ぬいぐるみになっちゃった!?

竹神チエ

第1話 溺愛されるぬいぐるみにわたしはなりたい

 ユズくんの部屋はきれいだ。


 とにかく物が少ない。何にもない。

 とてもスッキリした部屋なんだ。


 学習机に黒色のパイプベッド。

 背丈くらいの本棚の横には、茶色いクローゼットの扉。

 

 面白いもの並んでないかなって見上げた本棚はスカスカで。学習机にある二段の棚も教科書が並べてあるだけ。何も飾ってなくて写真立てやフィギュアとか一個もない。郵便ポストの貯金箱とが飾りっていえば飾りかな。


 この部屋は匂いもきれいな気がする。

 清涼な匂いってやつ? 


 深呼吸したくなる空間だ。スーハー、って。

 気分はアルプス(行ったことないけど想像で)。


 ……って。


 他人の部屋で何してんのって思うかもしれない。

 ジロジロ見たり、匂い嗅いだり?

 うん、自分でもヤバい、ってわかってる。

 

 だけど安心して。

 合法的にここにいるから。侵入したわけじゃないから。


 ヘンタイでも泥棒でもないの。


 わたし、ぬいぐるみなんだ、テディベアなんだ。

 

 ユズくんの友だち、大親友、心の友!

 テディベアのモモちゃん!!


 モフモフの毛並みのテディじゃなくて、パッチワークっていうのかな。右耳はドット、左耳はストライプ。顔は花柄と無地で、ボディはハート模様。いろんなピンク色の生地を使って作ってある、世界に一つだけの最高にキュートなテディなの。


 何を隠そう、これを作ったのは他でもなく……っと!

 ヤバいヤバい。バタバタあわただしい足音が聞こえてきた。


 わたしは、スン……、とぬいぐるみを演じる。

 つまりぜんぜん動かないってこと。

 じー。

 わたしはテディ、わたしはベアー。


 んで、ガチャってドアが開いて。


「モモ、大丈夫? 誰も入ってきてないよね?」


 イケメン登場。なあんだ、ユズくんか。

 弟くんが来たのかと思ったよ。

 あの子、騒がしいからさあ。気が抜けないのよね。


「もうお風呂出たの? はやいね」


 よっこいせー。

 丸っこい足で立つって大変だよ。バランスが崩れちゃうから。

 そもそもこのテディ、座る専門みたいだし。歩くように作ってないと思うなあ。


 でもよろついてたらユズくんがすぐに抱きあげてくれた。

 頭もヨシヨシって。

 愛しくてたまらないペットにするみたいに、優しくなでてくれる。

 うっふふー。幸せホルモンが爆発しそう。やくとく、やくとくぅ。


 デレデレしてるわたし(心の中で。だってテディの布製フェイスはあんま動かないからね)と反対に、ユズくんはとっても不安そうだ。


「モモが動けるって知られたら大変じゃん。やっぱあっちに……」

「だーめっ」


 ユズくんのスベスベほっぺをプニッと押す。

 ほんと心配症だね。


 ユズくんが見てるのはクローゼット。

 自分が部屋にいないときは、あそこに隠しておこうとばかりするんだ。

 暗くてイヤだってのにさあ。


「だいじょーぶ。モモはぬいぐるみのマネっこ上手だから、バレたりしない!」

「マネっていうか」


 くすっと笑って、ユズくんは、わたしのギュウッと抱きしめる。


「ぬいぐるみそのものだけどねっ」


 きゃっ、大胆! 

 わたしは世界に一つだけのテディ。

 あなたのお友だち!!

 愛を、愛をもっとプリーズ!! ぎゅっぎゅっぎゅうぅぅぅ。


 でもね。

 でも、でもね。


 外見はぬいぐるみでも。

 とってもキュートなテディベアでも。


 中身。


 ……ユズくんと同じ、中二の女子なんです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。


 もちろんユズくんには秘密にしてるよ。

 だってキモいじゃん。ぬいぐるみに人間が宿ってんだよ、怖いよ、ホラーだよ。


 しかもクラスメイトとか幼馴染とか。そういうつながりはないの。

 ますますヤバいのよー。

 百歩譲って不気味だとしてもさ。知り合いなら何とかなりそうじゃん。


 えっ、もしかして○○さん!

 そうなのっ、どうしてだかぬいぐるみになっちゃって!!

 嘘ッ、大変じゃん!!!


 かーらーの、ドタバタコメディ。あり得る。うん。

 もしかしたら試練を乗り越えて芽生える愛の物語ルートまで見えてくるよねっ。


 だけどー。


 ユズくんからしたら、わたしってチョウ・ゼッツ他人なの。

 はじめまして。かーらーの。おたく誰ですか? なの。

 お互い面識ゼロのす。ホラーにしかならんよね。


 ってなわけで。


 大事にしてくれたぬいぐるみが、妖精さんの魔法で話せるようになった、って設定を急遽こしられてユズくんに説明したの。


 うん。信じたかどうかわかんないよ。

 こっちも必死だったから、相手の反応なんて冷静に見てないもん。


 っていうか、そもそも何でこうなっちゃのかっていうと。


 それはそれは長い話になるんだけど。

 がんばって短くしてみよう。


 えっとね、あれはわたしがヨチヨチ歩きのベビーだった頃……ってそこまで古い話じゃないから。


 それはわずか三日前のことなんです。


 おい、なあんだ、たった三日じゃんって思った?

 でもわたしにとっては三年くらい昔にかんじるから。

 激動よ。激動の三日間!!


 まあともかく。

 事は三日前、休日の昼下がりに起こった。


 わたしはいつものように電車に乗ってピアノ教室に通うところで。

 そこへユズくんが乗り込んできて……。

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