一生懸命・一所懸命

 うーん、よく寝た! 

 何だか久しぶりに身体もスッキリしている。何でだろう? 

 …やっぱりお肉を食べたからかな。昨日のお肉は本当に美味しかった!

 また、皆んなで食べたいなぁ…じゅるり。


 ……ハッ! いけない、いけない。早速行動しなきゃ時間がなくなっちゃう。

 今日は、朝に風呂に入る日だ。二日に一度は、早朝にお風呂に入っている。流石にお風呂の時間は基本はお湯を使っている。


 今は夏の時期だから水だけど、冬場はお湯じゃなきゃ凍えて風邪を引くこと間違いなし。

 蛇口を捻ってお湯が出るわけではないので、台所でお湯を沸かす。

 台所の形状はかなり面白い。耐火レンガが積み上げられた竈門かまどが据えられ、天井の梁から吊るされた鉄の鎖の先端に自在鉤が付いており、そこに鉄で出来た大きな鍋を引っ掛けて川から汲んできた水を沸かす。

 沸かした湯を木製のかなりデカい湯桶に入れる。そのお湯を家族三人で順番に使う。僕が一番最後に起きるので、順番も一番最後。


 でも、改めて不思議に思う。早朝にお風呂に入るのは確か中世ヨーロッパの習慣だ。疲れを癒すという目的よりも、朝の身支度を整えるという目的でお風呂に入っていた。

 だけど、家の中でテーブルの上で食事をする文化は、十八世紀に入ってからだったと思う。それまでは、外にテーブルを出して食事をしていた。

 昨日の食事のようにこの村では、家の中のテーブルの上で食事をしている。

 つまり、何が言いたいかと言うと、色々な生活面での出来事も僕のいた世界とは違い、独自の発展を遂げているということだ。


 正確には、色々な国の文化や様々な時代が混ざったような感じかなぁ? 

 村人が色んな人種の人がいるのだから、当然と言えば当然か。世界が違うだけで、こうも随分と変わるものなのかと面白くなる。


 父さんが部屋に入ってくる。

 嫌な夢を見たかいつも心配して毎日起こしに来てくれる。優しい。


「おはよう、カイ。今日はうなされていなかったようで安心したぞ」


「父さん、おはよう。今日は最高の朝だよ! やっぱお肉のおかげかな? 身体も軽い感じがするよ」


「はっはっは! そうだな、父さんも今日は何だか元気な感じがするぞ。あんだけ美味いもんを食べたんだ。今日も頑張ろうって身体が張り切ってるみたいだ」


「そうだね! きっと身体が張り切っているんだね! 今日は僕、馬術の授業も上手くいきそうな気がする」


 そう、今日は一週間に一度の馬術の授業。士官志望、文官志望問わず全ての者が対象だ。


 一応、学校での教育が始まる前に、最低限の乗りこなしが出来るように各家庭で教えられる。

 農奴には馬は与えられないので、学校にいる馬を事前に申請を出して、馬術の授業の日以外に借りることが出来る。

 学校には馬を三十頭飼育しているので、他の人と馬の借り入れが被ることはほとんどない。


 体術の授業を見てくれる兵士が馬の世話も兼任している。

 馬術の授業では、いかに早く移動し、馬を自分の身体のように操れるかが重要になる。


 成績にも響いてくるので本当に重要だ。街に行くことが決まっているとはいえ、落馬なんてしたら内定取り消しになり、自分の将来も落ちることもあり得るくらいだ。

 だから街に行くことが決まっている者たちは、とりわけ真剣にこの授業に参加している。


「そうか、今日も一生懸命に頑張れよ。父さんも頑張るから」


「うん!」


「カイ〜、そろそろお風呂に入らないと時間がないわよ〜」


台所から母さんの声が響いてくる。そうだ、早くお風呂に入ろうっと。


「じゃあ僕、お風呂に入ってくるね」


「あぁ」


 台所のすぐ横にある物置となっている部屋に、かなりデカい湯桶を置いてそこに湯を張れば、我が家のお風呂は完成だ。

 家族三人で寝ている部屋と、台所の間にこの部屋があり、廊下を歩いてすぐに隣の物置部屋に着く。

 服を脱いで、身体を拭く用のタオルを片手にデカい湯桶に入る。

 湯桶というより、馬鹿デカいタライの木製とでもいえば分かりやすいかな。


 パパァーっと、身体を拭きながら考えた。

 …“一生懸命”か、一生懸命の由来は一所懸命だ。鎌倉時代に生まれた言葉で、武士が与えられた土地を命懸けで守ることが由来だったはずだ。

 それが時代を経て、命懸けで取り組むことを一生懸命というようになった。


 ふと、投げかけられた言葉だけど、僕は両方の意味で頑張りたいと思った。

 毎日を一生懸命に頑張って、僕の帰る家族の家…僕の帰るべき場所を、この家族を幸せにするために一所懸命に頑張ろう!

