出して、「待って!」と声までかけた。

 これすごい勇気だった。バンジージャンプかスカイダイビングレベルよ。


 でもユズくん、急いでたらしく、どんどん行っちゃうの。

 だからこっちも必死。


 背中を見失わないように、待って待ってと大声出して走った。普段ボソボソ声で「なにいってんのかわかんない」てよくいわれる人なんだけど、この時はサバンナのライオンみたいに吠えてたよ。待ってえええって。


 んで、転んだ。


 人がたくさんいる階段は危険だよね。走るのは運動場だけにしとくべきだよ。足がからまって、うぎゃー。よぎったねぇ、死が。デス。お経とお焼香のにおいがした。笑顔の遺影とママパパの濡れるハンカチまで浮かんだ。


 そしてコンマ何妙で激動。


 ぐるんぐるん落ちてくわたし。ミドリ色の髪した派手な男の子が「ヤバ」っていったのが聞こえた気がした。そんで、ぶつかりそうになったのは我が推しの王子のユズくん。音がしたんだろうな。振り返ったユズくんはすごく驚いた顔してて。それから、どーん。ユズくんにタックル。


 わたし、たぶん気絶したらしく。

 気が付いたら、ユズくんの家にいた。


 ファスナーが開く音がしたのを覚えてる。それで目が覚めたのかな。暗い場所から明るい場所に出た。目の前には、我が心の推し王子のユズくん。


「きゃー!!」


 って叫んじゃったの。

 そしたら。


「うわっ」


 ってユズくん、ポーンッてわたしを投げる。


 そうだよね。

「きゃー!!」だよ。

 絶叫するテディベアなんて、そりゃ投げるって。


 それから。

 

「ぬいぐるみがしゃべった!!」


 ユズくん、腰抜かすレベルで驚いてた。

 そんな姿もカッコいい!

 

 じゃなくて。


 とっさに演じたよね。


『わたし、モモ。ユズくんがとぉっても大切にしてくれたから。モモ、しゃべれるようになったよ♡』


 って。ここで、


『わたし、モモカ。ユズくんがとぉっても好きだから、ぬいぐるみになってついて来ちゃったの♡』


 って、いわなかったわたしの冷静さよ。拍手!! フーゥ!!!


 怪しくないですよー、妖精のお力でぇ、こうなりましてぇ、とか、くっちゃべって。そんなこんなありーので。供養にもあわず、ゴミ捨て場にもいかず、部屋に置いてもらえるようになったんだけど。


 きっとあれだね。


 憑依系のマンガでよくあるじゃん。

 体の元の持ち主の記憶がぶわっと戻ってくるやつ。

 それが起こった。


 体の持ち主ってのは今回のパターンだと、このぬいぐるみの記憶ってことだけど。テディがこれまで見てきたなんやかやの記憶がさ、ぶわっと。インプット完了。いろいろわかったんだよね。


 彼の名前はユズで、わたしが宿ったテディベアのぬいぐるみが、ユズくんのハンドメイド品ってこととかさ。


 ユズくんの趣味はハンドメイド、特にぬいぐるみ作りが好きみたい。


 わたしが電車の中で会うたび、勝手にスポーツをやってると思ってたあのバッグの中身。実は裁縫道具と完成したぬいぐるみ、たくさんの生地や型紙が入ってたんだよ。

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