 そう思った僕は、湯桶の中で、パァンっ、パァンっと自分の顔を両手で叩いて気合を入れてお風呂を上がった。


 急いで身体を拭いて、服を着て、物置部屋を飛び出した僕は台所に向かった。


「母さん、おはよう」


「おはよう、カイ。今日はぐっすり眠れたみたいで良かったわね」


「うん、とっても!」


「そう、それは良かったわ。ふふっ。じゃあ、今日の朝からテンションの上げるものを食べられて良かったわね」


「どういうこと? だって昨日お肉は全部食べちゃったよ?」


「カイは甘いわね。食べ物には捨てるところなんて無いのよ。いつもの朝に食べてるスープは何?」


「えっ、それは晩御飯の残り……あっ!」


「そうよ、昨日の晩御飯で食べたお肉の骨に付いていた、細かい小さなお肉を削ぎ落として、野菜スープの残りと一緒に煮込んだの。味見したけど、とっても美味しかったわ」


「わーい! ありがとう、母さんっ!」


 そうだ、この世界は無駄を嫌う習慣がある。

 何がなんでも徹底的に利用し尽くす。朝一に願っていたことが実現するのだ。

 神がいるのなら感謝の祈りでも捧げたいくらいだ。

 喜んでいるとギィィーっと玄関のドアが、きしむ音を響かせながら開かれた。


「おっ、カイも風呂を上がったか。それじゃあ、みんなで朝ご飯にしようか」


 僕を待っている間に水汲みをしていたらしい。父さんは一生懸命だ。


「「「いただきまーすっ!!!」」」


 朝からこんなに美味しい物を食べていいのだろうか。

 美味い、美味すぎる! 

 普段食べている朝ご飯もとい猫まんまが…こんなにも変わるなんて。


「カイ。食べてる最中で悪いんだが、このことは絶対に誰にも言ってはダメだぞ」


「そうね、イレーネとハイク君にも、誰にも言っちゃいけないってことは、人通りがないところですぐに伝えておきなさいね」


「うん、わかった」


「よし、なら安心して俺も仕事に行けそうだ。それじゃあ行ってくる」


 父さんは手早く食べて、もう仕事に出るらしい。

 小麦の収穫が間近だから、今のうちに色々とやっておきたいようだ。


「「行ってらっしゃ〜い」」


 父さんを食卓に着きながら見送った僕らも、間もなく食事を終えて食器を片付けて、家の掃除にすぐに取り掛かった。


 さぁて、僕もそろそろ行かなくちゃ。急いで学校に行く準備を整えた僕は家を出る。


「母さん、僕も行って来るね」

「気をつけてね。行ってらっしゃーい」


 家を出る時、小走りになっていた。二人とお肉の話しを少しでも早くしたかったからだ。

 嬉しい出来事を共感し合える人と話し合うと、何だか気持ちが高揚するよね!


 早く話したい。恐らく前の世界の小学生の頃のように、歴史ネタを喋りまくってドン引かれたようなことにはならないはずだ。

 歴史オタクというのは影の存在にてっさざるを得ない。言わば、忍びのような存在だ。

 だけど今回は違う。三人共、同じお肉を食べたという共通点がある。…あぁ、楽しみだな。


「ハイク、イレーネ、おはよー」


「おう、カイ! 昨日の食事凄かったよなッ! 美味かったよなッ!?」


「ハイク、おはようが先でしょ。全く。…でも、昨日の食事は今までで一番美味しかったわッ! カイもそう思わないッ!?」


 よっぽど二人も昨日の食事は嬉しかったようだ。うんうん、あれだけ美味しければイレーネがハイクに挨拶の注意をしながらも、本人が挨拶を忘れるくらいの嬉しい出来事だ。

 僕と同じで、早く“お肉の美味しさ”という話題を共有したかったんだろうな。


「うん、とっても美味しかったねッ! もう最高だったよ!」


「だよなッ! あんな美味いもん食ったことがなかった!」


「そうねそうね〜、口の中でジュワ〜ってお肉の美味しさが広がった時は幸せだったわッ! 普段の食事は何だったのかと思うぐらいにビックリしたもの!」


「そうそう、あれが口の中で広がると幸せを噛み締めているような美味しさで〜…」


 ついついお肉の美味しさについての井戸端会議をしてしまった。

 お肉が美味しいのが罪なんだよ……。

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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜 小熊猫 @kogumaneko

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